わがままを道標に、私がNY生活から飛び出して挑戦する理由。

〜20’s Global Girls Meetupセルフインタビュー〜

学生の頃から型にはまった日本社会に反発し、自分が正しいと思うことだけをしていました。そんな私にとって、自由の象徴であるアメリカに留学することは必然的でした。アメリカの大学を卒業後就労ビザを獲得し、NYでマーケティングの仕事をしていましたが、挑戦の機会は減って楽しみが見出せなくなり、4年目に差し掛かる直前新たな挑戦として、世界バックパックの旅に出ます。そこでの日々、出逢った人々は、私に新しい人生の歩み方を教えてくれました。

〜20’s Global Girls Meetupセルフインタビュー〜

  1. 海外に行ったきっかけ

2. 海外滞在中に学んだこと、自分の中で変化した価値観

3. 今実際どんな仕事をしているか、どう仕事を見つけたか

4. 今後どんなことをしたいか、どんな女性になりたいか


1. 海外に行ったきっかけ

必然的だったアメリカ留学

きっかけがあったというよりは、その道しかないと思っていました。海外に知り合いがいた訳でも、親が英語を話せた訳でもなく、ただ単に日本の大学では自分のしたい勉強できないと思いアメリカへの留学を決めました。中学、高校と勉強は好きだけど学校が嫌いで、成績は悪い方ではなかったものの、学校のルールに縛られて生活するのが嫌でいつも先生や親に反発したのを覚えています。「ダメ」と言われれば「なぜですか?」と聞き、そのたびに納得しない答えが返ってくるばかりか、悪い生徒だというレッテルを貼られました。そんなことが続いているうちに、聞くことすら面倒になり、ダメと言われても納得できないことに関しては自分のしたい様にしていました。日本の学校や社会に対しての疑問ばかりが増え、忠告やアドバイスを流し聞きするようなちょっと面倒な、態度の良くない生徒でした。学校はつまらないけど、勉強は好きだったので自分の興味のあることにはすぐ行動していました。お金を貯めるために高校入学後すぐにバイトを始め、ボランティア活動がしたくて色々な団体に話を聞きに行ったり、遊びも一生懸命しました。元々英語に興味があった私は、友達の友達が英会話教室に通い始めたと聞いて更に興味が沸き、親に頼んで英会話教室に通い始めました。最初は全く英語が話せないところから始まったものの、その英会話の学校が高校よりも楽しく、自由で、外国人の先生ともっと色々話したい!というだけの思いで、更に英語の勉強をするようになりました。英会話の学校に通い始めて約半年後、短期留学のプログラムを紹介され、楽しそうという軽々しい理由だけで、母親にねだって二週間の短期留学をアメリカにしました。その短い二週間で素敵なホストファミリー、先生、友人たちとの出会い、アメリカという国で勉強できたという経験が私の中の何かを変えました。アメリカから日本へ帰る飛行機の中で、“大学は絶対にアメリカ留学”という決心をして、周りの人にも宣言していたのを今でもしっかり覚えてます。

留学先をアメリカにした理由は、短期留学での経験があったから。自分の中で選んだというよりも、またアメリカで勉強するんだろうなと思っていました。ニューヨークという響きだけで憧れて留学したものの、留学先はアップステイトの小さい田舎町でした。

毎日通ったコミュニティーカレッジのキャンパス。

2. 海外滞在中に学んだこと、自分の中で変化した価値観

ニューヨークの田舎町での留学生活は想像していたものとは全く違ったものでした。初めての寮生活、アメリカ人のルームメイト、当然英語での授業、サイズだけ大きい食事、ハグの仕方まで、何から何まで毎日が驚きの連続でした。それでも日本が恋しいというよりは、毎日新しいことの発見、全く環境の違うところでの生活が楽しかったのを覚えています。自分で楽しめていたからこそ、その環境に慣れるペースを速くしたのかもしれません。本当は二年でアメリカのコミュニティーカレッジを卒業して日本で就職するつもりでしたが、更に勉強が楽しくなり四年制大学への編入。せっかくあるOPTを活用して就職することにし、その後就労ビザを獲得しました。しかし、18歳で何も知らずに日本を出てアメリカに移住したことは、私の人生で一番の決断だと思っています。自分の中で180度真逆の価値観といってもいいほど、物事に関しての考え方が変わりました。

スキルを身に付けることで増えた人生の選択肢

日本で仕事をしている友達と話すとよく聞く言葉があります。それは、 「仕方ない。」給料は安いけど他に仕事がないから仕方ない。仕事は嫌いだけど上司に辞めると言えないから仕方ない。私も何も知らなかった頃は選択肢が少なく、もしくはそれ以外に方法はないという言い訳で色々な選択をしていた気がします。でも今は英語を知ることで何倍にも増えた情報量と人脈力、それと共に増える選択肢からうまく選択できるようになったと感じています。英語だけに限らず、何か一つのスキルを身につけるだけで何かを決断する時の選択肢は何倍にも膨れ上がるはずです。日本では “こうしなきゃいけない”なんてプレッシャーが強くあって、それをプレッシャーと分かっていても従わなくちゃいけないとか、他に選択肢がないと思っている人が多いと思います。でも、もう一歩進んで考えてみた時、本当にその道しかないのか、他に出来ることはないのかという考え方が選択肢を増やしていく一歩となります。能力 (competence) を高め、本物の自信 (confidence) を持つことで、周りの人や社会の目を気にしたりすることなく、自分で決断し信じた道を進む可能性が広がると思います。

コンクリートジャングルと呼ばれるニューヨーク

3. 今実際どんな仕事をしているか、どう仕事を見つけたか

NYから、新たな刺激を求めて世界バックパック旅行

現在はフリーランスで翻訳や執筆の仕事をしていて、フルタイムでの仕事はしていません。学士号を取得後、ニューヨークシティーに引っ越し、専攻としていたマーケティングの仕事を始めることが出来ました。その後、就労ビザをも無事に取ることができ、それなりに安定と充実した生活を送っていました。色々なことが学べそうと入社した会社は、月日が経つにつれて楽しみはなくなり、チャレンジする機会もなくなりました。毎日同じことの繰り返しの生活に嫌気がさし、四年になる前に辞める決意をしました。新しい仕事のオファーもいくつかあり、ニューヨークに残りたい気持ちもあったので悩みましたが、 思い切って、大きく自分の生活を変える必要があると思い、その時に約一年の予定で世界をバックパック一つで旅することを決めました。これは、私の人生で二番目に大事な決断となりました。

恐怖に打ち勝つ決意

その時に学んだことがあります。それは、世の中には二種類の人間がいるということ。私が旅に出ると決意すると周りの人たちは驚きました。一つ目の反応は 「どうして安定した仕事があるのにそれを辞めてまで旅に出るの?」という人。そういう人たちには説明しても “私の決断”を理解してもらえませんでした。二つ目の反応は、 「絶対一生の宝になる経験をするはず、応援してる!」と言ってくれる人達。普通ではない決断に対しての人の反応を見て私が気づいたこと、それはこの二つのグループを分ける最大の要素は “恐怖心”に打ち勝つことができるかできないか。私自身、行ったことも言葉が話せるわけでもない国々を女一人で旅をするというのはとても怖かったし、本当に出来るかも不安でした。でもその恐怖心をどうやったら取り払うことができるか、もしくはどううまく付き合っていけるか。私の場合は、後悔したくないという考えの方が強かったので決断することが出来ました。やりたいことがあるからやる。失敗してもいいけど、とりあえずの一歩を踏み出せるか出せないか、それだけの違いだと私は考えています。「すごいね」と言われることがありますが、全然すごくなくて、ただ単に一歩踏み出しただけです。

エクアドルでのハイキング

最初の行き先は中南米。行く場所で出会う地元の人達、一緒に旅をした世界中からのバックパッカー達。毎日が刺激的で、感動的で、他では出来ない経験をたくさんしました。旅をしていく中で出会う人々は、普通に生活をしていたら絶対出会うことのなかった人達ばかり。でもそんな考えが似ている彼らと出会って、自分の居場所がちょっと見つかった様な気がしました。みんなと同じことをするなんてつまらない人生は送りたくないと自転車で旅をしている人、フリーランスで仕事をしながら旅をしている人、この街が気に入ったからもう20年も住んでるよ、という人。みんなに共通することは自分の好きなことを素直にしていること。旅をしながら私自身の考えも変わり、世界を回る予定を変更し南米にとどまりました。コロンビアでスタートアップ企業でのボランティアをしたり、ボリビアで地元の子供達に英語を教えたりして、約15カ月間を中南米で過ごしました。そんな日々を過ごしながら学んだことは、私の今後の人生に大きな影響を与える大切な経験となりました。


4. 今後どんなことをしたいか、どんな女性になりたいか

どんなときも今が一番楽しいと言える人生

南米を旅している間、一人のとても素敵な女性に出会いました。彼女はフィリピン出身、30代前半の独身、無職。とても30代とは思えない見た目と性格の彼女と気の合った私は、ワインをシェアしながらお互いの仕事や恋愛、人生についてたくさん語り合いました。彼女は元々ビューティー系の仕事をしており、常にばっちりのメイクアップと可愛いドレスに囲まれた生活をしていました。しかしそんな生活に楽しみを見いだせなくなり、仕事を辞めヨガ教師の資格を取り、ヨガ教師として色々な国でクラスを教えながら旅をしていました。スッピンで焼けた肌、太陽と塩水でダメージを受けた髪、それでも彼女はとってもキラキラしていて、今が自分の人生で最大に楽しい時だと言っていました。そして、彼女はいつもそう思っているとおしえてくれました。好奇心たっぷりで独立していて、可愛らしい見た目でありながら芯が強く、私はそんな彼女のようになりたいと思っています。

今後やりたいことは数え切れないくらいたくさんあります。今はすっかりラテンアメリカに魅了されてしまい、これからは英語圏だけでなくスペイン語圏の国での経験も積みたいと思っています。日本に戻って日本社会を違う視点からもう一度経験してみたいとも思っています。どんな形であれ、アメリカでの留学、就職、そして中南米を旅した一年間も含め、今までインプットしてきたものを少しずつアウトプットしていけたらと思っています。世界を知れば知るほど、自分の無知さにがっかりしますが、それでも努力を惜しまず、自分の気持ちに耳を傾け、そして周りの人をハッピーにしたりインスパイア出来るような人間になれればいいなと思っています。どんな場合でも、周りの環境や人のせいにするのではなく、自分の置かれた状況に感謝しながら生活していきたいです。

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