重い

人の想いが強すぎると参っちゃう。

何かに対する熱い想いはないよりは、そりゃあったほうがいい。人間らしいし、揺さぶられるからいい。だけど、その想いになぞらった振る舞い方はいくらかあると思う。

″適度″がいいんだよなー。

その度が過ぎると、アウトデラックスにゲストみたくアウトでおもしろくなっちゃう人はいるけど、そんなんは稀なわけで、ほとんど場合は、けむたい人、めんどくさい人、なんか重い人になりうる。

想いはその伝え方を間違えると、正義を帯びはじめ、相手の意見に耳を傾けることを忘れる悪に成り下がっていく。こわいのは、″悪意なき正義″で、無意識下で行われるものが一番の悪なけだ。

自分を悪者と自覚しているバイキンマンはまだましで、さらりとアンパンマンをdisるバタコさんやカバオくんのほうが恐ろしい(実際はわからんのであくまで例えだけど)。

もう人によっては、想いがあるから素晴らしいでしょ! くらいのノリでじりじりと圧をかけてくる人もいるしまつで、相手は申し訳ないと詫びりながらも、正直、想いなんてものはしゃらくせぇ! と思ってしまうときは幾度となくある。

近年のメディアの基本的体質が、想いをあぶりだし、共感を誘い、いっぱいシェアしてくれよ、という姿勢のように思えるからか、想い一本でやってそうなスタイルを見かけると、反吐が出そうになる。

そういうのがきっと感動ポルノとかを生産するんだろう。何事も適度に、人間を見くびらないことだなあ。