何十年後かに今の日本を振り返ってみた時、”あんなことしなければよかった”とみんなが思うんじゃないか。

Ben Raynal

どんどん社会の舵取りをする人が幼稚化していき、「変化だ、グローバルだ、バスに乗り遅れるな」と全員がパイを奪う競争に参加させられ、敗者はどんな目にあっても「自己責任」だと罵られて、社会に放り出されてしまいます。

もちろん、今の世界情勢を考慮すれば、言っていることはそれほど間違っていないのかもしれませんが、目先の利益やイデオロギー的な思い込みと引き換えに、この日本の人たちが何千年とかけて築いてきた「見えざる資産」を失い、どんどん別の世界に引きこまれていくのはもの凄く悲しい気持ちになります。

恐らく、今進められている様々な「改革」は、何十年後かに今の日本を振り返ってみた時、「あんなことしなければよかった」と多くの日本人が反省するのではないかと思いますが、経済成長だけではなく、毎日、商店街に行き、自分が生きていることを知らせ、情報交換をすることに喜びを感じる、そんな日本独自のライフスタイルがあってもいいのかもしれません。

今の日本社会は、「誰にも迷惑をかけず、自分らしく生きていきたい。」とわがままを言えるほど豊かなものではなく、少なくても次の時代を生きる人たちは、「お互い迷惑をかけたり、かけられあったりしながら、愉快に生きていく。」という感覚を身につけなければ、自己責任、自己責任と人々はどんどん離れていってしまうような気がしてしまいます。

夏目漱石が長編小説「こころ」を書いた100年前、明治維新によって急速に西洋化した日本人は、それまでの封建制度とは、全く違う生活をするようになり、物質的にはどんどん豊かになっていきましたが、精神的にはどんどん貧しくなっていくという状況が生まれました。

夏目漱石は、その概念にいち早く気づいて、小説「こころ」の中で「心が失われはじめた時代」を描きましたが、それから100年後の現、僕たちは「心が失われはじめた時代」から、「心なき時代」に突入し始めているのかもしれません。

参考::内田樹「街場の共同体論」

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