エッセイを家族に読んでもらう。

lieko
lieko
Aug 28, 2017 · 2 min read

I asked my family to read my essay.

文章教室で書いた初めてのエッセイを家族に読んでもらった。恥ずかしい、ドキドキする。じっと感想を待った。読み終わると「泣きそう」と、言ってくれた。心の中で「うそー、嬉しい!」が駆け巡った。先生に良くないと評価されたものでも、心を動かしたのだ。家族だから簡単に伝わったのかもしれない。実際、普段の会話でも「あれ、それ」で会話が成立してしまうことが多々ある。そうだとしても、この体験は、また味わいたくなる感覚だった。また感動させたい。わくわくさせたい。笑わせたい。文章教室が楽しみになった。

文章教室で習ったことをふまえた書いたエッセイを、再び家族に見せた。感想が楽しみだったのだが、「何が言いたいか、分からない」と難しい顔をされた。初めてのエッセイは、偶然感動しただけだったようだった。

舞い上がっていたのだろう。客観的に読み返して見ると、確かに焦点がぶれているエッセイだった。客観的に見ることは大事だ。たまに写真の自分を見て、「ダイエットしなきゃ。姿勢が悪い」と気づくのと同じ。もう一度原稿用紙に向かい、初めから書き直した。それほど、変わらなかったが。気長にいこう。

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