国際関係論 -第10章 世界の貧困と富-

Japanese translation of “International Relations” edited by Stephen McGlinchey

国際関係論についての情報サイトE-International Relationsで公開されている教科書“International Relations”の翻訳です。こちらのページから各章へ移動できます。以下、訳文です。

第2部
地球規模の問題

第10章
世界の貧困と富
ジェームズ・アルヴァニタキス、デヴィッド・J・ホーンズビー(JAMES ARVANITAKIS & DAVID J. HORNSBY)

貧困と富はしばしば一緒に見つかります。それらは相互に影響を及ぼし、安定したグローバルシステムを確保するための国家の意欲と能力に影響を与えるため、私たちの世界の中で相互に関連している2つの次元です。IRに対する伝統的なアプローチは、国家主権の概念を前提としています。しかし、国家と国家の間の分離を強化する絶対的な考え方としての主権は、経済協定や国際機関の設立、世界人権宣言を通じて把握された人権思想の出現を含む多くのグローバル化のプロセスによって調整されてきました。人権思想の出現に関しては、個人に基づく普遍的な権利の共通の集合という文脈において、政府がこれらの権利を尊重したり維持したりしなければ、国家の主権は挑戦を受ける可能性があるという前提があります。ここで主権とは、国家が権利を維持するだけでなく、国家の責任も果たすことを意味します。グローバル化は、貧困と関連して、富裕層が貧困層と脆弱な人々に負う義務の問題を提起します。今日の最も重要な国際問題の1つは、貧困とそのような状態に住む約10億人の人々のために何をすべきかということです。私たちが主要な地球規模の問題を概観し始めるに際して、この大きさの問題に取り組むことによってこの本の第2部を開始することが適切でしょう。

貧困は多くのレベルでIRで考察する対象として重要であり、そのレベルの1つには、国際協力の過程でどの国が互いに何を負っているのかを考慮するようなグローバルな正義を取り巻く一連の大切なアイデアがあります。結局のところ、支援するだけの力と能力を持っている人は、貧困のような問題を解決しようとする道徳的かつ倫理的な義務があるといえます。これは、ピーター・シンガー(Peter Singer)が「レスキューケース」(Singer 1972)と呼んでいることに由来し、浅い池で幼児が溺れているときに、もし最小の労力または不便さでその子を救うことができるならば、誰かが助ける義務があると述べています。世界的な貧困の文脈では、先進国は、最小限の努力で助けることができるため、貧しい国を支援する義務があると議論は進みます。しかしながら、貧困を緩和するのに役立つ先進国の義務は、彼らが援助できることによって妥当であるというだけではありません。彼らが貧困が存在する条件を作り出すことに非常に深く関わっているために、妥当でもあります。例えば、トマス・ポッゲ(Thomas Pogge)は、世界銀行や国際通貨基金などの国際政府機関を含む強制的な世界秩序のために貧困が存在し、貧困層に不利益を与え、貧困の背景を強化していると主張しています(Pogge 2008, 2010)。これは、先進国や多国間組織が、国際システムを構築した方法とその運用方法の両方によって、世界の貧困の持続に貢献していることを意味します。これらの見通しは、貧困のような世界的な問題には、先進国が取り組むための道徳的かつ戦略的な責任の両方を持つようなグローバルな解決策が必要であることを示しています。

貧困の定義

貧困の定義は、地域、国家、国民が富を得ることを妨げる条件を考慮することから始まります。これには多くの要素がありますが、考慮すべき4つの重要な構造的な条件があります。

1.搾取の歴史

今日の最も貧しい国の多くは、以前は植民地主義や奴隷制によって搾取されていました。これらの行動は、国家内の社会的-民族的集団間の不平等を埋め込むことによって持続的な影響を与えてきました。伝統的な例は南アフリカであり、英国とオランダの統治下で、教育、土地所有、資本へのアクセスの分野で土着のアフリカ人集団の権利を制限していました。同時に、白人植民者の少数派の手に富が集中していました。そのような行動は、人種差別のアパルトヘイト制度の創設に最終的に結実しました。しかしながら、1994年のアパルトヘイト撤廃以降においても、資本と土地が特定の少数者の手に集中し続けている事実によって、土着の人口の貧困は白人グループに比べて不釣り合いに高いままです。もちろん、いくつかの旧植民地国家が、搾取から這い上がり、世界の主要経済圏の一部になりました。米国とオーストラリアを考慮してください。しかし、これらの「西洋」社会でさえ、しばしば先住民に不平等に影響を与えた植民地主義の遺産が残っています。よりはっきり言えば、20世紀後半に脱植民地化が進展するにつれて、多くの新しい国、特にサハラ以南のアフリカ諸国は、独裁政権や腐敗による他の種類の搾取にすぐ道を譲るような不十分で弱い政治構造を残していました。このような場合、大部分の人口が搾取を経験しました。いくつかの国家では、これらの問題は依然として続いています。

2.戦争と政治的不安定

ある国家内における経済発展のための基本的な条件を考えると、安全保障、安全、そして安定性が頭に浮かぶことがよくあります。これは、平和な条件があれば政府が天然資源、人間の能力、産業能力の開発に集中することを可能にするからです。戦争や政治的な不安定さのもとでは、暴力や不安に対処するための努力が重視されるため、しばしば大きな混乱を招きます。たとえば、2011年に始まったシリアでの紛争を考えてみましょう。これにより、紛争から脱出しようとする何百万人もの難民が大量に溢れ出し、効果的な統治を行うための人間的および経済的資源を戦争で引き裂かれた国家から奪うことになってしまいました。それは以前にも — たとえば、1990年代のソマリアで — 見られたパターンであり、そこでは、今でもまだ不安定さが残っています。今後のシリアの見通しはさらに悪化する可能性があります。それはまた、異なる程度ではありますが先進国でも見ることができるものです。米国を考えてみましょう。「テロに対するグローバルな戦い」の一環としてイラクとアフガニスタンへの侵略と占領に3兆ドル以上を費やしましたが、それと同時に、政府の戦争に対する公共支出の優先順位付けのために、相対的な貧困と不平等が社会の中で増えました。市民の生活の質に関する調査が行われるときには、スイスやデンマークのような戦争に従事していない安定した国家がトップになることは不思議なことではありません。

3.構造的な経済状況

国際的な経済秩序が構造化されている方法によっては、貧困を強化することも、緩和することもできます。世界銀行や世界貿易機関のような機関は、裕福な国々が支配しています。しばしば途上国を不利な立場に置くような埋め込まれた実践のために、それらには厳しい目が向けられています。例えば、世界銀行が低所得国に融資を行うには、一定の条件を満たす必要があります。これらは融資条件として知られています。公共サービスの民営化(例えば、水、衛生設備、電力供給など)のような政策変更が含まれることもあります。そのような条件や、世界銀行が要求しているような構造調整を課すことは、しばしば利益よりも害を引き起こすことが示されています。

4.不平等

不平等は、いわゆる「持てる人」と「持たざる人」の間の分断を強化することができるため、貧困に対して重要な貢献をしています。相対的な意味では、不平等は、人が直面する課題に対処するために必要な道具や資源が不足している人々という、人口の中の特定の部分に生じます。絶対的な意味では、不平等は、財政的資源の不足のために国家全体が市民を悲惨な状況から救うことができない状態になることです。例えば、米国では約1600万人の子供が貧困状態に暮らしています。これは、世界で最も豊かな国の1つであるという事実にもかかわらず起きているのです。不平等は、ある家庭がその社会における生活費と比較してどれだけの収入を得ているかを見ることによって測定することができます。アメリカの児童の貧困は、世界の最貧国の1つであるコンゴ民主共和国で、1日2ドル以下で生活する子供が経験するような絶対貧困と同じではありません。しかし、それは不平等のレンズを通じて相対的な意味で見ると、まだ貧困なのです。問題の性質は、国内レベル(国家内の不平等)と国際レベル(国家間の不平等)の両方に存在するものであるため、広い範囲にわたります。活発な国際慈善制度と広範な国際援助プログラムがありますが、不平等は依然として貧困に関連する重要な構造的条件です。

貧困の測定と削減

第二次世界大戦の終結以来、各国は、経済成長を促すことで貧困を削減する方法を模索してきました。この章の前半で説明したように、グローバルな正義の概念が世界の貧困削減戦略の根底にあり、疎外化された人々の権利を強めることを目指すアプローチに焦点が当たっています。これらの取り組みが成功した程度については非常に議論の余地がありますが、その意図は確かにそこにありました。各国は、世界レベルで様々な形で貧困の課題に取り組もうとしています。私たちは以下の4つのアプローチについて議論します。

1.公的開発支援(援助)

典型的には、援助とは先進国からの援助であり、ある国家から別の国家への双方向(または直接)のものか、国連のような国際機関を通じて多国間を経由するかのいずれかで行われます。それは、貧しい国を援助する道徳的義務を果たすために裕福な国が試みた1つの方法です。実際に、先進国は長年にわたり公的開発支援に多大な努力を払ってきました。2014年だけでも、経済協力開発機構(OECD : Organisation for Economic Co-operation and Development)の報告書によると、各国は援助に1,350億ドルを費やしました。しかしながら、そのような努力が成功するかは不確実であり、場合によっては実際には貧困が悪化しています。この理由は複雑ですが、いくつかの例が役立つかもしれません。

まず、不適切な種類の援助が送られることがあります。発展途上国が貧困に対処するために使うことができる資金を送付する代わりに、時に先進国は役に立つかもしれないし、あるいは役に立たないかもしれない商品を提供することがあります。例えば、ガンビアでは多くの酸素装置が病院に寄贈されましたが、残念なことにそれらはその地域の電気の電圧と互換性がありませんでした。この装置は使用不可能になり、援助がどのように適切に考慮される必要があるのか​​を強調しています。第2に、いくつかの国では腐敗によって、援助が政治エリートのオフショア銀行口座に吸い上げられたことが示されています。例えばニューヨーク・タイムズは、数年間の破壊的な戦争の後、ボスニアの再建を支援することを目的とした10億ドル以上の対外援助がボスニアの当局者によって個人的利益のために盗まれたと報じました(Hedges 1999)。

援助はまた、提供国の政治目的のためにも使用されています。例えば、冷戦時代、米国とソ連は、自国の政治的な理念に共感していた国家を支えるための援助を行いました。それらの場所の多くでは、これは貧困に対処するのにほとんど役に立ちませんでした。むしろ、それはさらなる不安定と貧困につながる地域戦争に資金を提供することになりました。例えば、アンゴラでの1975–2002年の内戦では、ソ連と米国が対立する軍隊への軍事支援の形で援助を提供するのが見られました。援助はまた、物事を悪化させるためだけに役立つ特定の条件(「融資条件」)を伴って先進国や国際機関からもたらされます。すでに述べたように、そのような援助は、被援助国が最も脆弱な人々に利益をもたらさないような方法で経済を再構築することを要求します。例えば、1980年代のラテンアメリカの構造調整プログラムでは、18カ国で1人当たりの収入が減少しました。サハラ以南アフリカの同様のプログラムでは、同じ期間に26カ国で1人当たりの収入が減少しました(Stewart 1991)。

2.貿易と投資

商品やサービスの取引は、民間企業の外国直接投資とともに貧困削減に重要な役割を果たすことができます。自由貿易と国々の間の投資障壁を減らすこととの背景にあるアイデアの一つは、国際的な制度の中で国家が経済的に成長する機会を提供することです。1945年以来、商品やサービスの国際貿易が大幅に増加しています。国家間の投資、いわゆる外国直接投資は、国家の経済成長の主要な原因となっています。しかし、これらのグローバルな活動は、しばしば不都合な現実を隠してしまいます。発展途上国は、しばしば世界の貿易と投資活動においてわずかな形でしか関与していません。これは、道路、鉄道、港湾などの不十分なインフラストラクチャーから金融資本へのアクセスが制限さていることまで、さまざまな理由によるものです。先進国と比較して、多くの発展途上国では、未熟練労働者や低学歴労働者が労働力に占める割合が高くなっています。その結果、高技能かつ高所得の雇用者を必要とする投資機会は先進国でより頻繁に見られ、発展途上国での企業による投資は通常、未熟練労働者および低賃金労働力を対象としています。この現実を克服することは困難です。中国やインドなどの国々は、競争条件を整えるために重点的に投資してはいるものの、比較的豊かで歴史的なレベルの高経済成長のために、他の国よりも運が良かったといえます。注目すべきいくつかの例外にもかかわらず、全般的な図としては、貿易と投資が貧困削減を大幅には助けていないということです。

3.資金貸し付け

第3の貧困削減戦略は、発展途上国に資金や資本を融資し、経済発展のために投資できるようにすることです。資金貸し付けは利子と共に借入金を返済する必要があるため、借入金と援助とは異なります。借入金は、橋梁、道路、電力線、発電所などの主要インフラストラクチャープロジェクトなどのために提供されます。これらは通常、経済発展のための触媒として機能しますが、資本への重要なアクセスを必要とします。資本へのアクセスの重要性のために、1944年には世界銀行が設立されました。その使命は、途上国に市場金利を下回る資金を貸し出し、健全な経済政策の確立に関する専門家の助言を提供することでした。紙の上では、そのアイデアは良いものです。しかしながら、世界銀行の実務は論争がないわけではありません。この章の前半で説明したように、融資に伴う条件には批判がありました。政策の中で最も非難されたものは放棄されていますが、それによる損害はすでに発生しています。さらに、途上国への有利子借入金の供与は、負債という大きな問題を生み出しました。途上国の多くは、債務返済の負担により、教育や医療などの重要な国内プログラムに投資する余裕がありません。このため、途上国の債務を取り消し、彼らに新たなスタートを認めるよう求められています。今日まで、一部の債務は取り消されていますが、未払いの融資の性質とそれがどのように課せられたかによってもたらされる大きな課題が残されています。

4.国連の目標

上記の多くの失敗に対応して、2000年に、国連と加盟国が2015年までに絶対的な貧困を根絶するための新しいアプローチが浮上しました。国連ミレニアム開発目標(MDGs : Millennium Development Goals)は、国家が活動するための焦点となる8つのカテゴリーまたは分野からなります。

1.極度の貧困と飢餓の撲滅
2.初等教育の完全普及の達成
3.ジェンダー平等推進と女性の地位向上
4.乳幼児死亡率の削減
5.妊産婦の健康の改善
6.HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止
7.環境の持続可能性確保
8.開発のためのグローバルなパートナーシップの推進

これらの目標を達成するために、上記で概説した3つの戦略の要素を活用することを含め、各アプローチを横断するようなやり方が採用されました。しかしながら重要なのは、合意された一組の目標に対して調整されたアプローチを取ることでした。しかしながら、このイニシアチブは結果の点で功罪相半ばしていることが判明しました。例えば、教育や乳幼児死亡率に関するいくつかの目標は、一様ではないものの実際の進歩を示していますが、飢餓や栄養失調の割合はいくつかの例では実際には悪化しています。2008年の金融危機の余波は、これを更に悪化させるように多くの政府が利用可能であった予定されていた金額(及び雇用)を削減しました。国連児童基金(UNICEF : United Nations Children’s Fund)の事務局長アンソニー・レイク(Anthony Lake)は、以下のように成功と失敗の混在を説明しました。

広範でグローバルな目標を設定する際に、MDGsは不注意にも、国々が全国平均を通じた進捗状況を測定することを奨励しました。その進歩を急ぐ中で、多くの国家は、最も必要とする人たちではなく、最も簡単に目標に到達できる子供やコミュニティに焦点を当てました。そうすることで、国家の進歩は実際には減速したかもしれません。
(UNICEF, 2015)

これらの不満足な結果を受けて、国際社会は、より堅牢なイニシアチブが必要であることに合意し、持続可能な開発目標(SDGs : Sustainable Development Goals)が2015年に国連で採択されました。それらは、17の優先分野にわたって169の明確な目標があり、2030年までに達成することとされました。

1.貧困をなくす
2.飢餓をなくす
3.良い健康
4.質の高い教育
5.ジェンダー平等
6.清潔な水と衛生設備
7.再生可能エネルギー
8.良い仕事と経済成長
9.技術革新と産業基盤
10.不平等の削減
11.持続可能な都市とコミュニティ
12.責任ある消費
13.気候変動への行動
14.水面下の生命
15.地上の生命
16.平和と正義
17.目標のためのパートナーシップ

ミレニアム開発目標と同様に、持続可能な開発目標は、野心的なものと言うことができます。より新しい目標にも批判はありますが、貧困削減に大きな希望をもたらす理由の1つは、計画されている介入がより詳細であるということです。この目標は貧困を削減するだけでなく、貧弱な(またはマイナスの)経済成長を含む、貧困の条件を増大させ固定するような多くの状況にも取り組んでいます。ミレニアム開発目標の批判の1つに対処するため、最も脆弱な人たちはいまや積極的に目標とされています。

グローバル化および富と貧困の原動力

グローバル化は、グローバルな富と貧困の議論に加えるべき重要な概念です。それは、世界が経済的および技術的な力によってますます共有された社会空間へと成形されつつあるという認識を指しています。世界のある地域で起きたことは、世界の反対側の個人や地域社会に深刻な影響を与える可能性があります。グローバル化の考え方の中心は、強度の認識です。概念としてのグローバル化は、範囲、規模、速度が事実上後戻りできないほどに増加しているといわれています。したがって、グローバル化は多面的です。たとえば、グローバル化は地理的に多様なコミュニティ間を流れる商品以上のものです。グローバル化には、何がという問題だけでなく、どのようにして、そしてなぜかという問題、何かが起こる頻度、そのプロセスの社会的影響、そして関係する人々の範囲についての問題が含まれます。グローバル化の概念は争われており、多くの異なる解釈の対象となっていますが、この章の主題と明確な関連性があります。

一組の国々としてより相互に接続されるというプロセスは、貧困削減に向けて機能してきたと言えるでしょう。確かに世界銀行は、グローバル化が世界経済に従事している人々の物質的な状況を改善したと主張しています。このような分析はあるレベルでは正確ですが、貧困に影響を与える構造的条件を説明することはできません。もう一つの見解は、グローバル化が、不平等をさらに強化し、すでに裕福で強い立場にある人々に利益を集中させることによって、実際には貧困を引き起こしたというものです。例えば、インターネットは、多くの個人が成功したビジネスを確立し、世界中で商品を販売することを可能にしています。もしあなたが貧弱なインフラや貧困、戦争のためにインターネットにアクセスできない地域に住んでいたとしたら、この技術をどのように活用できますか?これらの市民はさらに後に取り残され、すでに存在している不平等はさらに悪化します。確かに、グローバル化が富と貧困の原動力に及ぼす影響を分析するには、これらの見通しの両方を認識しなければなりません。しかし、グローバル化は複雑な問題です。グローバル化が「良い」と「悪い」という観点からしか見られない場合、私たちはグローバルなプロセスの多面的な性質を理解することはできません。

私たちの分析の目的からみれば、グローバル化は多くの(主に経済的な)機会をもたらしました。これは、極度の貧困に瀕している人々の数が減少したことから明らかです。極度の貧困にいる人は、1981年の世界人口の半分以上から、今日では10%の範囲内にまで減少しています。この数字は、世界銀行のものですが、インフレのような問題を考慮したうえでのものです。しかし、グローバル化が権力関係と不平等を固定化し、これが貧困と不平等に重大な影響を及ぼしていると言うこともできます。貧困についての私たちの議論に関連する共通の批判は、グローバル化が「アメリカ化」のもう一つの言葉であるということです。この批判によれば、国際市場を「開放している」と思われる経済政策の多くは、米国に本拠を置く多国籍企業にとって有益なものであり、米国の対外政策目標に役立つ国際的に肥沃な地盤を作り出しています。他方、グローバル化はハイブリッド化と見ることもできます。この見解は当初、植民地化と伝統的な先住民族の破壊による「新しい」文化とアイデンティティーの創造に基づいていました。グローバル化のプロセスに適用されると、ハイブリッド化は、よりポジティブなものになりました。これによるとハイブリッド化は、異文化間の発展と調和を促進することによって、交流に関与するすべての人に利益をもたらす一連のプロセスとしてグローバル化を枠付けるものとなっています。

グローバル化とネオリベラリズム

貧困が世界経済の重要な特徴であり続ける理由の1つは、ネオリベラリズムの経済哲学に基づく一連の政策イニシアチブです。それは、おそらく世界で最も貧しく、最も脆弱な人々を見捨ててきました。スチュアート・ファース(Stewart Firth)によると、1970年代以降、国家の優先事項は、ネオリベラリズム経済の議題を促進する政策を作り実行することでした(Firth 2005)。つまり、市場の開放と規制緩和と必須のサービスの民営化です。世界銀行の元チーフ・エコノミストであり、ノーベル賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ(Joseph Stiglitz)の著書「グローバル化とその不満(邦訳 : 世界を不幸にしたグローバリズムの正体)」(Stiglitz 2002)は、自由市場によるネオリベラリズム的議題が、1970年代から国際通貨基金や世界貿易機関などの国際機関の議題をどのように推進してきたかを強調する数多くの例を提供しています。これは、政府の役割を最小限に抑える貿易取引や改革、労働者の権利を守るものまでをも含む貿易障壁の除去、そして経済成長と富の増加が最終的に社会のすべての部分に波及するという誤った信念への依拠に見られます。これらの組織は、国家の伝統的な役割を根本的に変え、その役割は開放的な市場指向型システムの推進と保護に重点を置くことになりました。市場に焦点を当てた国家は、しばしば、人口の大半のニーズを満たしたり、貧困に対処したりすることができません。したがって、グローバル化の哲学は、ネオリベラリズム政策の視点から見ると、多くのレベルで市民の福祉が低下する結果となりました。

2008年の世界的な金融危機は、貧困問題に取り組む際におけるグローバル化のより大きな課題を浮き彫りにしています。この出来事はひとつの国で始まり、すぐに世界中に反響しました。世界経済が相互に関連しているため、米国のサブプライム住宅ローン市場の崩壊から始まったことは、米国外の市場に影響を及ぼすことになりました。貧困を緩和する努力は景気後退と富の収縮の影響を受け、資金が減少しました。国家は自国内における支出を優先し、外国直接投資は企業のプロジェクトが遅れたりキャンセルされたりするにつれて減少しました。これらの出来事は、先進国の貧困レベルに関しても否定的な結果をもたらしましたが、発展途上国の市民にとってはさらに悪影響を及ぼしました。このような重大な経済事象は一般的ではありませんが、相互に接続された世界経済において、経済的ショックが発生した場合、最も貧しい人々が最も苦しむリスクが常に残っています。

結論

私たちの世界の主要な難問の1つは、増え続ける極端な富の中にもまだ貧困が残っていることです。今日、世界人口の最も豊かな1%が世界の富の半分を占めています。対照的に、下位80%はわずか5.5%を所有しているだけです。さらに悪いことに、このような統計によれば、不平等や富の分配が時間の経過とともに悪化しているように見えます。経済プロセスが多くの人々を貧困から引き上げるのに役立っていますが、それらは所得と富の不平等をほとんど緩和することができなかったようです。この結果は、深刻な道徳的、倫理的問題を提起します。私たちの経済の相互依存性に対して、同等の尺度の倫理的懸念が伴うのがよいことであるということに、議論の余地はありません。つまり、私たちは、一人ひとりが取る行動や私たちが自国で推進する政策に対する責任の義務を負っています。これはおそらく2015年の持続可能な開発目標によって最も顕著に表されていますが、それを認識することが、将来におけるより公正な世界につながることを願っています。

この訳文は元の本のCreative Commons BY-NC 4.0ライセンスに従って同ライセンスにて公開します。 問題がありましたら、可能な限り早く対応いたしますので、ご連絡ください。また、誤訳・不適切な表現等ありましたらご指摘ください。

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