読書まとめ: 『盛田昭夫学校』 江波戸哲夫 著

『盛田昭夫学校』 江波戸哲夫 著

ソニーの創業者である、盛田昭夫氏のエピソードを中心とした、創業期から90年代末までのソニーの軌跡が小説形式でまとめられています。

事実に基づいた、というよりは、小説として綺麗にまとめるため、そして盛田氏の功績を印象付けるために脚色された部分が多いと推測されます。

以下では、個人的に印象に残ったエピソード及び、この本の内容を踏まえ、次の世代に生きる自分たち若者が考えるべき点が議論されます。


ものづくりに思い入れのある人間にとって、そこは言葉通りの「天国」だった

冒頭、レコーダー用のテープ開発にあたっての実験に材料をどう準備するかで、開発担当の木原氏が頭を抱える場面が出てきます。

戦争が終わってまだ四年、日本ではあらゆる物資が不足している。(中略)資金繰りに苦労しているらしい会社は、(開発に必要な薬品を)買ってくれるだろうか? ― 第一章より

木原氏が、思い切って上司である盛田氏に相談した時、参照していた資料をしばらく読み込んですぐ、盛田氏は次のように述べました。

「神田に俺の知っている薬問屋があるから、これからそこに行ってみないか」 ― 第一章より

この会話を皮切りに、木原氏と盛田氏は二人三脚の勢いで開発を進めます。

木原氏が先行き不透明な中で仮説を立てて少しずつ進もうとする度、盛田氏が笑顔でそれを後押しするという展開が何度も続き、ついにレコーダー用のテープの第一号が開発されます。

…今までに無い新しいモノを創りあげようとすると、先行きの見えない中で仮説検証を繰り返す行為は避けて通ることが出来ません。そんな時に人はどうしても不安を感じてしまうものと言われますが、それは世界を変えるような商品を作り上げた木原氏も同様でした。

そんな中でも、「失敗上等」と常に笑顔で背中を押してくれるような上司の存在がいかに成功の後押しとなったかは本書で語られる通りだと、レビューを書いている私個人も信じています。

こと、ものづくり、つまりは今までに無い新しいモノを創るという立場にいる人間を動かすにとって、会社という組織における、彼らの上司としての理想像をまさに体現していたのが盛田氏であったと私は感じています。

これからエンジニアとして、ものづくりを行う立場の人間として、配属される現場が彼のDNAを受け継いでいれば、それ以上に幸せなことは無いのではと思います。

大きな視座で世界を見る盛田氏、「ソニー帝国」の拡大に邁進する社員たち

個人的に、下巻に入ってからの展開に大きな違和感を覚えました。

盛田氏が、ものづくりに携わる人々の上に立つ経営者としての立場から、次第に経済界の巨人、ひいては日本のリーダーとしてより大きな視座から活動の手を拡げていく一方、ソニーの社員たちは「いかにソニーを大きくするか」にのみ執着し、小さな視座にのみ固執するような印象を、この小説から感じたことがその理由です。

私は時折「人は何のために生きるのか」を考えます。個人としては、盛田氏のように、日本を、ひいては世界を良くすることを至上目的として行きたいとして考えています。そこで、働く事とはすなわち生きる時間のほとんどを何に割くかということであると仮定した場合、上記におけるソニー社員たちの、「いかにソニーを大きくするか」というモチベーションには相容れない物を感じました。

「盛田氏がもっと長生きしてれば良かったのに」で終わらせてはならない

「いかにソニーを大きくするか」というモチベーションで働くことに対する個人的な違和感を語ることは、もしかしたらこの場では不適切に映るかもしれません。しかしながら、この個人的な違和感にこそ、私達若い世代が今後考えなければならない問題の出発点があるように私は考えています。

盛田氏から、ソニー社員を含めたこの小説における社会状況に視点を移します。

戦後から90年代のバブル崩壊に向け、日本は破竹の勢いで世界にその影響を轟かせていくのはこの小説で語られる通りです。その渦中では、節々に出てきたフレーズが示すような「男は昼夜を忘れ仕事に打ち込むべし」といった考えは、非常に多くの人々にとって最良のものであったことは疑いがないでしょう。

しかし、現代ではどうでしょうか?

少子高齢化が進み、人口減少がいよいよ始まり、あらゆる産業の停滞が始まった日本では、事実上多様性を排してしまっている上記のような考えは、もうかつてのように大多数にとっての最良の選択肢には成り得なくなった、と多くの場所で言われています。

この小説でも、盛田氏の先見の明を示す証拠として、最後に少しだけ彼の意見を取り上げる形でそのことに触れています。

(90年代初頭、日本国に対する自身の意見をまとめた論文を執筆するにあたり)盛田は坂口らの予想よりずっと踏み込んだ提言を展開した。一、生活に豊かさとゆとりが得られるように、十分な休暇をとり、労働時間を短縮できるような配慮をするべきではないか。(中略) ― 第十八章より

上記の文書はおそらく、小説としてのクライマックスである盛田氏の死をドラマチックに盛り上げるための、彼の功績の羅列の一部分でしか無いかと思われます。しかしながら、これからの日本で生きる我々若者が考えなければならない非常に重要な要素であると私は考えています。

この盛田氏の主張は現在、国家単位で大きく進められようとしています。そして、この小説で散々繰り返されてきた「男は昼夜を忘れ仕事に打ち込むべし」という考えと真逆のものです。つまりは、社会が根底から変わるということであり、それほど大きな転換が、私達の代に起ころうとしているのです。

そのまま模倣するのではなく、有効な部分を学びとして活かしたい

まとめると、この小説で語られるエピソードの多くは学びとして活かすに値するものである反面、時代が離れている以上、すべてそのまま模倣するべきでは無いと私は結論付けました。

ものづくりに携わる人間の情熱と、それを活かすような環境というものは現在にも通用するように思えますが、作中で語られる思想等は必ずしも現代の私たちに当てはめるべきではないと感じます。