どうせなら、抱きしめたい年寄りに

2年前のこと。
特別養護老人ホームにいる祖母を、いつものように訪問しました。

その日の面会者はわたしだけ。
医療職のわたしは多少心得があり、94歳の祖母の歯磨きや肌の手入れを、じっくりとさせてもらっていました。
この二人の時間、祖母に何が起こったのかわかりません。後で母に聞いたところ、おそらく親族・友人、誰も聞いたことが無い話をしてくれたようでした。
「娘時代、家の裏にまぁちゃんという人がおってな、わたしが困ったとき、なんやかんや助けてくれて…男前やなかったけど、欲のない人やった。…なあ、あれは恋やったんやろか」
「そうそう、丘の上にいい家を建ててあるんよ!横にきれいな水が流れてる。早くあの家に行きたい。あれあれ、おじいさんがくしゃみしよるわ(笑)。ほんまにいい家なんよ。おばあさんは、あの家に恋してる!」
「丘の上の家」は、祖母の心の中だけにある家。祖父は、60年以上前に事故で亡くなっています。わたしは、「死後にいく世界があるなら、その光景を見ているんだ」と思うようにしました。
わたしは、家族とあまりスキンシップをしません。
だけどこのとき、まるで若い娘さんのように目を輝かせている祖母を、抱きしめたいと思わずにはいられませんでした。
スキンシップが苦手なわたしが医療の資格をとった理由。それは「大切な人と触れ合う方便をもちたかった」というのが本音かもしれません。
祖母の部屋を出るときには、ささやかなハグを自然としていました。
「かわいいおばあちゃんになりたい」?
わたしも思っていましたし、言ったこともあれば、聞いたこともあるこの言葉。罪のない軽口くらいに思っていました。
でも、あの日以来、このフレーズを聞くと苦笑いをしてしまうようになってしまいました。
それは、「おばあちゃん」という存在を、無意識に見下していた自分に気づいたからです。
何人もの臨終に立ち会った経験から思うことは、老けるのは簡単、「年を重ねる」ことは、ある種の壮絶さを伴うということ。
その壮絶さを、たおやかに血肉にし、骨にまとって微笑む人を前にしたら、「かわいい」という言葉が誠実に思えなくなってしまったのです。
祖母が恋話をしたのは、その日だけのことでした。
恋していたかもしれない”まぁちゃん”も、翌日には「まぁちゃん?あの角のおっさんか?」と、トキメキが一切排除されたものいいをされてしまいました。
「丘の上の家」も二度と出てきませんでした。
そして、あの不思議なひとときをわたしに遺し、祖母は半年後に逝きました。
娘が生まれ、これからの老いを思うことが増えました。
そんなときは必ず、亡き祖母の顔が浮かび、思わず抱きしめたくなるようなおばあちゃんになりたいと思うのです。