漫画家への夢が消えた100日

結婚報告をして気づいた我が師の恩

住所録を整理していてふと、小学校の恩師の顔が浮かんだ。卒後20年以上たち、随分ご無沙汰している。

知人を頼り、結婚報告はがきを出したいからと、先生の現住所を教えてもらった。

ご無沙汰しております、ハマジ先生。

ハマジ先生はメガネをかけた色白の男性で、当時26歳。私は小学5年生だった。なぜ年齢をはっきり覚えているかというと、「わたしはハマジ。26才」というセリフから始まる漫画を描いてプレゼントしたからだ。

意欲あふれる先生だった。

入学式や卒業式以外はいつもジャージで、子供と一緒にグラウンドを駆け回って遊び、宿題は「好きなテーマを自分で選べ。それを100日続けろ」と自由にやらせてくれるような先生だった。

私は当時漫画家になりたかったので、100日間オチもろくにない4コマ漫画を描き続けた。先生は特に批評もせずずっと読者でいてくれた。

テストでは毎回、答案の裏に漫画やイラストを描いていた。すると、先生が「ウラは100点」「これ、キレイやなぁ」などと赤ペンをいれてくれたりして、叱られたことは一度もなかった。

はがきを出した3ヶ月後、薄緑色の封書が届いた。トメ・ハネ・ハライが最後まで丁寧な文字。ハマジ先生からの手紙だった。

いまはスズノキ小学校の校長をしています。あなたの担任をしていた頃のぐうたらな先生とは少し印象が違うかもしれませんね。お互いよい人生を送りましょう。

「今日の宿題は遊ぶことや!」と言っていたハマジ先生は校長になっていた。

よき生徒像を決して押し付けることなく、ありのままを受け止めてくれた先生だった。

もうすぐ子供も生まれます、とはがきに書いた。先生は

男の子でも、女の子でも、あなたたち親を幸せにしてくれるでしょう。

と言ってくださった。あぁ、先生はきっと教え子達と一緒にいて幸せなんだ、と思った。

そういえば、好きなことを宿題にしたあの100日間で、私の漫画家への夢はすーっと消えた。

絵は好きだったので趣味程度に続け、その後学生劇団の宣伝美術をしたり、イラストにギャラが発生したこともあったが、プロを目指すことはなかった。先生が読者になって100日間読み続けてくれた、それだけで私は満足したのだ。

生まれたばかりの娘の写真と一緒に、先生の学級通信は最高だったと手紙をしたためた。私があの頃書いていた先生の似顔絵は、確かこんな感じでしたね、と下手なイラストを添えて。