『イラクの崩壊と国際秩序 2005年2月1日』 著者 ノーム・チョムスキー

INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

2005年
超大型ハリケーン「カトリーナ」が直撃し、水に漬かったニューオーリンズ市内
(2005年9月3日、写真:共同通信社)

『イラクの崩壊と国際秩序 2005年2月1日』 著者 ノーム・チョムスキー

今日、投げかけられている疑問のなかで、武力行使に正当性があるのか、という問いかけほど重大なものはない。このことは、あまりにも凄惨なイラクの被害現場を見れば明らかだ。アメリカ主権のイラク侵略および占領は、人的被害を引き起こすだけではなく、(第二次世界大戦期の惨禍を受けて制定された)国際関係において武力行使を禁止する脆弱な国際協定を破りもした。テロの猛威に加え、アメリカのこうした協定違反が契機となり、国連は、武力行使が正当化されるのは、正確にいかなる場合なのかについて、再検討を迫られている。その議論の背景にあるのが、悪化するイラク情勢である。
 政府による武力行使には、ほぼ常にお情け深い意図の宣言がつきものであるが、それはイラクの場合にもあてはまる。〔イラク戦争の〕表向きの口実がことごとく破綻したので、米国政府の広報機関は一転して、イラクでの任務とは、民主主義を導入し、それにより同国を、そしてやがては中東地域全体を改革することであると主張している。わが国の首脳陣が、そのように口実が破綻した後にイラク民主化へのビジョンを発表しているからといって、彼らが本気であると信じるのは無理な話だ──権力というものによほど大きな信頼を置いていない限りは。
 イラクの議会選挙の例が示すように、アメリカは、現地ですでに民主主義の形式的な仕組みのいくつかを認めざるをえなくなっている。それ自体はよいことであるが、イラクに真の民主主義と主権が認められることは、アメリカおよびイラク市民の広範な層からの圧力なしには、ほぼありえないだろう。
 イラクが主権をもち、独立した場合、その政策はどのようなものになるか考えてみるとよい。国民の大多数がシーア派であるため、イラクは、イランとの友好関係修復に向けた、かつての取り組みを進展させるだろう。
そうなれば、サウジアラビアに隣接するシーア派地域で、〔その周辺一帯の〕非公式なシーア派勢力地域と連携しようという自発的な動きが活発化するだろう。その地域一帯には、偶然にも世界の炭化水素埋蔵量のおよそ三分の二が存在するのだ。
 アメリカにとってこうした埋蔵資源をコントロールすることは、第二次世界大戦後の時期を通して重要な政策課題であったし、今日発展しつつある(ヨーロッパ・アジア地域がますます独立に向かうといった脅威をともなう)三極型の世界秩序のもとでは、なおのことそうである。中東地域の埋蔵資源を確実に手中に収めれば、ヨーロッパ・アジアの経済に影響力を及ぼす「決定的な梃子」をものにすることになる──ズビグニュー・ブレジンスキーは、確立した原則をそのままくり返すように『ナショナル・インタレスト』(2003 - 2004年冬号)でそう述べている。また、イラクは、独立すれば最終的には再武装するだろうし、ことによれば大量破壊兵器まで開発する可能性もある。中東地域全体の敵であり、アメリカの支援を受けているイスラエルに対抗するためである。
 アメリカとしてはこうした動きを座視いているわけにはいかないはずだ。そのときこの国がとりそうな反応は、武力行使の禁止という第二次世界大戦後のコンセンサスに、さらに深刻な打撃を与えている諸政策から生じるものとなるだろう。
 国連憲章の冒頭は加盟国の「戦争の惨禍から将来の世代を守る」という決意表明で始まる。この「戦争の惨禍」は「われわれの生涯のうちに二度までも言語に絶する悲哀を人類に与えてきた」とされているが、さらに、世界を全滅の危機にさらしてきたことも、加盟国にはわかっていた──しかし、その点に言及できないことも知っていた。「原子力」や「核」といった言葉は国連憲章には出てこない。
 侵略戦争は最悪の国際犯罪と見られていた。公式には、このコンセンサスは依然として存在する。たいていの場合、それはあからさまに放棄されることはない。正確には、無視されるのである。
 このコンセンサスが公式に撤回されたのは、1990年代、つい最近のことである。おりしもアメリカが、相手側の攻撃の有無にかかわらず武力を行使する自由を大っぴらにわがものとしはじめたときだ。クリントン・ドクトリンでは、アメリカが軍事力を「一方的に」行使するさ権利を「主要な市場、エネルギー資源、そして戦略的資源を無制限に利用する自由」といった死活的な利益を守るために「必要な場合に」留保するとしていた。1997年の、国防総省による連邦議会への報告書にはそのようにある。ブッシュ政権はこの立場を強化・拡大しており、アメリカは、そのように自ら決定した場合には、一方的に武力に訴える権利をもつとしている。
 こうした帝国的な姿勢を支える原理は、アメリカの歴史と同様に根深いものである。この国の世界観の基本になっているものとは、歴史家ウィリアム・アール・ウィークスが『ジョン・クインシー・アダムズとの世界帝国アメリカ』で書いているように、「アメリカが独自の美徳を備えているという前提」、自国には、自ら公言する理想と「アメリカの生活様式」を広めることにより、「世界を救済するという使命があるという主張」、そして自国は神が定めた運命に導かれているという確信である。この神学的枠組みのおかげで、あらゆる政策課題は、善と悪の二者択一というレベルに還元されるため、理性的な議論を無効にし、民主主義がもたらす脅威を避けることができるのだ。
 武力行使の正当性をめぐる問題昨年(2004年)11月に、事務総長コフィ・アナンの招集による国連高官レベルの小委員会で検討された。そしてこの委員会は、国連憲章をあらためて表明することになった──安保理が例外を承認しない限り、武力の行使は、武力攻撃からの自衛の場合に限定されるものである、と。
 米国政府は、自国がそのような規範に従うべきであるとする考えを受け入れはしない。この事実は、特権と自由を享受し、それに付随する責任を負っているアメリカ国民すべてに影響するだろう。
 国際法学者マイケル・バイヤーズは、新著『戦争法──国際法と武力紛争を理解するために』(2005年)で、「持続可能な法制度をいまなお求めている世界と、そのようなものにいっさい見向きもしない超大国の間に存在する緊張関係」のなかを、われわれはどのようにして生き抜くことができるかという疑問を投げかけている。これは、簡単には無視できない問いかけである。

ノーム・チョムスキー 著 大塚 まい 訳『お節介なアメリカ』ちくま新書2007年9月10日発行より
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

著者 ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)
1928年米国ペンシルヴァニア州生まれ。マサチューセッツ工科大学名誉教授。言語学者。生成文法理論を提唱し、現代言語学の分野に革命をもたらした。その影響力は、哲学・心理学・コンピューター科学などへと広範囲に及ぶ。また、反戦運動や政治・メディア批判によっても広く知られる。著書に『メディア・コントロール』『覇権か、生存か』(以上、集英社新書)、『9・11 アメリカに報復する資格はない!』(文春文庫)、『知識人の責任』(青弓社)、『生成文法の企て』(岩波書店)など多数。

訳者 大塚 まい(おおつか・まい)
翻訳者。慶應義塾大学文学部卒業。テンプル大学教育大学院修了。

『イラクの崩壊と国際秩序 2005年2月1日』 著者 ノーム・チョムスキー

ノーム・チョムスキー 著 大塚 まい 訳『お節介なアメリカ』ちくま新書2007年9月10日発行より
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

著者 ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)
1928年米国ペンシルヴァニア州生まれ。マサチューセッツ工科大学名誉教授。言語学者。生成文法理論を提唱し、現代言語学の分野に革命をもたらした。その影響力は、哲学・心理学・コンピューター科学などへと広範囲に及ぶ。また、反戦運動や政治・メディア批判によっても広く知られる。著書に『メディア・コントロール』『覇権か、生存か』(以上、集英社新書)、『9・11 アメリカに報復する資格はない!』(文春文庫)、『知識人の責任』(青弓社)、『生成文法の企て』(岩波書店)など多数。

訳者 大塚 まい(おおつか・まい)
翻訳者。慶應義塾大学文学部卒業。テンプル大学教育大学院修了。