『イラク戦争の隠された意図 2005年7月1日』 著者 ノーム・チョムスキー
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

2005年
超大型ハリケーン「カトリーナ」が直撃し、水に漬かったニューオーリンズ市内(2005年9月3日、写真:共同通信社)

『イラク戦争の隠された意図 2005年7月1日』 著者 ノーム・チョムスキー

ブッシュ大統領は2005年6月28日のスピーチで、イラク侵略はアメリカによる「対テロ世界戦争」の一環として実行されたと主張した。しかし実際は、予期されていたとおり、この侵略のために、テロの脅威がかえって(おそらく著しく)増大した。
 イラク戦争の動機をめぐる米国政府の公式発表において、実に開戦時から一貫して見られる特徴的な要素は、真偽相半ばする発言、誤った情報、そして意図の隠蔽である。イラク戦争の性急な開戦に関して最近明るみに出た新事実は、イラクを荒廃させ、中東地域全体、そしてまさに世界中を脅かしているカオス的状況のなかにあって、いっそう際立って見える。
 2002年にアメリカとイギリスが、イラク侵略を行う権利を主張したのは、同国が『大量破壊兵器を開発している』という理由からだった。これこそがブッシュ、ブレア、そしてその陣営が一貫して強調していたように、イラクに対して問うべき「唯一の疑問」とされており、ブッシュが連邦議会から武力行使の承認を得るために用いた、唯一の根拠でもあった。
 そしてその「唯一の疑問」への答えは、侵略の直後に明らかになり、両国は不本意ながらこれを認めざるをえなくなった。「大量破壊兵器は存在しなかった」のである。すると間髪を入れず、現下のドクトリンを支えるシステムである政府とマスメディアは、戦争を続けるための新しい口実と根拠をでっちあげた。
「アメリカ人は自分たちのことを侵略者だと認めたがらないが、イラクで起こったことはまさに、あからさまな侵略そのものなのだ」──国家安全保障・国家情報アナリストのジョン・プラドスは、著書『欺かれた国民』(2004年)で、文献資料を綿密かつ広範に精査したうえで、そのような結論を述べている。プラドスは、ブッシュの「イラクとの虚偽の公式声明ときわめて悪質な情報操作とがかならず絡む」、「政府の不正行為に関するケース・スタディの一例」であると評している。
 ロンドンの『サンデー・タイムズ』(2005年5月1日号)に掲載された英首相官邸極秘メモ(『ダウニング・ストリート・メモ』)や、その他の新たに入手可能となった極秘資料を見れば、これまでの政府の欺瞞があらためて浮き彫りになる。
 このメモは、2002年7月23日の、ブレア戦時内閣閣僚会議の内容を記録したものである。その記述によれば、この会議で、英国情報局長官リチャード・ディアラブ卿の、「情報と既成事実は」、イラク攻撃を推進する「政策に合わせて、取り繕われつつあった」という、(いまや悪評高い)主張がなされていた。
このメモはまた、イギリス国防長官ジェフ・フーンが、「アメリカはフセイン政権に圧力をかけるためにすでに『急激な行動』を起こしはじめた」と言ったとしている。
 このメモを暴露したのは、イギリスのジャーナリスト、マイケル・スミスだが、彼はその後複数の記事で、そのメモが書かれた背景とその内容について詳述した。アメリカの「急激な行動」とは、どうやら「開戦理由」となるような何らかの軍事行動にイラクを駆り立てるために行った、米英共同の空爆作戦などを含意していたようだ。戦闘機は、2002年の5月にイラク南部の攻撃を開始した──英国政府の計算によると同月中に10トンもの爆弾を投下した。そして特別に「急激」な空爆が、8月の後半に始まった(以降9月までを通して投下された爆弾は合計54.6トンにのぼる)。
(つまり、ブッシュとブレアが戦争を始めたのは、2003年の3月ではなく──われわれがそう思い込んでいたが──実際は2002年の8月末であり、連邦議会がイラクに対する武力行使を承認する6週間も前のことなのだ」とスミスは述べていた。
 米英の空爆は、あたかも飛行禁止区域内におけるイラクの攻撃から、連合軍の戦闘機を守るための防衛措置であるかのように説明されていた。イラクはこの件について国連に抗議したが、両国の計略にはまって報復行動に出るという事はなかった。──飛行禁止区域の違法性と、その設定当初に民間人に与えたおぞましい影響については、Hans von Sponeck, A Different Kind of War (2006)を参照。
 米英の政策担当者らにとって、イラク侵略のほうが「対テロ戦争」よりもはるかに重要であった情報機関からの報告では、そこまで明らかにされている。連邦軍によるイラク侵略が行われた夜に、戦略的判断を行うインテリジェンス・コミュニティーの中枢、国家情報会議(NIC)がまとめた機密報告書では、「アメリカ主導のイラク侵略はイスラム主義への支持を増やすことになり、結果として、イラク社会に、激しい内紛へと陥りかねない深刻な分断をもたらすであろうと予測されていた」と、ダグラス・ジュールとデイヴィッド・E・サンガーは、昨年(2004年)9月『ニューヨーク・タイムズ』で報じていた。
 さらに、2004年12月にNICは「イラク戦争や、その他将来起こりうる紛争は、新しいタイプのテロリストたち──『プロ』化した、政治テロ自体を主目的とする集団──にさらなる志願者、訓練場所、専門技術、そして語学力を与えることになるだろう」と警告していたと、ジュールは前述の記事が掲載された数週間後に報告している。
 トップの政策担当者らがテロの脅威をあえて大きくしようとしているのは、当然、そのような結果を望んでいるからというわけではない。そうではなくて、ただ単に、そのような懸念は、世界で最も主要な資源エネルギーを支配するといった、他の目的の重要性にくらべればたいしたことではないと考えているだけのことなのだ。
 アメリカが、イラク──世界で二番目の石油産出国として知られ、世界の主要なエネルギー供給源の中心にある国──に対して、支配力を
維持することができれば、この30年で形成されてきた「三極」体制における主要な競争相手国に対して、ずっと強力な戦略的パワーと
影響力を発揮することができる(「三極」とは、アメリカを中心とする北米地域、ヨーロッパ、北東アジアおよび同地域と結びつく南アジア・東南アジアの経済圏のことである)。
 こうした目論見は、「人類が生き延びるかどうかという問題は、権力や富の掌握という短期的な目標と比較すれば微々たるものである」という前提に立てば、合理的なものである。そして、この考え方自体は何も目新しいものではない。歴史上、いつの時代にもよく見られるテーマである。核兵器の時代である今日において異なる点はただひとつ、そうした考えが及ぼす危険度が過去にくらべて桁外れに高いということである。

ノーム・チョムスキー 著 大塚 まい 訳『お節介なアメリカ』ちくま新書2007年9月10日発行より
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

著者 ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)
1928年米国ペンシルヴァニア州生まれ。マサチューセッツ工科大学名誉教授。言語学者。生成文法理論を提唱し、現代言語学の分野に革命をもたらした。その影響力は、哲学・心理学・コンピューター科学などへと広範囲に及ぶ。また、反戦運動や政治・メディア批判によっても広く知られる。著書に『メディア・コントロール』『覇権か、生存か』(以上、集英社新書)、『9・11 アメリカに報復する資格はない!』(文春文庫)、『知識人の責任』(青弓社)、『生成文法の企て』(岩波書店)など多数。

訳者 大塚 まい(おおつか・まい)
翻訳者。慶應義塾大学文学部卒業。テンプル大学教育大学院修了。

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