『ハリケーン「カトリーナ」とブッシュの失敗 2005年9月30日』 著者 ノーム・チョムスキー
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

2005年
超大型ハリケーン「カトリーナ」が直撃し、水に漬かったニューオーリンズ市内(2005年9月3日、写真:共同通信社)

『ハリケーン「カトリーナ」とブッシュの失敗 2005年9月30日』 著者 ノーム・チョムスキー

ハリケーン「カトリーナ」の被災者が正常な生活を取り戻そうとするなかで、ますます明らかになってきているのは、この悲劇より以前から、的外れな政策や誤った優先課題の嵐が、何年もかけて勢力を増し、迫ってきていたことである。
 9・11テロ前の報告で、連邦緊急事態管理局(FEMA)はニューオーリンズの大型ハリケーンを、アメリカで起こる可能性が最も高い三つの大惨事のひとつとして挙げていた。あとの二つは、ニューヨークでのテロ攻撃と、サンフランシスコの地震である。
 ニューオーリンズのハリケーン対策は、局長(当時)のマイケル・ブラウンがアジアでの津波被害の視察から戻ってきた2005年1月以来、FEMAの緊急優先課題となっていた。
「ニューオーリンズはわれわれが真っ先に話題にする災害地域だった」と、元FEMA職員のエリック・L・トルバートは『ニューヨーク・タイムズ』に語っていた。「その危険度の高さゆえに、ニューオーリンズのことがわれわれの頭を離れなかった」。「カトリーナ」が現地を襲う一年前、FEMAは、ニューオーリンズ住民のために、一度ハリケーン対策の本格的な避難訓練を行い、成功をおさめていた。しかし、その訓練にあったようなFEMAの入念な避難計画は、肝心のときに実行されなかった。
 今回の失態の一因として、イラク戦争がある。イラクに派遣されていた国家警備隊が、「必要装備(高水位用車両、高機動多目的装輪車両、燃料空輸機や発電機など、大きな自然災害がこの州を襲った場合に必要となるもの)の多くを持ち出してしまった」と『ウォールストリート・ジャーナル』は報告している。「陸軍のある上官の言い分はこうだ。わが軍は第10山岳師団傘下の第4旅団をルイジアナ州フォートポーク基地から(被災地に)派遣することに消極的だった。というのは、数千もの兵士を抱えるこの旅団は、アフガニスタンでの配備に向けて準備している最中だったからだ」。
 また、官僚主義的慣行も、自然災害のリスクより重視された。FEMAの元職員らは、『シカゴ・トリビューン』にこう述べた。同局の能力は、ブッシュ政権下で「実質的に無用のものとして扱われた」。この政権で、FEMAは、国土安全保障省の管轄下に入ったため、人的・物的資源が手薄になったと同時に、何重にも煩瑣な書類手続きが増えた。結果、「頭脳流出」が起こった──やる気を失った職員がやめ、まったく不適格なブッシュ派一味が要職についたのである。かつては「トップクラスの連邦政府機関」とされたFEMAが、いまや、「国土安全保障省という車の後部座席に座ることも許されない」のである。と、エリック・ホールドマン(ワシントン州キング郡の危機管理部の責任者)は、『フィナンシャル・タイムズ』にこのように語った。「いま、FEMAは、その車のトランクに入れられているのだ」。
 さらに、ブッシュ政権による2004年度の財政緊縮政策が災いし、陸軍工兵隊は、洪水防御対策──その一部に、切実に必要だったニューオーリンズの堤防強化も含まれていた──の作業を大幅に削減せざるをえなくなった。ブッシュの2005年度予算案は、また新たに深刻な削減を要求している。この絶妙なタイミングはこの政権のお家芸だ。それはちょうど、英国政府で、2005年7月、おりしもロンドン同時爆破事件の直前に、公共交通機関のセキュリティ対策の大幅縮小が打ち出されたのに似ている。
 環境への無関心もまた、今回のハリケーンの被害を史上最悪のものにした、もうひとつの原因である。湿地にはハリケーンや嵐の勢力を弱める働きがある。しかし、水政策の専門家であるサンドラ・ポステルは『クリスチャン・サイエンス・モニター』でこう書いていた。湿地は、「カトリーナが現地を襲った頃には失われていた」。その一因として「2003年発足のブッシュ政権は実質的に、ブッシュ(父)政権期に始まった湿地の『ノーネットロス』政策〔湿地が失われた場合、同量・同質の湿地を回復させることで湿地機能の正味の損失を防ぐための良政策〕を骨抜きにした」からである。
「カトリーナ」による死亡者数、とくにこの地域の貧困層のそれは推定不能である。しかし、ひとつの判断材料になる数値は、28パーセントというニューオーリンズの貧困者比率で、これは全米平均の二倍に相当する。ブッシュ政権期の間にアメリカの貧困者比率は上がり、もとより乏しかった福祉のセーフティ・ネットは、さらに脆弱なものとなった。こうした影響はあまりにもひどいものであり、右派のメディアでさえ、特定の階級・人種への被害がいかに大きいかを訴えていた。
 メディアは人々の惨状を生々しく映し出す一方、その裏側で、「共和党の指導者たちは早急に、『ハリケーンに打ちのめされたメキシコ湾岸地域のための救済策を実施することで、経済・社会政策を完遂しようとしている』と報じている」、と『ウォールストリート・ジャーナル』は評していた。
 こうした政策促進の一環としての施策に含まれているのは、連邦事業請負業者に現行レベルの賃金の支払いを義務づける規則の一時棚上げや、住む家を失った児童へのスクール・バウチャー〔利用券〕の提供──公教育経営へほ目に見えぬ最打撃──である。この施策はまた、環境規制の解除、「台風の被害を受けた州の死亡者にかかる遺産税の免除」─ニューオーリンズのスラム街からの避難民にとっては何とも結構な恩恵──など、総じていえば、支配者のシニシズムには際限がないことをまたもやはっきりさせるものだった。
 ハリケーンにともなう洪水で流され、失われてしまったのは、被災地のニーズへの、そして人的サービスへの関心である。世界での支配力を強化し、自国では富と権力をさらに集中させるという、より大きな課題が優先されているのだ。
 イラクで、そしてハリケーン「カトリーナ」の余波で苦しむ人々の姿は、その帰結を何よりも生々しく伝えている。

ノーム・チョムスキー 著 大塚 まい 訳『お節介なアメリカ』ちくま新書2007年9月10日発行より
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

著者 ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)
1928年米国ペンシルヴァニア州生まれ。マサチューセッツ工科大学名誉教授。言語学者。生成文法理論を提唱し、現代言語学の分野に革命をもたらした。その影響力は、哲学・心理学・コンピューター科学などへと広範囲に及ぶ。また、反戦運動や政治・メディア批判によっても広く知られる。著書に『メディア・コントロール』『覇権か、生存か』(以上、集英社新書)、『9・11 アメリカに報復する資格はない!』(文春文庫)、『知識人の責任』(青弓社)、『生成文法の企て』(岩波書店)など多数。

訳者 大塚 まい(おおつか・まい)
翻訳者。慶應義塾大学文学部卒業。テンプル大学教育大学院修了。

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