『ヒロシマの遺産を胸に 2005年8月2日』 著者 ノーム・チョムスキー
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

2005年
超大型ハリケーン「カトリーナ」が直撃し、水に漬かったニューオーリンズ市内(2005年9月3日、写真:共同通信社)

『ヒロシマの遺産を胸に 2005年8月2日』 著者 ノーム・チョムスキー

今月、広島・長崎原爆記念日を迎えるにあたり、われわれの胸にこみあげてくるのは、「同じ惨禍が二度とくり返されてはならない」という、厳粛な反省と、切実な祈りばかりである。
 これに関連して懸念されているのは、9・11のずっと以前より専門文献で議論されていたとおり、核兵器が早晩、テロリスト集団の手に渡るのではないかということだ。
 最近(2005年7月)ロンドンで起きた爆破事件を見れば、攻撃と報復の連鎖が、どれほど──予測をはるかに超え、広島・長崎の例とはくらべものにならないほど恐ろしい事態にまで──エスカレートしうるか、あらためて認識させられる。
 世界に君臨する大国アメリカは、自らのいう「先制的自衛」のドクトリンにもとづき、望むままに戦争を起こす権利を自身に付与している。このドクトリンは、この国が「有事」とみなす、いかなる事態にも適用される。さらに、その際の破壊行為の手段に制限はないということになっている。
 アメリカの軍事支出は、アメリカを除く世界の軍事費総額に近づいている。また、38の北米企業(うち一社はカナダ)の兵器売上高の合算は、(2002年以来、25パーセント増加している)世界の企業の兵器売上高の、60パーセントを超えている。
 われわれが生き延びるかどうかがかかった。か細い生命線を強化するための努力が、これまでになかったわけではない。なかでも最も重要な取り組みは、1970年に発効た核拡散防止条約(NPT)である。5年に一度のNPT再検討会議が、この2005年5月に国連で行われた。
 NPTは、崩壊の危機に直面している。その一番の理由は、核保有国が、同条約の第六条のもとに、核兵器削減に向けて「誠実な」努力を続けるという義務を果たしてこなかったからである。アメリカは、この第六条の義務の履行を率先して拒否してきた。国際原子力機関(IAEA)事務局長モハメッド・エルバラダイは、「いずれかの当事者がその義務の履行に消極的な場合、他の当事者らの間にも同様の態度が醸成されてしまう」と力説している。
 カーター元大統領は、次のようにアメリカを非難した。

〔アメリカこそが〕こうしたNPT弱体化の主要因になっている。自分たちが、世界をイラク、リビア、イラン、北朝鮮における核拡散の脅威から守っているのだと主張しているにもかかわらず、その指導者層は、現行の条約に定められた制約を無視してきたばかりか、(対弾道ミサイル、地中を貫通する「バンカーバスター」、そしておそらく新型「小型」爆弾などを含む)新型兵器を実験・開発する計画を推し進めている。また、過去の誓約をも放棄し、いまや核兵器を先制使用すると表明して非核保有国に対し威嚇を行う始末だ。

われわれの生命線は、広島原爆投下以来の数十年の間に、途切れそうになったことが何度もある。最もよく知られた例は1962年10月に起きたキューバ危機であった。「人類史上最も危険な瞬間」──この事件を、歴史家で、元ケネディ政権大統領顧問のアーサー・シュレジンジャーは、2002年10月ハバナでのキューバ危機40周年記念会議でそう評した。
 世界は「間一髪のところで核の惨禍を免かれた」とロバート・マクナマラ(ケネディ政権で国防長官を務めた人物で、キューバ危機記念会議にも出席していた)は振り返る。彼は『フォーリン・ポリシー』(2005年5・6月合併号)で、事件をそのように想起させるとともに、あらためて「間近に迫った世界の終末」をも警告している。
 マクナマラは、「アメリカの現行の核兵器政策」を「不道徳、違法、かつ軍事的に無意味であり、さらに、恐ろしく危険である」と見ている。なぜなら、その政策は「他国、自国のどちらにも、許容できないほどのリスク」(「偶発的な、あるいは不慮の核ミサイル発射」の「恐ろしく高い」危険性と、テロリストによる核攻撃の危険性の両方)をもたらすからである。そして彼は「10年以内にアメリカ関連施設が核攻撃を受ける確率は50パーセント以上ある」という、(クリントン政権で国防大臣を務めた)ウィリアム・ペリーの見解を支持している。
 著名な戦略アナリストたちも一般に同様の見解を表明している。国際関係論の専門家で、ハーバード大学教授のグレアム・アリソンは、著書『核テロリズム』(2004年)でこう報告している。(彼自身もその一員である)「国家安全保障の専門家集団の間では」、核兵器の主原料である核分裂性物質が回収・保全されなければ、「汚い爆弾(ダーティー・ボム)」〔放射性物質を通常爆薬での爆破で周囲に飛散させる爆弾〕による攻撃は「避けられない」ものとなり、核攻撃の可能性は非常に高くなるだろうという「コンセンサス」がある。アリソンはまた、同書で、1990年代初期以来、サム・ナン、リチャード・ルーガー両上院議員によるイニシアティブのもとに実行された核物質回収・保全への取り組みがある程度成功したこと、そしてそれが、ブッシュ政権発足直後から──ジョセフ・ビデン上院議員の言う「イデオロギー的愚さ」がもたらした機能不全によって──後退したことについて論じている。
 米国政府の首脳陣は、核拡散防止プログラムを棚上げにしてきた。彼らがエネルギーや資源を注いできたのは、この国を欺瞞によって戦争に駆り立てることと、その後イラクで自ら起こした混乱を収拾することだった。そうした暴力による威嚇や暴力の行使は、核拡散を、聖戦(ジハード)テロとともに促進している。
 イラク侵攻の二年後に、政府首脳陣による「対テロ戦争」の再検討が行われたが、そこで、「焦点が当てられたのは、ここ数年間でイラクにおいて育成された新世代テロリストの台頭にどう対処するかという問題であった」と、スーザン・B・グラッサーは、『ワシントン・ポスト』で報告している。「政府首脳陣は、しだいに、イラクで訓練された何万人もの聖戦テロリストたちが同国から流出し、おのおのの故国(彼らの出身地域は中東から西ヨーロッパにまで及ぶ)へと帰還するという、いわゆる『テロリストの拡散』現象に目を向け始めている。『これはいわば新たな方程式の、新たな変数だ』とブッシュ政権の元役人の一人は言う。『彼らがイラクにいる間にその身元がわからない限り、イスタンブールやロンドンに戻ってしまえば、発見されるはずがないではないか?』と」。
 アメリカのテロ問題専門家である。ピーター・バージェンは『ボストン・グローブ』でこう語っている。「イラクは対テロ戦争の主前線であるというのは大統領の言うとおりだ。しかし、その前線を生み出したのはわれわれ自身なのだ」。
 ロンドン同時爆破事件の直後に、イギリス随一の国際問題研究所チャタム・ハウスは、ある研究報告を公開した。そこで出されている自明な──しかし同国政府には激しい態度で否定されている──けつろんはこうである。「イギリスはとくに危険にさらされている。それは、アメリカに最も近い同盟国であり、(タリバン政権の転覆を目的とした)アフガニスタンでの、そしてイラクでの軍事作戦で、軍隊を展開しており、そして、アメリカの政策というバイクの(運転手のすぐ後ろに座っている)同乗者だからである。
「間近に迫った」世界の終末が実際に訪れる確率を、現実に予測することは不可能だ。しかし正常な人間なら、この事態を考えてみて、冷静でいられることはまずないだろう。憶測は無意味だが、ヒロシマの惨禍がくり返される恐れに対して反応することは、決して無意味ではない。それどころか、とくにアメリカでは、そのような反応がいま切実に求められている。それは、こうした破滅への競争が加速されるにあたって、米国政府が
果たしてきた主要な役割のゆえである。アメリカは歴史上類を見ないその軍事的支配を拡大しているが、その実行にあたっては侵略的軍国主義政策をとっており、これらの政策は(言説上も実質上も)世界を最悪の悲劇へとそのまま導いてゆくものといってもよい。

ノーム・チョムスキー 著 大塚 まい 訳『お節介なアメリカ』ちくま新書2007年9月10日発行より
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

著者 ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)
1928年米国ペンシルヴァニア州生まれ。マサチューセッツ工科大学名誉教授。言語学者。生成文法理論を提唱し、現代言語学の分野に革命をもたらした。その影響力は、哲学・心理学・コンピューター科学などへと広範囲に及ぶ。また、反戦運動や政治・メディア批判によっても広く知られる。著書に『メディア・コントロール』『覇権か、生存か』(以上、集英社新書)、『9・11 アメリカに報復する資格はない!』(文春文庫)、『知識人の責任』(青弓社)、『生成文法の企て』(岩波書店)など多数。

訳者 大塚 まい(おおつか・まい)
翻訳者。慶應義塾大学文学部卒業。テンプル大学教育大学院修了。

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