『中東における「民主化促進」 2005年3月2日』 著者 ノーム・チョムスキー
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

2005年
超大型ハリケーン「カトリーナ」が直撃し、水に漬かったニューオーリンズ市内
(2005年9月3日、写真:共同通信社)

『中東における「民主化促進」 2005年3月2日』 著者 ノーム・チョムスキー

いわゆる「民主化促進」は、アメリカが宣言する中東政策の最重要テーマとなっている。
 このプロジェクトには背景がある。つまり、そこには冷戦時代からの「強固な連続性」があるのだ──トーマス・カロサーズ(カーネギー国際平和基金の「民主主義と法治主義に関するプログラム」所長)は、最近の著書『重大な任務──民主化促進に関する論文集』(2004年)でそのように述べている。
「アメリカが民主主義を促進するのは、民主主義がアメリカの安全保障上、経済上の利益とうまく合致しそうな場合である」とカロサーズは結論する。「民主主義がそうした別次元の重要な利益と合致しない場合は、アメリカは民主主義を軽視し、あるいは無視さえもする」。
 カロサーズは、1980年代に、レーガン政権下の国務省でラテンアメリカにおける「民主主義強化」プロジェクトに携わっており、その経緯を別の著書に書いたが、そのなかでもやはりほぼ同様の結論を引き出していた。現在のアメリカと同じような行動と主張は、過去の時期から健在だったのであり、またアメリカ以外の主要な大国にも見られる特徴なのだ。
 ここに見られる強固な連続性、そしてそれを支えている権力層は、最近の中東地域で起きている出来事に影響を及ぼしており、「民主化促進」という方針の本質を明らかにしている。
 この連続性を説明する実例として、ジョン・ネグロポンテが初代国家情報長官に指名された件がある。ネグロポンテのキャリアは幅広い。ホンジュラスでは、レーガン政権の大使として、テロリスト軍隊コントラによる対ニカラグア戦争を指揮し、一方イラクでは、ブッシュ政権の大使として、短期間ながら「民主主義の発展」に関わる業務を統括した。この経験が、次は、テロと戦い自由を促進するという、このたびの新しい任務に役立つのかもしれない。ジョージ・オーウェルが生きていれば、この状況を喜劇と見るか悲劇と見るか迷っていたことだろう。
 2005年1月にイラクで行われた国民議会選挙は、成功をおさめており、賞賛に値する。
しかしながら、これがどういう意味で成功だったかという点についてはほとんど報道されていない。この成功の本質は、アメリカが、この選挙の実施を許可するしかなかったということ自体にある。つまりそれは、イラク側の真の勝利である。爆弾テロ実行犯らのそれではなく、世俗派、ムスリム双方の一般国民による、非暴力の抵抗の勝利である。なお、ここでいうムスリムとは、大アヤトラ・アリ・アル・シスタニ師を指導者とするシーア派のほうである。
 アメリカ・イギリス両国の非協力的な態度をものともせず、シスタニ師はすみやかな選挙を要求した。その背景には、イラク国民の、自由、独立、そして何らかの民主的権利を手にしようという決意があった。イラク国民の非暴力の抵抗は続き、ついにアメリカ(そして同国におとなしく追随するイギリス)は選挙を許可するほか打つ手はないと判断した。そしてその後、現行のドクトリンを支える装置を急ピッチで働かせて、その選挙をアメリカ主導の構想であるかのように見せようとした。
「強固な連続性」とその制度的起源に照らして考えれば、米国政府が、自らが難色を示すような政治的成果をたやすく認めないことは、十分予想できる。とくに中東のような、世界でも重要な地域においては、なおのことそうだ。
 イラクの人々は、占領体制の終結という希望をもって選挙で票を投じた。2005年1月の選挙前世論調査では、69パーセントのシーア派、そして82パーセントのスンニ派が「アメリカの早期撤退」に賛成していたと、ブルッキングス研究所のアナリストは『ニューヨーク・タイムズ』で報告している。しかし、ブレアやライスらは、撤退のスケジュールを示すことをきっぱりと拒否してきた。つまり、撤退を無期限に延期するつもりなのだ──占領軍が「任務」をまっとうするまでは。ここでいう「任務」とはつまり、民主主義を、「強固な連続性」に従い、選挙により誕生した政府にアメリカの要求を呑むよう強制することによって、もたらすという意味だ。
 アメリカ・イギリス両国のイラク撤退を早めるには、イラク人のみならず、アメリカとイギリスの有権者が、自分たちの政府にイラク人の主権を認めさせようという強い意志をもっているかどうかにかかっている。
 イラクでさまざまな動きが展開するなか、アメリカはイランに対して攻撃的な態度をとり続けている。最近、イランにアメリカの特別部隊が侵入しているという情報が流れたことは、その真偽のほどはどうあれ、事態を悪化させるものだ。
 しかし、ほんとうの意味での脅威はまた別にある。ここ数年でアメリカは、イスラエルに100機もの最新鋭ジェット戦闘機を派遣してきたのである。そしてはっきり公表されているのは、その戦闘機がイランを爆撃する能力を備えていることだ。それらは1981年、イスラエルがイラクの原子炉を空爆する際に使用した軍用機の最新型なのである。ちなみにこの件がきっかけとなり、フセインが核兵器プログラムを開始したということを示す証拠がある。

これは推測の域を出ないが、こうした武力による威嚇は二つの目的にかなうであろう。ひとつはイランの指導部をより圧制的にさせて、彼らに対するイラン国民の抵抗を施すことだ。そしてもうひとつは、ヨーロッパやアジアのなかで、アメリカに対抗しようとする国々が、イランに対する外交的、経済的な働きかけを行わないよう脅しをかけることである。実際、こうした強硬政策のために、すでに、ヨーロッパの数カ国が、アメリカの報復を恐れて、イランに投資することを断念したケースが何件かある、とマシュー・カーニッシュニグは、『ウォールストリート・ジャーナル』で報じている。
 民主化促進の成功例として賞賛されているもうひとつの動きとして、イスラエルのシャロン首相とパレスチナのアッバス議長の間で締結された停戦合意がある。この停戦合意のニュースは歓迎すべきものだ。当面は、殺戮があるよりないほうがいいに決まっている。しかしながら、この停戦合意をよく見てみてほしい。唯一明文化されている事項は、パレスチナ人の抵抗を(それが占領軍に対するものであっても)やめさせなければならない、というものだけだ。
 アメリカとイスラエルのタカ派にとって、完全な和平ほど好都合なことはない。これが実現すれば双方とも何ら制約を受けずに、ヨルダン川西岸地区の貴重な土地と資源を分捕るための政策や、パレスチナの残された領土を理不尽なほどの狭い区域に分割する大規模なインフラ工事を推し進めることができるだろうから。
 アメリカの支援を受けてイスラエルが占領地で行っている略奪行為は、何年も前からイスラエル - パレスチナ間の対立の核心であり続けている。しかし、今回の停戦協定にはその略奪行為に関しての言及はいっさいない。アッバス議長はそれでもこの協定を受け入れた。おそらく、イスラエル - アメリカが政治的解決を拒否している以上、この協定が、パレスチナとイスラエルにとって最良の策であると考えたのだろう。もっとも、さらに付け加えるならば、アメリカがこうした強硬姿勢を続けていられるのは、同国の一般国民がそれを容認している間でしかないのだが。
 私はこの協定に関して楽観的でありたいし、どんなささやかな希望であれ、それに飛びつきたい気持ちだが、これまでのところ、実のあるものは何も見えてこない。
 米国政府には、まさに、「強固な連続性」が存在する。ほぼ、カロサーズの憂いに満ちた結論に述べられているとおりに──民主主義と法の支配が許されるのは、政府の戦略的、経済的目標にかなう場合であり、かつその場合に限ってである。しかしイラクやイスラエル - パレスチナ問題に対するアメリカ国民の態度は、政府の政策とは正反対であると、世論調査は示している。したがって、ほんとうの意味での「民主化促進」は、アメリカ国内から始めるべきなのではないか、という疑問が浮かび上がってくるのである。

ノーム・チョムスキー 著 大塚 まい 訳『お節介なアメリカ』ちくま新書2007年9月10日発行より
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

著者 ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)
1928年米国ペンシルヴァニア州生まれ。マサチューセッツ工科大学名誉教授。言語学者。生成文法理論を提唱し、現代言語学の分野に革命をもたらした。その影響力は、哲学・心理学・コンピューター科学などへと広範囲に及ぶ。また、反戦運動や政治・メディア批判によっても広く知られる。著書に『メディア・コントロール』『覇権か、生存か』(以上、集英社新書)、『9・11 アメリカに報復する資格はない!』(文春文庫)、『知識人の責任』(青弓社)、『生成文法の企て』(岩波書店)など多数。

訳者 大塚 まい(おおつか・まい)
翻訳者。慶應義塾大学文学部卒業。テンプル大学教育大学院修了。

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