『無人兵器の進化と未来』
無人兵器の初の実戦投入は第二次世界大戦

無人兵器がいつ着想されたのかについては諸説あるが、第一次大戦中にはアメリカやイギリスで、無線誘導式の航空機の実験が行われている。
 無人兵器が最初に実戦で使われたのは第二次大戦中のことで、ドイツが「ミステル」、アメリカが「アフロディーテ」を実戦投入している。

ミステルは艦船など目標に体当たりする子機と、それを無線でコントロールする親機を組み合わせたものだった。子機には主に老朽化した爆撃機、親機には戦闘機が用いられており、爆薬を満載した子機を無線操縦で目標に突入させる、言わば無人特攻機のような兵器だった。アフロディーテも同様のコンセプトの兵器だが、目標近くまではパイロットが操縦し、突入直前にパラシュートで脱出する仕組みとなっていた。ミステルは主に艦船、アフロディーテはドイツ軍基地への攻撃に用いられたが、当時の技術では命中させるだけでも一苦労で、大きな戦果を上げるには至らなかった。
 また第二次世界大戦ではドイツが、地雷原の啓開や敵陣地の攻撃に用いる、リモコン操作式の爆薬運搬車輌「ゴリアテ」を実戦投入しているが、やはり活躍できないままに終わっている。

その後、無人兵器の開発は一旦下火となったが、通信技術やセンサー、コンピューターの進化によって、操縦が容易となり、また仮に喪失しても兵士の生命を失うことがない点が高く評価されたことなどから、主に先進諸国で積極的に開発が進められ、現在に至っている。

パイロットの心を襲う普及の裏側

現在の先進国の軍隊では、無人兵器はなくてはならない存在となっているが、普及に伴って浮き彫りになった問題もいくつかある。
 その一つが保守的な組織である軍隊における、無人兵器に対する根強い抵抗感だ。それが顕著なのは無人航空機の分野で、アメリカ空軍や海軍では無人航空機に対する反発が大きく、アメリカ空軍では有人機から無人機のパイロットへの配置転換に抵抗を示す者も少なくないという。
 無人機のパイロットは有人機のパイロットに比べて勤務態勢にメリハリが乏しく、またプレデターのような低速機では、攻撃を行う際に相手の姿をはっきり見てしまうことなどから、有人機から無人機に配置転換されたパイロットの多くが大きなストレスを抱え、心の病にかかる事例も少なからず存在する。

無人兵器には自国の兵士を危険に晒すリスクが無いことから、軍事行動を容易にするという批判や、人の生死にかかわる重大な判断を機械にさせるべきではないという批判もある。現在運用されている無人兵器は、攻撃の判断を人間が下しているが、将来的にその判断を機械に委ね、その判断の間違いにより多くの人命を失った時、責任の所在が不明確になるという問題をはらんでいる。
 このため無人兵器も従来の兵器同様に、戦争法の枠組みで一定の規制をかけようという動きもあり、2013年11月にはスイスで初の協議が行われている。ただ、攻撃の判断を機械が行う、いわゆる完全自律型兵器には高度な人工知能が必要となるため、現在の技術では実現が困難であり、また完全自律型兵器の定義も定まっておらず、現在無人兵器によって生じている問題の解決には効果が無いという批判もある。

『空の兵器の進化と未来』
第一次世界大戦を機に続々と誕生した空の兵器

空の兵器、すなわち軍用機が本格的に戦争に投入されたのは、今から約100年前の第一次世界大戦のことだった。最初に誕生した軍用機は、上空から敵の地上部隊の状況を把握する偵察機で、その後偵察機は、偵察のついでに敵の地上部隊に対して爆弾を投下するようになった。この攻撃が、想像していた以上の効果をもたらしたことから、爆撃機や攻撃機が誕生した。
 それに対抗するため、偵察機や戦闘機を攻撃してその行動を阻止する戦闘機が生まれた。その後も戦闘機や攻撃機の行動を支援する空中給油機や早期警戒期、墜落した航空機の乗員を救助する救難機、貨物を高速輸送する輸送機など、任務に適した能力を持つ機体へと枝分かれして、様々な種類の軍用機が生まれた。
 ただ、航空機の進化により、たとえば戦闘機でありながら攻撃機としても十分な能力を持つ、F/A-18のようなマルチロールファイター(多用途戦闘機)や、戦闘機でありながら、既存の偵察機以上の画像情報の収集能力を持つF-35のような機体が次々と現れており、現在では明確な区分が難しくなりつつある。

時代とともに変化する軍用機の性能の重き

軍用機の戦い方も時代と共に変化しており、第一次~第二次世界大戦時の戦闘機や攻撃機、爆撃機は、機銃と自由落下(無誘導)爆弾を主な攻撃手段としていたが、現在ではミサイルと精密誘導爆弾が主な攻撃手段となっている。
 また、こうした高度な兵器を運用するためのレーダーなどのセンサーも、実用化から約80年の間に急激な進化を遂げている。現代では敵に先んじて発見し攻撃する、「ファストルック・ファストキル」が航空戦に勝利するためのセオリーとなっている。
 このため、かつての戦闘機や攻撃機は、敵の同種の機体よりも高い速度性能と運動性の実現に重きを置いていたが、現代の戦闘機や攻撃機は、いかに相手の手の届かないところから攻撃できるかに、重きが置かれている。このような事情から、最新鋭戦闘機のF-35の最大速度と、運動性を図る要素の一つである維持旋回率は、半世紀以上前に開発されたF-4 ファントムII戦闘機よりも劣っている。

F-35が速度性能や運動性に重きを置く必要がない戦闘機となった大きな理由の一つは、高いステルス性能にある。敵のレーダーに発見されにくくなれば、その分だけ阻止攻撃も受けにくくなるため、速度性能や運動性に重きを置く必要性が乏しくなる。
 かつての戦闘機や攻撃機も、無線を使ってある程度までの連携攻撃を行う事ができたが、現在ではデータリンクによって敵や味方の情報を共有して、たとえば別の機体のレーダーが収集した敵の情報をデータリンクを介して受け取り、それを基にミサイルで攻撃するといった、より高度な連携攻撃力を持つ戦闘機も出現している。
 現代の航空戦では、機体そのものの持つ能力もさることながら、航続距離や作戦時間を延伸させる空中給油機、捜索距離の長いレーダーでいち早く敵を発見して味方機に知らせ、さらには指揮を執る早期警戒(管制)機のような、フォースマルチプライヤー(戦力倍増器)の存在も不可欠となっている。第一線で敵を攻撃する戦闘機や攻撃機と、フォースマルチプライヤーやデータリンクシステムなどをまとめたパッケージとしての能力が重要視されており、今後もその傾向は続いていくものと思われる。

『海の兵器の進化と未来』
14世紀頃に登場し今なお続く軍艦の主兵装

海の兵器、すなわち軍艦が初めて戦争で使われたのは、紀元前8世紀頃とされている。
 この時使用されたガレー船は相手の船の櫂をへし折ったり、衝突して相手の船に穴を開ける艦首の衝角(ラム)を主兵装としていた。

その後13世紀頃まで、軍艦の主兵装は衝角のままだったが、14世紀頃に遠距離からの攻撃が可能な大砲を搭載する軍艦が現れると、軍艦の主兵装は衝角から砲にシフトしていった。
 その後機雷や魚雷といった兵器も登場したが、砲が軍艦の主兵装であることに変わりはなく、より大きな攻撃力を持つために砲の口径は拡大の一途をたどり、大口径砲を多数搭載した戦艦が、洋上軍事力の主役となった。
 しかし第一次世界大戦で潜水艦、第二次世界大戦で航空母艦(空母)という、従来の洋上における砲撃戦で雌雄を決するという概念から外れた軍艦が登場した。このことで、戦艦の主役の座は揺らぎ始め、第二次世界大戦では戦艦同士による砲撃戦は、ほとんど行われないままに終わった。

主兵装の座に躍り出たミサイルの威力

戦艦の命運にとどめを刺したのがミサイルだ。砲よりも長距離攻撃が可能で、命中精度の高いミサイルが軍艦の主兵装の座に躍り出て戦艦は姿を消し、軍艦に搭載される砲は近距離水上戦闘と対空戦闘兼用の速射砲が主流となった。また砲に比べれば発射装置が小さいミサイルの登場により、小型の水上戦闘艦も中~大型艦と代わらない対艦戦闘能力を持つに至っている。
 ミサイルの一発あたりの破壊力は大口径砲に比べれば小さいことから、ミサイル時代以降の軍艦はかつての軍艦に比べて、装甲が薄くなっている。もちろん、ただ装甲を薄くしただけでは意味が無く、自艦や僚艦に向かって飛翔してくるミサイルを、いかにして無力化するかが、ミサイル時代の軍艦にとって重要となった。

高速で飛翔してくるミサイルの迎撃は非常に難しく、それを可能にするための手段として考えられたのがイージスシステムだ。空母を持たないソ連はアメリカの空母部隊に対抗するため、対艦ミサイルや巡航ミサイルを搭載した大量の爆撃機によって空母部隊を攻撃する事を目論んでいた。イージスシステムはその爆撃機の接近をいち早く察知し、艦対空ミサイルによって爆撃機を撃墜することを目的としたシステムだ。高性能レーダーと艦対空ミサイルによる防空システムは、その後の大型水上戦闘艦のトレンドとなった。
 多数の航空機を搭載して有機的に運用する空母は、運用に大きなコストを必要とするため、保有できるのはごく限られた国だけだった。しかしそのプレゼンスが大きく、また戦闘以外の任務、たとえば大規模災害の救援などでも威力を発揮できる汎用性の高さから、中~小型空母を運用する国は増えつつある。

第二世界大戦までの潜水艦は連続潜航できる時間に限界がある、言わば可潜艦だったが、原子力推進機関やAIP機関によって、連続潜航時間が飛躍的に向上した、文字通りの潜水艦となっている。また、現代の潜水艦は魚雷だけでなく、対艦ミサイルや巡航ミサイル、弾道ミサイルの運用も可能となっており、単に敵の水上艦艇や商船を狩るだけの存在ではなくなっている。

『陸の兵器の進化と未来』
今も昔も変わらぬ歩兵の友

陸海空軍の三軍の中で陸軍は最も歴史が古く、古代インドや中国では現代の陸軍と同様、刀や弓、戦闘用の馬車など、近距離戦闘、遠距離戦闘、機動戦闘に最適化した兵器が既に生まれていた。
 その後中世ヨーロッパの陸軍では、主に小銃を用いて近距離戦闘を行う歩兵、大砲を用いて遠距離戦闘を行う砲兵、騎馬による機動戦闘を行う騎兵の、三兵主義が確立されて現代に至っている。
 現代の歩兵もその主武装が小銃であることに変わりはないが、第二次世界大戦までの大多数の国の小銃が、発射後に手動で排莢と次弾の装填を行うタイプであったのに対し、現在では排莢と次弾の装填が自動化され、それによって連射が可能な自動小銃が主流となっている。現代の小銃は一人が携行できる弾丸の数を増やすため、第二次世界大戦時の小銃に比べて口径が小さくなっている。

小銃は対人戦闘では威力を発揮するものの、堅固な陣地や装甲車輌などに対しては威力に欠ける。このため歩兵部隊には自身が持ち運べる大きさの重火器も携行する。第二次世界大戦時に登場したパンツァーファウストのようなグレネードランチャー、バズーカ砲のような無反動砲といった重火器は無誘導弾を発射する兵器だったが、現在ではジャベリンに代表される誘導可能なミサイルも使用されている。

内燃機関の登場で進む砲の大口径化

砲兵の運用する砲も時代と共に大口径化が進んだが、人力または動物を使って牽引していた時代には、口径の拡大にも限界があった。しかし内燃機関を用いた自動車による牽引や搭載が可能になったことで、砲の大口径化には拍車がかかり、口径200mm以上の砲を搭載した自走砲も登場した。
 さらに砲よりも射程の長いミサイルの登場により、現代の砲には射程よりも機動性と、歩兵に対するきめ細かい支援を可能とする命中精度が求められるようになった。現在もその傾向は継続しており、履帯(キャタピラ)式より機動性の高い装輪(タイヤ)車輌に砲を搭載した装輪自走砲が登場し、また砲弾もエクスカリバーのような、誘導装置付のものが登場している。
 かつて機動戦闘の主力となっていた騎兵は、第二次世界大戦までにその移動手段を馬から装甲戦闘車輌へと変更している。戦車は、当初歩兵の支援車両輌として敵の機関銃座を破壊するために開発された車輌だが、地形に左右されない機動性と、大きな火力による突破力を買わされて、機動戦闘の主力となった。
戦車にとって敵の機動戦闘の主力、すなわち敵戦車と戦うことも重要な任務であり、敵戦車に対抗するだけの火力と防御力、機動力を付与していった結果、現代の先進諸国陸軍の戦車重量は、概ね50t以上に達している。
 しかし冷戦が終結し、それに代わってテロリストやゲリラのような非正規戦闘が増加すると、紛争地帯へより迅速に展開して対処できる、装輪装甲車が重視されるようになった。戦車に関しても戦略機動性を向上するため、将来的には重量を低減する方向に、シフトしていくのではないかとの見方もある。

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