『9・11と「善意」のドクトリン 2005年8月30日』 著者 ノーム・チョムスキー
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

2005年
超大型ハリケーン「カトリーナ」が直撃し、水に漬かったニューオーリンズ市内(2005年9月3日、写真:共同通信社)

『9・11と「善意」のドクトリン 2005年8月30日』 著者 ノーム・チョムスキー

人間に関わる諸問題を理解するのは決して容易なことではない。いくつかの点で、自然科学よりも難しい。自然というものは、たやすく答えを与えはしないが、少なくともわざわざその理解を妨げるような障壁を設けることはないのだから。
 人間に関わる諸問題においては、ドクトリンのシステム(権力集中という図式からごく自然に導かれる、さまざまな仕掛けを取り入れた体制)が築いた障壁を見つけ、解体する事が必要だ。ときとして、こうしたシステムはあからさまに承認される。たとえば、ハーバード大学の政治学教授サミュエル・ハンチントンは、「ソ連の脅威」が果たす機能について、1981年(つまり、レーガン新政権が冷戦をエスカレートさせようとしていたまさにその当時)に説明していた。「[内政干渉やその他の軍事行動を]他国に売り込むのに、われわれの戦っている相手がソ連であるという、誤った印象をつくりだすような方法を用いなければならない場合がある」と彼は書いている。「これは、アメリカがトルーマン・ドクトリンの時代からずっと続けてきたやり方だ」。
 ドクトリンのシステムは、自らの売り込みをたやすくするため、目下の敵のことを本質的に悪魔であるかのように印象づけるのが普通である。実際そのとおりであることもあるが、こうしたシステムが、現行の計画を妨げている敵に対して強硬手段の必要を訴えるにあたって、その敵が実際に犯した犯罪が理由になることは、めったにない。
 最近ではサダム・フセインのケースがひとつの例だ。彼は本来無防備な標的であったが、われわれの生存にとっての恐ろしい驚異であるかのように説明された──9・11テロに関与しており、再びわれわれを攻撃しようとしている、と。
 1982年に、レーガン政権はフセイン政権下のイラクをテロ支援国家のリストからはずした。そうすれば、軍事、その他の援助が残忍な専制君主フセインに流れ始めるからだ。こうした援助はフセインが最悪の残虐行為を行った何年ものち、対イラン戦争終結後も続き、しかも大量破壊兵器の開発手段の提供をも含むものだった。このどうにも隠しようのない記録が示すものは、ジョージ・オーウェルの言う、「こういう事実に触れるのは『まずい』という暗黙の了解」に該当する。
 ここで必要なのは、「大魔王たち」という目下の敵の虚像だけでなく、自らについての虚像、つまりわが国は特別に高貴な存在であるというイメージをもでっちあげておくことである。とくに、侵略とテロは、自衛の手段であり、かつ、すばらしいビジョンへの貢献であるかのように印象づけなければならない。
 日本の裕仁天皇は、1945年8月、降伏を告げる玉音放送で、国民にこう述べていた。
「私が米英に宣戦布告したのは、日本国の自衛と、東亜の安定とを実現するという誠実な希望からなのであり、そこには決して、他国の主権を侵害し、領土を拡大しようなどという意図があったわけではない」。
 国際犯罪の歴史は、同様の志向性──そして一部にはその極地に──満ちあふれている。1935年、ナチスによるユダヤ人排斥という暗雲が立ちこめるなか、マルティン・ハイデガーは、その著書でこのように宣言している。ドイツはいまこそ、国境を越えて、「世界が暗黒化する危険」を防がなければならない。ナチス政権下で復活した、その「新たなる精神的力」で、ドイツはついに「自らの歴史的使命を担う」ことができるのだ──アメリカ、ロシアを中心とした「冷酷な集団」がもたらす「滅亡」から世界を救うという使命を。
 最も高いレベルの知性や道徳的高潔さを備えた人物でも、こうした病理に陥るものなのである。インドや中国におけるイギリスの犯罪行為が最悪の状態に達していたとき、ジョン・スチュアート・ミルは、その情勢をよく知っていながら、人道的介入に関する古典的な論考を書き、その中でこう訴えている。イギリスは、介入行動を積極的にとるべきである。たとえ、自国が「世界でもたぐいまれな存在」──世界に平和と正義をもたらすために、自ら犠牲を払うことをいとわず、ひとえに「他国に奉仕」している国家──であることを理解しない後進的なヨーロッパ諸国から「誹謗中傷を浴びる」ことになるであろうとも、だ。
 自国だけが正義であるという例外主義的なイメージは、ほぼ世界共通に見られるようだ。アメリカの場合、一貫して見られるテーマのひとつは、苦難にあえぐ世界に民主主義と独立をもたらすために貢献する、というものである。
 学界やメディアで描かれるその典型的な筋書きはこうだ。アメリカの外交政策は二つの相異なる方向性の間で揺れ動いている。ひとつは高邁な意図にもとづいた、いわゆるウィルソン的理想主義。もうひとつは、われわれの善意には限界があることに気づかなければならないとする、冷徹なリアリズム。そしてこの国がとるべき思想的選択肢はこの二つに限られる。
 こうした筋書きで実際に使われるレトリックがどのようなものであれ、(歴史家アルメ・メイヤーの見解にあるように)アメリカは1947年以来「国家テロ」やその他の「『ならず者的』行動」の主犯であり、「常に民主主義、自由、正義の名のもとに」計り知れない危害を加えてきたという真実の要素にあえて気づかれないようにするには、よほどの訓練なしでは不可能である。
 アメリカにとって、長年の敵は独立を求めるナショナリズムである。それが伝染病を拡大しうる「ウィルス」(ヘンリー・キッシンジャーは、サルバドール・アジェンデが1970年に大統領に選出された後にチリで起こった民主社会主義を指してこう表現した)と化す恐れがあるとき、アメリカの敵愾心はとくにあらわになった。当然ウィルスは、根絶されなければならず、実際に、チリにおいては、1973年9月11日に、根絶は実行された。この日は、ラテンアメリカで起きた「最初の9・11」と、しばしば呼ばれている。
 同日(アメリカの破壊活動が多年にわたり展開された後ではあるが)、アウグスト・ピノチェト将軍率いる軍隊が、チリの大統領宮殿を攻撃した。アジェンデは死亡した。おそらく自殺と見られる。彼はラテンアメリカで最も歴史が古く、最も活発な民主主義を破壊したその攻撃に屈したくはなかったのだろう。そしてピノチェトは、残虐な政権を確立した。公式には、「最初の9・11」の死亡者数は3200人である。しかし実際の数は一般にその二倍と推定されている。これを人口比率で換算すると、アメリカでなら5万人から10万人が殺された計算になる。また、恐ろしい拷問の犠牲者は、のちに3万人と推定された。これも同様に換算すると、アメリカ人70万人に等しい数字になる。
 米国政府はピノチェト政権をしっかりと支援し、クーデターの勝利においては、少なからぬ役割を果たしていた。ピノチェトは、その後すぐに、アメリカの息のかかったラテンアメリカ諸国の軍事独裁政権(これらは同地域に大惨事を引き起こした国際的な国家テロのネットワーク「コンドル作戦」に関与していた)を結集する方向に動いた。
 これは南半球やその他の地域で、あまりにも多く見られる「民主主義促進」の類例のひとつにすぎない。
 いま、われわれはアフガニスタンやイラクにおけるアメリカの使命は、「民主主義の促進」であると信じるよう命じられている。
「ムスリムは『われわれの自由を憎んでいる』のではなく、われわれの政策を憎んでいるのだ」と、国防総省の諮問委員会である、国防科学委員会(DSB)が昨年(2004年)9月に出した報告書の結論にはある。同委員会はさらにこう付言する。「アメリカの外交筋が、イスラム社会に民主主義をもたらすことを口にしたら、これは、ご都合主義の偽善としか見られない」。この報告書は続けてこうも述べている。ムスリムの見方では、「アメリカのアフガニスタン占領やイラク占領は現地に民主主義をもたらしているわけではない。さらなる混沌と苦しみをもたらしているだけである」。
『フィナンシャル・タイムズ』(2005年7月号)の記事で、デイビッド・ガードナーは、DSBの報告を引用しながらこのような見解を述べている。「アラブ人はおおむね、アラブの現状を打破したのは、ブッシュではなく、実はオサマ・ビン・ラディンであるという見方をとっている。それは9・11テロのおかげで、西側諸国と、その従属国である専制的なアラブ諸国が、自分たちに対して人々が盲目的な怒りをつのらせる原因となっていた政治的仕組みを、もはや無視し続ける事ができなくなったからだ」。ただ、この判断は楽観的にすぎるということになるかもしれない。
 アメリカが古今の大国と非常に似ていることは驚くにあたらない。いずれの大国も自国は高邁な理想の実現のために献身する例外的な存在である。という美辞麗句を掲げ、主要な部門における戦略的・経済的利益を追求してきた。
 イラクで広がる大惨事が背景にあるいま、善意というものを無批判に信頼することは、切実に必要とされているアプローチや政策の是正を遅らせるだけである。

ノーム・チョムスキー 著 大塚 まい 訳『お節介なアメリカ』ちくま新書2007年9月10日発行より
INTERVENTIONS by Noam Chomsky 2007

著者 ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)
1928年米国ペンシルヴァニア州生まれ。マサチューセッツ工科大学名誉教授。言語学者。生成文法理論を提唱し、現代言語学の分野に革命をもたらした。その影響力は、哲学・心理学・コンピューター科学などへと広範囲に及ぶ。また、反戦運動や政治・メディア批判によっても広く知られる。著書に『メディア・コントロール』『覇権か、生存か』(以上、集英社新書)、『9・11 アメリカに報復する資格はない!』(文春文庫)、『知識人の責任』(青弓社)、『生成文法の企て』(岩波書店)など多数。

訳者 大塚 まい(おおつか・まい)
翻訳者。慶應義塾大学文学部卒業。テンプル大学教育大学院修了。

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