KLab株式会社 濱田直希博士、数学・データ科学・ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)の最先端技術で日本のゲームを世界規模にスケールさせる挑戦

DeSci Japan
Sep 13, 2023

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KLab株式会社 濱田直希博士

数学・データ科学・ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)の最先端技術を駆使し、日本のゲームを世界規模にスケールさせる挑戦を続けるKLab株式会社の濱田直希博士に、研究内容やサイエンス、そしてその情熱の源泉について語っていただきました。また、アカデミアと企業での研究活動の2軸をお持ちの濱田博士に分散型科学(Decentralized Science)に関するご意見もお伺いしました.

Q: ご自身が特に関心を持ち続けて、取り組んでいる研究内容やサイエンスについて教えてください。

「私はもともと大学でAI(人工知能、特に最適化や機械学習)の数理を研究していました。最近のAIの発展を見て、AIでゲームの創り方や遊び方が大きく変わるのではないか、特に日本の得意とする手作業による緻密なキャラクター表現を世界規模にスケールさせる技術になるのではないかと感じました。それを自分の手で実現してみたいと思い、2020年にKLabに転職して、機械学習グループの立ち上げメンバーの1人となりました。KLabでは、トポロジーという数学を使ってAIを研究し、ゲームづくりに活用しています。トポロジーといえば、2003年に「ポアンカレ予想」という難問が100年かけて解かれたことでちょっと世間を賑わせました。一方で、それが私たちの生活にどう関わってくるのかはイメージしづらいと思います。でも、ゲームづくりにも役立つと聞いたら身近に感じませんか?最先端の数学の力でゲームの魅力をもっと世界に伝えたい。そして、ゲームを通して数学の魅力を広く知ってほしい。私はそんな想いから、ポアンカレ予想をはじめとするトポロジーの理論を応用して新しいAI技術を作り、それを活用して日本のゲームが世界中で楽しんでもらえるように後押しする仕事に取り組んでいます。」

Q: 研究の進行にあたり、何か困難や挑戦はありましたか?

「大学にいた頃に、研究費の配分制度によって研究テーマが歪んでいくのを目にしてきました。競争的資金の配分では、客観的で公正な審査が行われます。それは一見良いことに思えますが、研究にも投資効果の試算とその根拠が求められるようになります。すると研究の重要性を応用先の市場規模などで説明することになり、予算配分が医療や製造業などの成熟した分野に偏り、テーマも欧米での成功例を後追いする形になっていきます。本来、研究とは将来への投資であり、今後の日本を牽引しうる新興産業こそをサイエンスの力で支援し、他国に先んじて世界で戦える規模へと育てなければならないはずです。」

Q: そのような状況をどのように乗り越えてきましたか?

「一方で、新興産業の側もサイエンスの支援を受ける準備が十分ではないと感じます。新しいビジネスに参入する人々は、開拓者精神や独立心が旺盛です。これも一見良いことですが、他人の力を借りないと太刀打ちできない問題にまで自力で立ち向かってしまうことがあります。そうして孤軍奮闘しているうちに、他国から政府や大資本の支援を受けて急成長した企業が現れて市場を席巻してしまう。このような噛み合わない現状にもどかしさを感じて、自分自身が橋渡しをするしかないと思ってゲーム業界に来ました。」

Q: ゲーム業界における現状とはどのようなものでしょうか?

「日本のゲーム産業は、クリエイター1人ひとりの「好き」を追及して発展してきました。日本の基幹産業が欧米に追いつけ追い越せとやってきたのと対照的に、私たち自身の内発的な動機から出発して世界に影響を与えるまでに発展した数少ない産業です。そんなボトムアップなクリエイティブを支える下地として、コミックマーケットに代表されるような、豊かなファンコミュニティの存在があります。コミュニティで育ったファンがいつしか作り手になるというプロセスは、他国では類を見ない作品の多様性を生み出しています。しかし、ビジネスとしては最近は中国などに押されつつあります。中国のゲーム会社は、世界中のゲームの良いところを何でも取り入れて、人と資本を惜しみなく投入し、圧倒的なスピードで開発します。勤勉でトップダウンで合理的です。日本のゲーム会社はこれまでのやり方では太刀打ちできず、岐路に立たされていると思います。」

Q: そのような状況をどのように乗り越えるつもりですか?

「私は「伽藍とバザール」に感銘を受けたエンジニアとして、コミュニティの力を信じています。単純にトップダウンに切り替えるのでは、これまで日本が育ててきた強みを損なう恐れがあります。クリエイター1人ひとりが個性を存分に発揮できる状態を維持したまま、むしろ今まで以上に後押ししつつ、世界水準のスピードとスケールを実現しなければいけません。そのためにカギとなるのが生成AIだと思っています。」

Q: そのために具体的にどのような取り組みをしていますか?

「私の所属するKLabの機械学習グループでは、AIばかりでなく、数学→最適化→機械学習→HPC→ゲームというように、科学から産業までの「技術のサプライチェーン」にend-to-endで取り組むことをミッションにしています。私の役目は、科学から産業までのギアを嚙み合わせ、100%力が伝わるようにすることだと思っています。国内外の研究者やゲーム開発者が分野の壁を超えて協力し合い、お互いがメリットを享受できる協業体制を作りあげているところです。私自身は、その中で足りないピースを補う、いわば「何でも屋」です。朝は社内の開発チームと一緒に機械学習を使ったゲームAIをコーディングする。昼は大学の先生とアルゴリズムを開発したり、定理を証明したりしながら、それがゲームにどう応用できるかを考える。夕方には機械学習の最新動向をサーベイして社内に紹介する。休日にはカンファレンスで登壇したり、学会運営の仕事をしたり。目が回るようなマルチタスクですが、全体を俯瞰してどんな技術をどこに応用するか決められる自由度の高さや、アカデミアの最先端の研究がどんどんビジネスの現場に投入されていく様を見る楽しさは、この仕事でしか味わえないものだと思います。」

Q: KLabが開発したリズムアクションゲーム「ラブライブ!スクールアイドルフェスティバル ALL STARS」において、譜面(楽曲に合わせてタップして遊ぶノーツデータ)を社内で制作する際にクリエイターを支援するシステムを開発したとのことですが、具体的にどのような取り組みなのでしょうか?

「このプロジェクトでは、生成AIを用いて楽曲に合わせた譜面を生成し、クリエイターが譜面を作るためのたたき台を提供するシステムを開発しました。九州大学と共同研究し、大学のスパコンITOを利用して新しい生成AIを開発しました。開発された生成AIは実際のゲームに導入され、譜面制作のリードタイムを半減しました。大学のスパコンは産業界も利用できるのですが、ゲーム業界が利用したのはおそらく初めてです。」

Q: この取り組みを通じて、研究成果を運用中のゲームにタイムリーに届けるためには、どのような研究スタイルが必要だと感じましたか?

「運用中のゲームにタイムリーに研究成果を届けるためには、研究もアジャイルに進める必要がありました。2週間ごとのスプリントでクリエイターからフィードバックをもらって次の研究テーマを決め、研究アイデアはGitHub Flowで実装して実験し、改善すればマージ&デプロイする、ということを繰り返しました。実験はスパコンで行いつつ、途中経過はリアルタイムにクラウド上の実験管理ツール(MLflow)に転送して、研究者全員で情報共有しました。このスタイルを私たちは「ResDevOps」と名付けて、KLabでの研究・開発・運用の基本的な進め方として位置づけています。」

Q: DeSciに関する話題に移ります。Web3とサイエンス、そしてDeSci(分散型科学)についてどのようなイメージをお持ちか、どのように捉えられているのか、お考えを教えてくださいますでしょうか。

「研究テーマの多様性を確保し、社会の幅広い領域に研究成果を還元するために必要な試みだと捉えています。政府予算は年々、選択と集中が進んでいます。その結果として、研究者が予算をとりやすいテーマばかり提案するようになり、確実性を優先するあまり成果も小粒になっています。この状況は、出資者が多様化すれば改善すると思います。Eコマースの登場によってロングテールな需要が開拓され、多様な商品が市場に出回るようになりました。それと同じように、DeSciによって研究費の出資者がロングテール化すれば、多様な研究が生まれるのではないでしょうか。」

Q: DeSciを普及していくために立ちはだかるであろう課題、DeSciへの期待についても教えていただけますでしょうか。

「単に多様な出資者を集めるだけならばクラウドファンディングなどもありますが、出資者に利益を直接還元しなければならない点に課題があると感じています。研究成果の潜在的な享受者は幅広いため、出資者個人への利益還元にフォーカスしてしまうと社会全体としては望ましくないと思います。研究は少人数で行うものなので、出資者への利益還元に手間がかかると研究が進まなくなります。Web3の技術を使えば、出資者が投機的な方法で資金回収する枠組みが作れるのではないでしょうか?研究者の株式市場のようなものが作れれば、出資者と研究者が間接的に利害を共有することができ、より全体最適に近い資金配分を実現できるかもしれません。

DeSci普及の課題は、研究の質の担保と、従来型の研究からどうやって移行していくかだと思います。DeSciが始まる以前から論文のオープンアクセス化の流れはありましたが、今も主流の研究者からは伝統的な論文誌が好まれています。サイエンスは人類全体が信頼できる知識を着実に積み重ねていく仕事でもあるだけに、研究資金や成果公表のプラットフォームを変更するのは簡単ではありません。私自身も、社内向けにはResDevOpsという新しい取り組みをしていますが、対外的には伝統的な国際会議で成果を発表しています。もちろん、一部のトップ論文誌やトップ会議への採択をめぐる過当競争や、論文購読料の値上がりなども問題化しているので、このままでいいとは思いません。ただ、論文誌は単なる論文ストレージサービスではなく、優れた査読者や編集者の目利きによって新たな研究のトレンドを生み出す効果もあります。学会は研究者同士のネットワーキングの場でもあります。出版社や学会が担っているそういったウェットな部分をWeb3のプラットフォーム上でどう実現するかが課題だと思います。」

Q: 今後の計画や野望について、公開できる範囲で教えていただけますでしょうか?

「ヒトの心理や共感をうまく扱える数学を作りたいと思っています。そうすれば、日本的なゲームづくりを世界規模にスケールさせることができるかもしれません。現代のビデオゲームの技術は「DOOM」と「Diablo」から始まったと言われています。FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)やオープンワールドRPGで必要とされる仮想世界をリアルに表現するために、3Dグラフィクスや物理エンジンといった技術が発展しました。また、その仮想世界で活動するキャラクターには、「最短経路で目的地へ行く」や「効率よく敵を倒す」といった競技的な振る舞いが求められていました。これらは数学的には単目的の最適化問題に帰着されます。」

「しかし、日本でヒットするビデオゲームは「物理世界の再現」や「競技性」とは異なる側面が好まれているように感じます。ゲームをプレイしたファンが気に入ったシーンやキャラクターを切り出して自分の世界を思い思いに描いていきます。一人のキャラクターも、たくさんのクリエイターの手で様々な側面が掘り下げられ、深みが増していきます。それに触発されて、いつの間にか公式設定になっていたり…といったこともあります。そのベースにあるものは「共感」だと私は思っています。琴線に触れるシナリオ、思わずときめいてしまうキャラクターのしぐさ、こういったゲームの共感的な側面はどんな数学で表せるのでしょうか?それがわからないために、今でもほぼすべてが手作りです。それこそが日本が得意とする共感的なゲームがスケールできない原因だと考えています。」

「私は、それをモデリングする数学が、多目的最適化とトポロジーなのではないかと思っています。それらの理論に基づいて、雑談や散歩といった競技的でない振る舞いをするエージェントの実現に取り組んでいます。物理世界の再現と競技型ゲームの追及が20世紀のゲームエンジンを生み出したように、私は心理世界の再現と共感型ゲームから21世紀のゲームエンジンを作り出したいと思っています。」

以上、濱田さんの挑戦についてのインタビューでした。インタビューからも、質の高いアウトプットを生み出し続けるべく、未知の取り組みに挑戦しているマルチプレイヤーのように思いました。最先端のアカデミアの研究成果も取り入れながらビジネスに取り組んでいる姿勢自身が、未来の分散型科学としての研究者を体現されているように感じました。濱田さんの研究は、数学とAI、そしてゲームという異なる領域を結びつけることで、新たな可能性を生み出しています。そして、その可能性は、ゲーム業界だけでなく、科学全体にも影響を及ぼす可能性があります。挑戦はまだ始まったばかりですが、その先には、新たなゲームエンジンの創出、そしてゲームを通じた数学の魅力の普及という大きな目標が待っています。今後の活動に注目していきたいと思います。

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