宇賀地強 インタビュー @2015東日本実業団


2014年12月の福岡国際マラソン(2時間10分50秒 9位)、2015年3月のびわこ毎日マラソン(2時間17分50秒26位)とフルマラソンで思ったような成績を残せなかった宇賀地強選手(コニカミノルタ)。トラックシーズン初レースに選んだのは東日本実業団10000m。28分38秒19で4位に入ったが、同じコニカミノルタの山本浩之選手が3位と先着されてしまう。レース終了後の囲み取材での興味はそこに集まることとなった。


ーどういうプランで臨んだのか。

いけるところまでついて行こうと。間違いなくきつくなることはわかってましたし、山本さんが強いのはわかっていたんで、磯松さん(コニカミノルタ監督)からも「多分、追いつかれてから、お前が作っていく形になる。そこから、どれだけ走れるか試してこい。」と。追いつかれてかれも、後に引かずに、自分から前に出ることができました。トラックレース一戦目としては80点ぐらいの出来だと思います。

ー山本選手とはどういう話をしていたのか?

練習の時から、こういう展開になるのは二人で織り込み済みでした。とはいえ、約束事でああした(並走した)わけではなくて、たまたま予想していた展開にはまったということです。残り2000mは、ぼくも山本さんも表彰台が頭にあったので、若干、牽制したところが反省点かなと思います。

ーいつごろからトラックに向けて準備をはじめたのか?

本格的に始めたのは4月の終わりです。最初の2週間ぐらいは自分の思ったとおりに身体が動かなくて不安も大きかったんですが、先週の土曜日あたりからようやくはまってきて。レースをしたい気持ちもありつつも、不安もありつつ。普段は9〜10割レースに対しては楽しみのほうが大きいのですが、今回は不安と楽しみが半々くらいでトラックレースにのぞみました。とにかく、山本さんが今季調子がよかったので、それに対してもプレッシャーがありました。

ーマラソンの疲れがあった?

身体的には正直あまり動かせていませんでした。精神的に「なんでだろう」と3月いっぱい引きずっていました。なかなか身が入らないというか。

ー切り替わったのは?

切り替えたというより、徐々にですね。身体を動かしながら、気持ちも、なんとか追いついてきたという感じです。

ー「なんでだろう?」の結論は出ました?

未だに考えています。ずっと。考えるのをやめると同じ失敗を繰り返してしまうので。トラックもロードもそうですけど、試合で結果を残すということが大切なこと。昨年はホクレンなど精神的に楽なレースを選んでいましたが、今年は東日本実業団からスタートして、本数もこなしていこうと思っています。

ー日本選手権は?

標準は切っていますが、ぼくは出ません。去年は福岡に絞っていましたが、今年はホクレンや駅伝も視野にいれつつ、トレーニングをしていこうと思ってます。駅伝に関しては出れるかどうかは自分の力次第ですけど、うちのチームで勝ち取ればそれが自信になるので。しっかりやっていこうと思います。

ーリオの選考会は?

確定ではありませんが、東京マラソンにしようと考えてます。

ー今日は7000〜8000mがきつかった?

5000mの通過が思ったよりも速かったんで、3000mくらいまでは、あれくらいのペースで行くだろうなと思っていたんですけど、これまでの自分がやってきたこと(準備してきた)よりも速かったので、5000mくらいでいっぱいいっぱいだったんです。山本さんがいてくれたおかげで。

ー復帰戦としては

結果としては悪くはなかったんで、自ずと良くなっていくんではないかと思います。6月はしっかり練習をして、ホクレン(ホクレンディスタンス http://www.jaaf.or.jp/distance/)にでます。

ーさきほど、山本さんと「目標は達成した」とおっしゃってましたが?

タイム的には28分40秒くらいが無難なところかな、と思っていたんです。5000mまでが速かったんで、できればもう少し速くてもよかったかもしれません。でも、ぼくの中での最低限の目標は、内容もタイムもクリアできたので。ただ、最後の残り3000mで順位を意識してしまったことが(笑)でも、それが選手権なんで。山本さんとも「低いレベルで争ってしまったなあ」と話していました。

ーありがとうございました。

ほっとしました(笑)