企画書のあれやこれや、これやあれや。

仕事柄さまざまな企画書を見たり書いたりすることが多いのですが、企画書にはそのプロセスにおいて、最終的に定着したものよりも面白いと感じるものが多々あります。まあ屍に変わりはないのですが(笑)。

良い企画がその後の制作段階で失速していくのもたくさん見たし、あまり良くない企画がその後の制作で、演出家や写真家や音楽家の力で加速していくのもたくさん見ました。

もちろん企画から表現、表現から定着まで両輪でマックス走りきれたらそれは幸せなのですが。ひとつ言えるのは、企画が良いに越したことはないということです。

綺麗な明朝体で静謐にアプローチされたコピーライターが考える企画、コンテをメインにしたプランナーが考える企画、色彩や図形や絵を駆使してデザイン化されたアートディレクターが考える企画、それぞれに畑が違うから表し方も様々で、その多様性の中から何が産まれてくるのですね。

企画は読みとる側の力量も影響するから、そういったことも計算します。ロジカルでないと納得しない人もいれば、論理よりも影響に軸足を置く人もいる。市場こそが全てだと言う人もいる。結局は人+企画+時の一期一会なのである。

各々の、何を、今、どうしたいのかを企画が取り持つ出逢いなんだなと思う。自分の企画が箸にも棒にもかからないという人がいたら、それは縁なのかも知れない。縁を遠ざける企画は、きっと縁を絶つような見え方をしているのかも、と思ったりします。

縁=演=艶=炎=円… 際限ないけど、企画は様々な「えん」で成り立っている、「えん」が求心力を生む、そんなふうに思います。

そして企画とは、魔笛であり永遠の迷宮でもあるのですね。

企画書という永遠の迷宮。ビバ!ラビリンス

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