ギャレスさんから学んだ、いくつかのこと

GDSの取り組みを伝えるギャレスさん

先週、イギリスのGovernment Digital Service(GDS)に所属するGareth Llewellyn氏(以下、ギャレスさん)を神戸市役所にお招きし、イギリス政府のデジタル化戦略や、ギャレスさんの取り組みについてお聞きしました。日本語ソースとしての価値もあるでしょうから、Mediumで公開してみようと思います。

そもそもなんで神戸市とGDSに繋がりあるの?ということですが、本論とはあまり関係ないので割愛します。興味がある人は個人的にメッセージをいただけたらと思います。

[2018/10/10 一部内容を修正いたしました]


まずGDSについてばくっと説明すると、イギリス内閣府に属する「デジタル化を推進する、世界で最も注目を集める革新的な行政組織」といったところでしょうか。800人ほどの職員から成り、「市民のニーズに合った政府を実現するために、各部門をサポートする」ことをミッションとして掲げています。具体的な取り組みとして、以下の6つが挙げられます。

  1. GOV.UKという政府総合ポータルサイトの開発・運営
  2. 各省庁とコラボして、政府が提供するサービスをシンプルに、使いやすくしている
  3. 個人認証や政府への支払いなど、行政が横断的に使えるプラットフォームの開発・運用
  4. データ活用のための普及活動
  5. 各省庁がテクノロジー(システム)導入する際のサポート
  6. テクノロジーを使いこなすための人材育成

GDSの取り組みは日本語でも広く紹介されています。

GDSの凄みがさくっとわかる記事

GDSが強く関わっているイギリス政府のデジタル化推進戦略の翻訳記事

これまでGDSがイギリス政府のデジタル化を推進してきたわけですが、現在ではもともとGDSが担ってきた役割が異なる組織に引き継がれたり、GDSのメンバーがエヴァンジェリスト的に他の省庁に異動することもあるそうです。

イギリス政府の人事システム

ギャレスさんが現在所属しているのはGDSの6つの主要部門の1つであるDigital, Data and Technology Profession (DDaT)という部門で、イギリス政府が掲げるデジタル化推進の中の、「デジタル人材」に関わることを担当しています。

世界で最もデジタルテクノロジーに精通した公務員集団を生み出す

DDaTは上記のミッションに基づき、採用戦略、人材育成、給与体系に変革を起こしています。

民間企業では「デジタル人材」を採用するという点に関してさらっと受け止めることができると思います。しかし(少なくともの日本の)行政の事務職員は約3年で異動することが多く、デジタル分野の専門職を設置している行政機関は一般的ではありません。具体例で言うと、今日まで情報部門でガバナンスの担当をしていた人が、明日から農村部での鳥獣被害対策を練らなければならないようなケースが普通に起こり得ます。結果として外部業者やコンサルに丸投げするだけの”ジェネラリスト”を量産することが起こってしまいます。

一方イギリス政府では現在28の専門分野が定義されており、上級職に就くためには少なくとも何か一つの専門分野を持たなければなりません。28の専門分野はITだけではなく、監査やファイナンス、購買など、民間企業においても十分ニーズのある分野から構成されています。そのため官民を問わない一貫した個人のキャリアパスを形成することが可能で、職員のモチベーションも高まるとギャレスさんは仰っていました。

イギリス政府でも6年ほど前までは日本の行政と同じように”ジェネラリスト”が多い状況だったそうですが、職員のモチベーション低下と、ラクな仕事しかしない職員が増えたことで、現在のプロフェッショナル制に移行したそうです。ここ数年でやっと勢いがついてきたようで、行政を変えることはどこの国であろうと時間がかかるものなんだと思い知らされます。

実際、ギャレスさんがプロダクトマネージャーとして担当しているサービスのチームは、プロダクトマネージャー、デリバリーマネージャー、ビジネスアナリスト、ユーザーリサーチャーで構成されているそうです。それに加えてチームの秘書的な人が諸々の雑務や手続きを担当しているようです。まさにプロフェッショナル集団ですね。。

デジタル化を進めるための人事戦略

“four people watching on white MacBook on top of glass-top table” by Mimi Thian on Unsplash

ギャレスさんが所属するDDaTにはデジタル人材の獲得、育成のために、4つのチームが存在します。

Capability Framework: デジタル化を推進するための仕事における役割やスキルなどを役職レベルごとに定義したもの。データサイエンティストや、アプリケーションエンジニア、プロダクトマネージャーやサービスデザイナーなど、行政では聞きなれない言葉が並んでいます。

Workforce Planning: Capability Frameworkで定義された人材の採用計画。現在の人材配置や採用目標に対する進捗などが政府横断的にグラフィカルにマッピングしています。

GDS academy: デジタル化のための鍵となるスキルを教育するためのプログラム。11のコースから成り、今のところ「マインドセットしてのアジャイル」に重きが置かれているように見えます。これらはオンライン教材に加えて、常設の教室や出前講座を通じて、中央省庁だけでなく地方政府にも提供されています。また、MITやオックスフォード大学と組んでAIや分散台帳、量子コンピューティングなどの新しい技術に関するコースも一部提供しているそうです。

Payment: デジタル化を推進できるITスペシャリストを採用するための給与交渉などを行なっているそうです。一流のITスペシャリストを高給で採用することで得られる、行政サービスのコスト削減効果予想などを示すことで、頭の固い人事部門を説き伏せる役割もあるとか。


ギャレスさんが担当しているのはCapability Frameworkです。Capability Frameworkがあるため、行政側にとってはデジタル人材の採用戦略に一貫性を持たせることができ、職種と役職を見ただけでどんな仕事をしているかある程度想像ができます。一方Capability Frameworkは一般にも公開されているため、個人のキャリアパスを描く上で行政が選択肢に入りやすくなり、求人でのミスマッチを減らすこともできます。Job Descriptionが明確であるアメリカやヨーロッパならではの発想かもしれませんが、これ自体は日本でも取り入れることは可能だと思います。

“turned on service LED signage” by Mike Wilson on Unsplash

ちなみに私が自称しているサービスデザイナーは、エントリーレベルからトップレベルまで6段階に設定されていました。サービスデザイナーに求められるスキルセットは以下の通りで、役職レベルによって必要なスキルレベルは4段階に分かれており、それらがマトリックスで表現されています。

部門・分野横断的な情報伝達能力
デジタルテクノロジーが与えるインパクトへの知見
エビデンスベースのデザイン能力(問題解決能力)
意思決定のための支援と、技術的難易度やリスクの理解
リーダーシップとコラボレーション意識の醸成
プロトタイピング能力(物理的なプロトタイプと、コーディング)
俯瞰的な視点での戦略的思考
ソリューション提供の制約条件の理解
ユーザーの理解と、ユーザーのインサイトを代弁できる表現力

ここまで明確に求められる仕事が定義されており、さらにGDS Academyなどの研修プログラムや、ワークライフバランスを実現しやすい職場環境、世界にインパクトを与えられる仕事というGDSのブランドがあるため、GoogleやFacebookのような超一流テクノロジー企業と人材獲得競争ができるそうです。


また、ギャレスさんはGDS academyを補完するものとして、Learning Communityにも言及されました。イギリス政府では有償でSlackを導入しており、専門分野ごとに学びのオンラインコミュニティがあるそうです。イギリス政府として9人のコミュニティリーダーをフルタイムで雇っているというのは、日本ではちょっと考えられませんね。

コミュニティでは情報交換に加えて、上級者に色々とアドバイスをもらえる「生きた教材」の役割があります。政府としては、コミュニティから上がってきたフィードバックをもとに教育コンテンツをブラッシュアップしたり、新しいサービスの内部テストもできるため、マーケティングの意味もあるようです。

GDSデザインチームはイギリス政府内に留まらず、International GovDesignというコミュニティを運営しており、世界中の行政関係者とチャットで情報交換したり、月に一度のオンラインカンファレンスまで行われています。ちなみに、年に一度のオフラインのカンファレンスもこの7月に開催されました(即チケット完売で、筆者参加できず)。ギャレスさんとしては、行政テクノロジー分野でも世界規模でコミュニティ運営してみたいという願望があるそうです。

Capability Frameworkの作り方

Capability Frameworkの作り方をゆる〜く教えるギャレスさん

少し気になったのは、GDSで多くのデザイナーを抱えているにも関わらず、Capability Frameworkが単なるリストに留まっている点。不思議に思ってギャレスさんに聞いてみたところ、これはまだまだα版なのだそう。6ヶ月以内にとりあえず機能するものを作れという制約があり、関係省庁や外部有識者の人とワークショップをしながらリストに書き出し、DDaTとして必要な仕事や役割を定義していったそうです。

今まさにβ版に向けて改善している段階らしく、ユーザーインタビュー、ペルソナとジャーニーマップを用いて、サービス設計しているプロセスを一つ一つ説明してもらいました。

その中で彼が強調していたのは、Fail Firstならぬ、Learn FirstFail Firstはリーンスタートアップ などでよく使われる用語ですが、要は大きな失敗をする前に、小さな失敗を積み重ね、そこからサービス改善の学びに繋げるという意味合いです。GDSと言っても政府は政府ですから、頭の固い職員(ボス)には「失敗」とは言わず「学び」を強調するのがコツだと仰っていました。

内部サービスにおいても、徹底的にUser-centerd Designを追求することで、結果的に問い合わせ対応が減り、コスト削減に繋がることが組織文化として根付いているわけです。

GovTech Catalyst

GDSとは直接関係ないのですが、ギャレスさんから聞いた面白いプログラムの紹介です。2018年から2021年の間に約30億円の予算がついた調達プログラムの一つです。中央政府や地方政府が抱える課題(交通渋滞や、孤独に生きる市民、リサイクルの意識醸成など)を募集し、GovTech Catalystメンバーがいくつかを採択します。そして採択された課題に対して、テクノロジーを用いた課題解決の方法を公募します。各々の課題に対して、優れた提案を行なった5社が選ばれ、750万円程度の資金が支給され、12週間でプロトタイプを作成します。5社の中からプロトタイプの評価が優れていた2社に対して、さらに7500万円程度の資金が提供され、製品開発に移行することができます。開発された製品は、全ての行政機関が購入可能で、国としてIT調達コストを削減し、より市民のニーズに沿ったサービスを提供する可能性が高まります。

サンフランシスコ市のStartup in Residenceや、神戸市のUrban Innovation Kobeの政府拡大版のように思えます。

参加者の声や、次へのステップ

以上がGDSギャレスさんから学んだことのほぼ全てです。以下にイベント参加者や、打ち合わせでの質疑応答をいくつかピックアップします。

内閣官房や総務省がGDSのものを参考にして、IT人材に関するキャリアパスを作り、ガイドラインとして公開するのが良いのではないかと思いました。まずはCode for JapanでGDSのを翻訳して公開しようかな。(Code for Japan 代表 関さん)

今回の話を聞いて、やはり官民を問わない人材流動性と、圧倒的な透明性を実現することがこれからの行政には必須だと感じます。任期付職員の仕組みをさらに拡大し、庁内ではどんな仕事(課題)があるのかを定義し、公開していくことから始めるのもよい気がしました。

こと地方部にはデジタルニーズを創造できる公務員の育成が急務だよなと。よくさ、地域課題をITで解決とか言うけど、そもそも困ってないんだよね。ニーズが無いから。だけどそれじゃいつかの時点で困るから、ニーズを創造したい。(北の巨人さん)

GDS(DDaT)が「世界で最もデジタルテクノロジーに精通した公務員集団を生み出す」のスローガンのもと、デジタル人材に投資するのは、単純に行政運営のコストを下げるためだそうです。ITはあくまで既存の仕事のやり方を、効率よく置き換えるものと言う発想が強い気がしました。これまでの行政のITシステムは仕事を増やすものと言うイメージが強いので、そこから変えていく必要がありそうですね。ユーザーリサーチを行うことで、ニーズを発見・想像することも体系的に行えそうな気はしますね。

アジャイルが効果的なのはよくわかるけど、アウトプットが見えない中で予算要求をするのはなかなかハードルが高いです。(神戸市職員)

ギャレス氏は「とりあえず多めに要求しとけばいいんだよ!」と笑っていましたが、こういった「遊び」の発想がない組織では切実な問題です。昨今ではプロトタイピングにかかる費用が劇的に下がっていることを考えると、まずはプロトタイピング予算として数万円〜数十万円を確保するのが現実的だと思います。

上司がデジタル人材の必要性を理解しておらず、ましてやクリエイティブ系の事業を行うとなった場合、どんな人に何をしてもらうのか想像ができないようです。(神戸市職員)

これはまさにDDaTが行なっているWorkforce PlanningとCapability Frameworkの出番ですね。とは言え、イギリス政府でも最初からすんなり周りが理解した訳ではなかったらしく、データを持ってロジカルに説明を繰り返すしかなかったそうです。ロジカルでない上司が少なくない日本では、より一層汗をかく必要がありますね。。


今後の神戸市の取り組みとしては、現在実施しているデータアカデミーやGISアカデミーに加えて、GDSアカデミーの一部コースを神戸市で実施すべく動いています。特に「アジャイル」「User-centered Design」は今後のデジタル化推進において非常に重要となるマインドセットですので、GDSと提携しつつ進めていこうと思います。