ゲーム機自体は悪くはない


とある理由から小学三年の息子のゲーム機を取り上げ、使用禁止とした。旅行用のバッグに入れて鍵をかけたので番号を知っている私しか開けられない。

こんなことがあった。あるときの平日、代休で仕事が休みの日に家に居ると、夕方、息子の友達が数人遊びに来た。部屋に集まって遊んでいる姿を見て驚いた。誰もが各自のゲーム機の操作に没頭し、会話もなくただ時間が経過していくだけ。ある子がピンポンを鳴らして息子が出迎えるも、ゲームをしながらつぶやくように「おじゃましま〜す」と言って入ってくる。私と目も合わさない。そんな挨拶でおじゃまされてはたまらず、不運にもそんな子は私が居るときは玄関からのやり直しとなる。

ゲームを禁止した後、息子の行動に変化があった。一週間ほどは学校から帰ってきて祖母の部屋でゴロゴロしていた。テレビをみていたことが多かったようだ。飽きてきたのか次の週からは公園に行って、公園にいる子たちと遊び始めた。女の子や学年の違う子などと。かつてのゲーム友達とはゲームつながりの交友関係にすぎず、ゲームがないと遊ぶ約束すら成立しないようだ。

行きずりの友達との公園遊びに飽きた次の週からは、自ら交友範囲を広めるべく、自転車での徘徊を始めた。しかし、期待する偶然の機会はなかなか訪れない。

一ヶ月以上が過ぎたとき、ゲームつながりではない子どもの家に遊びに行った息子が、その子からメダカをもらってきた。家にあった古い水槽に入れて飼おうとしていた。ついでなので私は娘の金魚もそこに入れてやった。次の日、息子は家の前の用水路でドジョウ2匹と小さな(1.5センチほどの)ザリガニ3匹を捕まえてきて水槽に入れて混泳させ、さながらアクアリウムを楽しんでいた。

限りなくリスクのある組み合わせ(魚とザリガニ)かとは思ったが、こんな遊びを自分もしたものだと昔を振り返った。

「お父さん、ドジョウって何食べるの?」 そんな何気ない親子の会話も取り戻した。

仕事の帰りに、ホームセンターによって水草を買ってきた。生活の中に親子で水槽を眺める時間ができた。実は私も童心に帰って楽しんでいる。

息子はなにかを書き始めた。のぞくと近くの公園でのドッヂボール大会を企画したチラシだった。切り取り線で囲った申込み様式も書き込まれている。コピーを頼まれ、10枚刷った。友達に呼びかけるという。ゲーム機から公園への誘(いざな)いか。何人来るかは問題ではない。私はポコペンでも教えてやろうかと思う。そしてゲーム機を閉じこめてあるバックの鍵をたまにははずしてやろうかとも思う。

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