電話のこと

公衆電話、固定電話(黒電話)、携帯電話


携帯電話のない時代、公衆電話は貴重なツールだった。10円硬貨だけしか使えない赤電話はやがて100円も使えるピンク電話に変わり、またたく間にテレホンカードの機能を持った緑の電話になっていった。

テレホンカードはしだいに記念品や贈答用の価値を帯びたデザイン性豊かな商品として扱われるようになる。使われていないテレホンカードがこの世にどれだけあることだろう。携帯電話の普及とともに公衆電話がどんどん減ってしまった。

公衆電話から携帯電話にかける場合の料金も割高だ。かつて、公衆電話から電話をするときには、手持ちの硬貨やテレホンカードの残数を気にして話をしていた。おそらく無駄話は少なかったと思う。電話をかける本当の意味がそこにあったかもしれない。


黒電話を使っていたときは、指で番号をひとつひとつ回してゆく奥ゆかしくも面倒な作業によって、よくかけていた人達の電話番号を自然に覚えてしまったものだ。電話帳などを持っていなくてもいくらでもかけられた。

黒電話の時代の後に留守番電話が登場した。部屋に戻ったときにまず伝言を聞くこというなつかしい習慣があった。初期の留守電機能(自動応答と伝言録音)はマイクロカセットテープによるものであり、テープの巻き戻しの時間が長いと不在時着信や伝言が多いものだとすぐにわかった。

相手が黒電話ならつながらなければ当然用件は伝えられないので改めて連絡をしなければならないし、留守電に伝言してもコールバックを気にしたものだが、今よりはずっと生活における「不在」という尊厳が重んじられていたような気がする。


携帯電話(以下、ケータイ)を持たない(社会)人は何人もいるが、緊急時を除いてはその人の自宅と職場の電話番号を知っていればだいたい事足りる。どちらもつながらなければそれまでのこと(それが不在)。昔はそれで普通だったし、約束の時間にルーズにはなれない緊張感があったようにも思う。

ケータイがない頃には相手の行動を予測してつながりそうな近くの固定電話にかけていたわけだが、ケータイの場合にはその予測は要らなくなった。そうすると、つながらないことの理由を相手に求めてしまいがちだ。

いつでもどこでも誰とでも通話ができてあたりまえという前提が覆されると嫌な気分になる人はいないだろうか。私は「つながって当然」と思う人からかかってくる電話が好きではない。

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