山歩きと山小屋


私は1000m前後の比較的低い山を登るのが好きだ。登るというより歩く感覚に近いので「山歩き」と表現する方が標高からして適切かもしれない。

標高が高くなるにつれて「山登り」、そして「登山」と言うのではないだろうか。定義は知らないが山での人との出会いにはすがすがしいものがある。上りと下りですれ違う時に挨拶や情報交換がある。山頂で見ず知らずの人からおにぎりをいただいたこともあった。

話は飛躍するが、日本三大霊山の一つである立山の室堂で山小屋のアルバイトを住み込みでしたことがある(大学の夏休みの1ヶ月ほど)。3000mを超える雄山山頂のふもと(室堂)は雲の上。

朝の4時に食料などの生活物資をターミナルまで背負子(しょいこ)で取りに行く。登山客の朝食を用意してから自分たちが食べて、客室や生活空間の掃除、そして昼食が終わると3時間ほど休憩。昼寝もしたが、雄山登頂をはじめ、室堂平(みくりが池、地獄谷ほか)、美女平、黒部ダムなどにもでかけた。

標高の高いところにいると、平地は「下界」という不思議な感覚をもつに至る。そして、そこでもすがすがしい気持ちを味わえる。雷鳥との出会いも感動だ。アルバイト料は貯まる一方で使うところがない。

山歩きもお金のかからない趣味のひとつだ。 消費生活とは距離を置いて自分を見つめられる。心の中の「山」を登ることは大変でそれ相応に価値あることではあるが、時にはなんにも考えずに小山を登ってみたい。

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