女猫島(メネコシマ)

芸予諸島・安芸灘諸島、蒲刈群島

広島県の瀬戸内海にある

名前の由来は、あたかも猫がうずくまっているようにこの島が見えるからだそうです。

2000年(平成12年)1月18日に完成した安芸灘大橋(呉市と川尻町の境界付近と下蒲刈島を結ぶ全長1,175メートルの橋梁)の北側橋脚がある。

回りの海は猫瀬(または、女猫の瀬戸)と呼ばれ、流れが速く、渦で砂が舞い上がり流されて竹原、三原沖の海底に堆積すると言われています。
女猫島の北側は特に潮流が激しかったため明治26年(1893)に旧川尻町の有志が開削したという。
また、流れが速いことから良質の天然鯛等の好漁場となっています。

1966年に設置された女猫島灯台(LED灯器で3秒1閃光、白色光、電源は太陽電池が採用されている)があり、また橋梁には船舶の可航幅を示す橋梁灯が設置され、船舶の航行の安全が図られております。

島にまつわる昔話:吉悪(よしあし)

いまから約400年前の天正年間の話。川尻村岩戸の海で、漁師の網に3個の同じ石碑が3度もかかった。「なにかの因縁」と近くの女猫島の岩上に小さなほこらをつくって石碑をねんごろにまつった。
その後、この地方を治める殿様の船が、この海域の女猫の瀬戸を航行中、急に船が立ち往生。岩上のほこらのせいと思い込んだ殿様は「わが土地に住みながら殿様を通さぬとは・・・」と大声で怒鳴り、にらみつけた。しかし、いくら殿様とはいえ、神様のほこらに無礼を働いたことに気づき深く反省した。それからはここを通るたびに、塩の良しあしにかかわらず、必ず上陸して丁寧にわび、お参りを続けるとともに、その土地を地元に提供。いまも「吉悪」という地名が残っている
ちなみに殿様は、安芸出身の戦国時代の武将・毛利元就と伝えられている。

島内施設:
女猫島灯台

島情報:
●面積/0.01km2●周囲/0.5km●人口/無人島

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