広東コンテンポラリーチャイニーズ SESSIONへの思い

The Story of making “SESSION”
SESSION総合プロデューサー 山口智太郎 (ヤマトモ)

【第1章 夢 福岡に本場に負けない中華の店を作りたい】

夢を抱いたのはいつからだっただろうか?漠然とした想いは20年以上前(1990年代初め)、まだ駆け出しの医師になったばかりのころだったろう。本格的な広東料理や上海料理、山東系の宮廷料理などを経験した時に、「どうして福岡はこんな凄い中国料理がないのだろう」と悔しい思いをした。こんなに台湾・香港・上海が近いのに、東京以外では中国系の旅行者の訪問者が一番多いのに何故?と。

そのとき、最初に思ったのは、料理人を育てることだった。福岡では、ホテルの中華料理店や老舗中華料理店の系統が支配的で、このような本格的な中国料理ができる料理人を雇用することは無理だと思った。何色にも染まってない料理人志望の優秀な若者を何人か中国や香港に派遣し、凄腕の料理人の下で修行させる。10年後に帰ってきたら、フロアーの責任者をさせ、次々に料理人を育てていく、そういうプランを考えていた。そこには膨大な時間そして資金が必要である。今の自分には到底無理なのだから、一時その夢は封印し、今出来ることをやろう、そう思った。

個人的な勉強は自分の可能な範囲内でやり続けた。香港や台湾に行き、一日に一人で6軒のレストランや茶房を回ったこともあった。自分で干し鮑を作ったり、丸鶏や火腿でスープを取ったことも。中国料理に関する書物は、かたっぱしから読んだ。そうこうするうちに、福岡で杉本さんという料理人と出会い、彼の店を応援する傍ら、広東独自の色々な料理に関する勉強もさせてもらった。

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