The Story of making “SESSION” 【第2章 出会い】

2012年に病院を転職したのをきっかけに、実家が経営している飲食ビル(天神テルラ)の責任者を兼務することになった。そこでさまざまな企画に取り組んだ。その一つが「中国料理石本の会」である。 10年ほど前に宗像市に住んでいたころ、凄腕の中華の職人である石本さんに出会った。その当時は知る人ぞ知る中華の名店だった。その実力から店は徐々に有名になりミシュラン福岡に掲載された。ところが諸般の事情から閉店することになり、数ヶ月の休業期間を置いて再出発することになったのである。本に掲載されたころとは電話番号も違うので、認知されるのに時間がかかりそうだった。店が再開することを皆に知らしめるためにも、そして平日にしっかりとした売上げを取れるように、月に一回「中国料理石本の会」を天神テルラビルで開催することになった。 見返りを期待しない人助けというのは、気持ちのいいものである。助けた人が少し幸せになっていくのを見ているのも楽しいし、自分もなんだかHappyな気分になる。そして神様は、ずっと見ていてくれて、ある時突然、素敵なプレゼントをくれるのだ。止まっていた運命の歯車が音を立てて回り始めた。

石本の会の時、出会ったのが現在のSESSIONの本堀料理長である。彼はもともと宗像出身ということもあり、石本さんを慕ってプライベートの休みを使って勉強に行ってたようである。石本の会でも、手伝いを志願し、そのときに運命的な出会いをした。

20人ほどの会で、大きなアラの蒸し物をしたときのこと、天神テルラのサービススタッフはフレンチのサービスがベースになっているため大きな魚を取り分けることになれていない。大きなアラの蒸し物3台を、20人に分けるサービスをさせてみたら、裁くのに手間取って時間がかかりすぎて冷めてしまいそうだった。そこで手伝いに来ていた若手料理人2人に、「ちょっと魚さばくのを手伝ってください」とお願いした。自分も取り分けに参加して一台取り分けした時、ふと見ると日ごろはやらないサイズの大きな魚に戸惑っているのか、なかなか分配が進んでいない。そこで替わってもらって、すばやく取り分けると、料理人の見る目が変わり、私に興味を抱いたようだった。 その後、本堀さんと話したときに、彼が情熱あふれる料理人であったこと、また彼の友人たちも現状のホテルの中華に飽き足らず、福岡で香港や東京にも負けないような本格的な広東料理のレストランを作りたいという考えに共鳴し、ようやく夢を実現するためのきっかけをつかんだ。