スタートアップの7つの成長プロセス#2 アイディア策定

Keita Matsuyama(松山馨太)
Code Republic Blog
Published in
16 min readAug 16, 2019

今回のテーマは『アイディア策定』です。

前回は『市場選定』における注意点と選定方法を紹介しましたが、今回は、選定した市場におけるビジネスアイディアの策定方法と注意点を紹介します。

前回記事でも記載しましたが、スタートアップのプロセスは反復の繰り返しとなります。『アイディア策定』のプロセスから『市場選定』のプロセスに戻ることも起きると思いますが、面倒臭がらずこの作業を繰り返すことにより成功を掴んで頂ければと思います。

ビジネスアイディアの構成要素

Code Republicでは、ビジネスアイディアの構成要素を以下4つの質問として定義しています。

1 誰のどんな課題をどう解決するか?

2 儲かるのか?

3 スケールするのか?

4 競合に勝てるのか?

これらの構成要素を満たして初めてビジネスアイディアとなりますが、これらの要素が深掘りされていないケースが多く散見されます。

それでは、それぞれの要素の詳細を見ていきましょう。

1 誰のどんな課題をどう解決するか?

ビジネスとは誰かの課題・ニーズ・不満・不便・悩みの解決により、対価を得ることです。それゆえ、アイディアの構成要素において最も重要な要素がこの質問です。

特に『誰の』という部分は実在する人間を想像できるくらいに詳細なターゲット設定が必要です。

仮に男子大学生をターゲットと設定しても「体育会系なのか、インドア系なのか、どの大学なのか、どこに住んでいるのか、一人暮らしなのか、実家暮らしなのか・・・」のように多くの切り口が存在します。そして、その切り口によって課題・ニーズ・不満・不便・悩みが大きく異なります。

たとえば、「飲食店を見つけたい」というニーズがあったとしても安い居酒屋を探している人もいれば、デートで使えるお洒落なレストランを探している人も近くのラーメン屋を探している人もいます。ターゲットを明確にすることで、ターゲットの課題・ニーズを明確にすることができます。

書籍「ビジネスクリエーション!」では以下のような詳細なペルソナを推奨しています。

ビジネス・クリエーション!

ターゲットを絞ることに対して「私のサービスはマス向けなので、ターゲットは全員です。」と答える方がいます。もちろんマス向けのサービスを目指すことは大賛成ですが、どんなサービスもリリース初期はターゲットを明確に絞ってリリースしています。

Facebookは「ハーバードの大学生」から始まり、Amazonは「オンラインで書籍を購入する人々」から始まり、Googleは「論文を検索する研究者」から始まっています。

Paul Grahamは以下のように述べています。

Startups in 13 sentences

いわゆる100人のLikeよりも1人のLoveを得られるプロダクトから始め、同じ課題・ニーズを抱える特定のターゲットに向けて、プロダクトを磨き込むことにより、熱狂的に愛されるプロダクトを開発して、徐々にターゲット層を広げていきます。

また、課題の深刻度も重要です。課題の深刻度は課題解決に支払われる対価の金額や利用頻度と比例します。深刻度の高い課題に対してNice to have(あったら便利だな)ではなくMust have(なければ困る)な課題解決を提供することが必要です。

2 儲かるのか?

誰に何を提供して、誰からいくら対価を頂くのかというヒト・モノ・情報・カネの流れをビジネスモデル図として可視化します。

ビジネスモデル図は下記サイトで事例やツールを紹介していますので、参考にしてみて頂ければと思います。

ビジネスモデルにおいては、LTV>CACの関係を意識する必要があります。

詳細は『ビジネスモデル検証』のプロセスで後述しますが、LTV(顧客1人あたりが生み出す利益)がCAC(顧客1人あたりの獲得コスト)を上回る関係となるように設計して、持続的に利益を生み出せるビジネスモデルを構築しなければなりません。

一般的には、LTV>3×CACが目安とされており、LTVが安定して初めて顧客獲得に投下できるコストを算出することが可能となります。

3 スケールするのか?

こちらは前回の『市場選定』で述べた内容となりますが、IPOを見込める市場規模・成長性がある市場を選定することが重要です。

特に業界の規模ではなくTAMという概念で市場規模を考える必要があります。TAMは、Total addressable marketの略で「ターゲット人数×1人あたり年間消費額」で表現されます。

また、現在の上場企業でリプレイス対象となるベンチマーク企業が存在するかという観点も重要です。現時点で同様の課題を別のアプローチで解決している企業が上場している場合、ニーズの存在は証明されており、上場できる規模の存在も証明されています。

市場規模・成長性・ベンチマーク企業の3点を調査してスケールできる可能性を調べましょう。

4 競合に勝てるのか?

次に確認する項目は、競合と競合に対する優位性です。

よくあるケースとして、そもそも競合を調べていないケース、「競合はいません」と発言するケースがあります。競合を調べていないことは少ないケースですが、「競合はいません」と発言するケースは比較的多くあります。これらの発言の大部分は「全く同様のサービスを提供している競合はいない」という主旨となっていますが、同様のサービスを提供している企業のみが競合ではなく、同様の価値を提供しているサービス・同じ課題を解決しているサービスはすべて競合になります。

たとえば、Airbnbがリリースされた当時、個人の部屋を共有するサービスは存在していませんが、「旅行先で宿泊する」という価値に対しては、既存ホテルやゲストハウス、ホテル予約サイト等多くの競合が存在します。

ハーバードビジネススクール教授セオドア・レビットは以下の名言を残しています。

レビットのマーケティング思考法

競争優位性を検討するためには、自身のビジネスアイディアと同様の価値を提供している(同様の課題を解決している)競合をリストアップすることが不可欠です。同様の価値を提供している製品・サービスが全く存在しないということはそもそもその価値自体にニーズがないのかもしれません。

競合をリストアップした後は、「競争優位性=自社のプロダクトが競合に比べて選ばれる理由」を国内の競合・海外の同業種・類似業種を徹底的に分析して見つけ出します。

ビズリーチ代表の南氏はビズリーチの創業にあたり、事例調査だけでなく、USの類似企業へヒアリングやその企業がベンチマークとしていた企業まで徹底的に調べ尽くしています。

アイデアを思いついたときは、過去の事例を徹底的に収集・分析します。調べる対象は日本だけでなく、世界です。

ビズリーチについても、自分のアイデアに近しい事例を探したところ、米国で似たようなビジネスを実現している人がいた。話を聞きに行くと、「ベンチマークしたのはmatch.comだ」と教えてくれました。そこで僕は、自社の最初の役員としてmatch.com日本支社の元責任者を招き、たくさんのヒントをもらいました。

出典:“面白い”ビジネスのつくり方 小澤隆生、南壮一郎が語るスタートアップ

この競争優位性はバリュープロポジションという概念でもまとめられています。

競合を徹底的に分析して「競合に比べて選ばれる理由」「誰も気づいていない真実」を見つけ、競争優位を築けると考えます。

アイディアの探し方

最後にアイディアがなかなか見つからないという方に向けて、先輩起業家がどのようにアイディアを見つけてきたのか事例を紹介します。

事業アイディアの起点となる課題・ニーズの発見は、起業家によって様々ですが、大きく分けて2パターンのタイプが存在します。

1つ目のタイプは自身の原体験や問題意識から課題を見つけ、解決を目指すユーザー型起業家です。2つ目のタイプは市場の規模や成長性から第三者の課題を見つけ、解決を目指す分析型起業家です。

世界最大のゲームプレイ動画配信プラットフォームTwitchのCEOであるEmmett Shearは、Y CombinatorのMichael SeibelとredditのCEOのSteve Huffmanとの対談で以下のように述べています。

How to build a product

では、実際に各タイプの起業家がどのように課題・ニーズを発見しているのか事例を紹介します。

ユーザー型起業家

SPEEDAやNewsPicksで知られるユーザベース代表の梅田優祐氏は、インタビュー記事で以下のように起業のきっかけを語っています。

起業の発端は、自分自身の経験からです。過去に、コンサルティング業界や投資銀行業界に所属していたのですが、クライアント企業のデータを時系列で調べたり、業界のシェアを分析しようとしたとき、方々の行政機関ホームページからデータを探し当てたりしていました。しかしデータ同士の整合チェックに四苦八苦し、それでも解決せず図書館へ・・・と、情報収集だけで多くの時間を費やしていました。

投資銀行時代、私は東京オフィスに在籍していましたが、どうやらロンドンやニューヨークオフィスのスタッフも同じような悩みを抱えていることがわかりました。そこで、いまは様々な形態で世界中に散在するビジネス情報を一箇所に整理し、アクセスさえすれば欲しいデータが一瞬にして手に入る、そんなプラットフォームを作れないだろうか・・・と思い立ったのです。

出典:ロジスティクス・インサイト

また、ネットショップ作成プラットフォームBASEの創業者鶴岡裕太氏は、家入一真氏とのインタビュー記事で以下のように述べています。

母親が呉服店をやっていて楽天などの既存サービスを使おうとしたら難しくって、それがきっかけですね。海外事例を探したり、そういう情報を元に今のBASEのアイデアが生まれました。

出典:鶴岡裕太と家入一真ーーBASEを生んだ学生起業家と連続起業家が眺める未来

Slack創業者Stewart Butterfield氏は、以下のように述べており、ユーザベース は創業者自身の不便さという課題、BASEは母親という身近な存在の課題、Slackは自身を含む社員の課題から生まれています。

Slackは、偶然の産物だ。我々は、もともとゲーム開発を手掛けており、Slackはそのための社内コミュニケーションツールだった。お陰で、3年半に渡り外部に知られずに開発することができた

出典:Slack創業者が語る成功の舞台裏と「メッセージングの未来」

分析型起業家

印刷業界にイノベーションを生んだラクスルCEOの松本恭攝氏は対談イベントで以下のように述べています。

もともと2008年にA.T.カーニーというコンサル会社に入って、在籍していたのは2年ぐらいだったんですが、そのときにいろんな会社のコスト削減に携わって、企業のB to Bの間接費を見ていくと、その中で印刷がいちばん削減率の高い間接費だったということで、すごく非効率な業界だなと思ったんです。

市場が6兆円あって、印刷会社は当時3万社。大変数が多くて、コンビニが4万5千軒ぐらいだったので、コンビニの3分の2ぐらいの数の印刷会社があって、これはネットを使うと何か変わるんじゃないかな、インパクト出るんじゃないかなと思って印刷業界で起業したという流れです。

出典:若さ、情熱、使命感 — 若手経営者の起業のきっかけ

メルカリのCEO山田進太郎氏はリリース時のインタビューで以下のように述べています。

ヤフーオークションはその取扱高はおおよそ年間6,800億円弱程度と、ここ数年は変化していない。成長が止まった状態だ。それは、入札による値決めや煩雑なやり取り、月額の会員費、C2Cならではのトラブルなど、スピードや手軽さを求めているスマートフォン世代には敷居が高く、敬遠されがちな状況だと山田氏は考えている。

出典:山田進太郎氏が新たに立ち上げたのはフリマアプリのメルカリ

また、フリル(現ラクマ)の創業者堀井翔太氏は以下のように振り返っています。

人が本当に欲しがるものを作るためにはどうしたら良いんだということを考えましたね。そんな時に、女の子がブログ上だったり、Twitterや、mixiのコミュニティ内で服を売り買いしているのを見て、「モバオクもヤフオフもあるのに、何で使わないんだろう」って思ったんです。そこで、彼女たちに聞いてみたら、「PCを持ってないんです」とか、「課金もいるし、1回試してみたけど、複雑すぎて使いにくかった」というインサイトが見えて、そこで初めて「これはイケるかもしれない」と思いました。

出典:人が欲しがるものを創れ。

このようにユーザー型起業家は自身もしくは自身の身近な存在から課題を発見する一方で分析型起業家は市場のトレンドや将来性、ユーザー行動を分析して課題・ニーズを発見しています。

堀井氏のように課題を独自の方法で解決しているユーザーを見つけ、それをサービスとして具現化するという手法は、「リードユーザーリサーチ」と呼ばれ、大企業の新規事業開発においても活用されています。代表例として、世界的化学製品メーカー3Mのマスキングテープは、異常な売れ行きを示していた医療用テープのの用途を調べたところ、自動車工場で塗料を塗り分けるために使用されていたことから、専用の商品として開発され、ヒット商品となりました。

また、顕在化している課題・ニーズを発見する場所として数年前までは地域密着型の情報交換サイトCraigslistが多く活用されていました。クレイグリストに顕在化していた課題・ニーズから、以下のように多くのスタートアップが生まれています。

Andrew Parker

現在の日本では、TwitterやInstagramで既に顕在化している課題・ニーズを見つけることができます。

アイディアが見つからない状態は最も苦しい状況かもしれません。まずはざっくりとしたアイディアでも検証を始めてみることで、今まで見えていなかったターゲットの行動やインサイトが見えてくるかもしれません。煮詰まった場合は、次の『ニーズ検証』のプロセスに移り、視野を広げてまた『アイディア策定』のプロセスに戻ってくるという活動をお勧めします。

本シリーズは全7回に分けてスタートアップの成長プロセスを紹介しています。各記事は以下よりご覧ください。

#1 市場選定

短期間で急成長するための市場の条件、選定方法を紹介します。

#2 アイディア策定

ビジネスアイディアを構成する4つの要素とその調査方法を紹介します。

#3 ニーズ検証

ビジネスアイディアという仮説をインタビューを通じて定性検証、ビジネスアイディアを磨き込むプロセスを紹介します。

#4 ソリューション検証

MVPを用いた「課題・ニーズが存在するか?」「その課題・ニーズを解決しているか?」の定量検証のプロセスを紹介します。

#5 プロダクト検証

MVPをプロダクトに落とし込み、愛されるプロダクトへと磨き込むプロセスを紹介します。

#6 ビジネスモデル検証

持続的に利益を生み出し続けるビジネスモデルを構築するプロセスを紹介します。

#7 スケール

愛されるプロダクトと持続的に利益を生むビジネスモデルを構築した後のスケールのための成長戦略・組織設計のプロセスを紹介します。

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