悩む
たこ
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啓発本の需要

私は啓発本はあまり買わない。ほとんど買わないかもしれない。昔は少しは買ったけど今は余程のことがないと買わない。

昔買ったのは、さわりをざっと立ち読みして目から鱗が落ちた内容のもの。それは私の知識不足だったかもしれないが、新しい知識をもたらしたものだった。

知りたいものは真偽はさておきネットで調べられる。それは調べようと思ったことなので、自発性があること。

私が書店に行くのは少しの時間を潰すとき。何か面白い本はないか、気づきを与えてくれるものはないか。

今ではSNSでも同様の目的になっていて、それでも有料コンテンツは書店でしか内容を確認できなかったり、書店の優位性は感じられる。出先での手持無沙汰な時間に有益である。

そう、啓発本の話だった。私も少しは他人に話ができる程度の経験はしてきたと思う。啓発本と呼ばれるジャンルの本を見ても、タイトルや帯を見ても、大体予想がつく。その予想が的外れかもしれないけど、その値段を支払ってまで得たい知識かどうかを考えると「要らない本」になってしまう。それは「今は要らない本」かもしれない。

さわりを読んでみても「まあそうだよね」というのがほとんど。要は心当たりがあるので目から鱗が落ちたには到底ならない。

ネットコンテンツでもテレビCMで煽ってくるメッセージもそんな感じ。大体知ってることばかり。

それでも手許に置いていつでも調べられるように置いておきたい辞典のように使いたいものは買っている。

啓発本はそれが習慣化されなければ無駄な出費だと思う。無駄が駄目だという話ではない。習慣化できるかどうかは結果なので本を買う時点では判らない。

習慣化できる可能性を感じて、そのことに本の値段の価値を感じたときに、その本は「買い」になる。