『ストーンウォールの反乱』から48年

1969年6月28日に起きた歴史的反乱をふり返る

みなさん、こんにちは。
LGBT総合研究所研究員の内野です。

今日で、1969年6月28日に起きたストーンウォールの反乱から、ちょうど48年が経過しました。
と言っても、「ストーンウォールの反乱」でピンとくる方はどのくらいいるでしょうか?

ストーンウォールの反乱は、アメリカにおけるLGBTコミュニティーと警察組織との世界で初の大規模な衝突事件だったと言われています。

その後、この反乱自体がLGBT権利拡大の象徴的存在として扱われるようになり、アメリカのプライド月間も反乱が6月に起きたことから設定されました。


「ストーンウォールの反乱」で何が起きたのか

当時はLGBTに関わる事件であったことから、タブー視されていたためにメディア掲載もほとんどなく、未だに反乱の全貌が全て明らかになった訳ではありません。
なので、今回は一番有力であるとされる事件の経緯を紹介します。

1965年以前、ソドミー法という「自然に反する性行動」を禁止する法律がアメリカ全土に適用されていました。そのため同性愛者でも、特に男性同性愛者への警察の偏見は強く、多くのゲイバーや彼らが集まる飲食店が抜き打ちで取り締まられるケースが少なくなかったそうです。

それは、今現在LGBTフレンドリーな都市として有名なニューヨークも例外ではなく、そのニューヨークの「ストーンウォール・イン」というレストランでこの事件は発生しました。

Photo via: https://www.biography.com/people/john-lindsay-9382682

ただ、事件の起こった1969年当時はリベラル派だったジョン・リンゼイ氏(左画像)が市長に就任したタイミングであったため、多くのLGBT宥和政策が敷かれ始めたタイミング。市長は自身が65年に職に就いてからというもの、市職員面接などで性的指向をわざわざ問わないことや同性愛者への酒類販売の合法化など、積極的にLGBTフレンドリーな姿勢を表していたそうです。

そんな矢先の1969年6月28日深夜、ストーンウォール・インへの抜き打ちの取り締まりが行われ、店内にいた200名近い男性同性愛者や異性装者の人々のうち何人かが連行されることになったのです。

ただ、当時では連行されるところまではよくある風景だったのですが、その夜だけ違ったのは、野次馬のように店外に集まってきた人々が警察の行動に激しい反発をしたことでした。

警察はすぐに応援を要請。結局、警察官400人と同性愛者グループ2000人の大規模反乱に発展し、翌日にやっと警察の精鋭部隊が反乱鎮圧に派遣されたことで多くの負傷者が出たものの、反乱は収まったのでした。

なぜ「ストーンウォール・イン」は取り締まられた?

当時は比較的、LGBTフレンドリーな姿勢が見えたニューヨークでしたが、何故その日に限って厳しい取り締まりがなされたのでしょう?

大きな原因として言われているのは、市長選挙が近く保守層票の獲得のためバーの浄化を実施したのではないか、という理由。

現に、当時のストーンウォール・インは酒類販売免許を取得しておらず、ストリッパーに近いゴーゴーダンサーがパフォーマンスしていたことや、未成年者の出入りがあったため、取り締まり対象として選び易かったのではないかと言われています。

なぜ同性愛者グループはその日に限って反抗したのか?

これにもいくつかの理由が挙げられています。

例えば、6月22日に当時LGBTコミュニティーに圧倒的な人気を誇っていた女優のジュディ・ガーランドが亡くなったこと。そのために、暴動を起こした同性愛者グループの人々が殺気立っていたのではないかという説があります。

中でも多く言われているのは、ストーンウォール・イン近辺をいつも取り締まっていたLGBTの人々と友好的な関係を築いていた第六分署の警察ではなく、その日だけ第一分署の警察官たちが威圧的な態度で取り締まりを行ったことが、そこに集まっていた同性愛者たちの怒りを買ったのではないか、という内容です。

こればかりは、今でも色々な説が飛び交っており、恐らく様々な事象が重なった末に反乱にまで発展してしまってのではないかと推測します。

「ストーンウォールの反乱」のその後

ストーンウォールの反乱後、急速にLGBTの権利拡大を訴える動きが活発化しました。

前述したソドミー法に関して、1962年に先進的にイリノイ州のみでソドミー法が撤廃されたもののその後10年近く他の州にその動きが拡大することはありませんでした。
しかし、ストーンウォールの反乱以降の1971年にコネチカット州、1972年にはコロラド州・オレゴン州と、70年代の内に全州の半分近くがソドミー法の撤廃を実施したそうです。

さらに、1973年末までにおよそ1100もの同性愛権利団体が誕生したと言われており、1970年には反乱から一年を記念してニューヨークで世界初のゲイプライドパレードが開催されました。

Photo via: https://galoremag.com/gay-pride-touching-moments/

以上、「ストーンウォールの反乱」に関する歴史を簡単に説明しました。

先述したように、ストーンウォールは今でも多くの場面において、LGBT権利運動が本格的に始まるきっかけとなった象徴的な事件として扱われています。

LGBTの象徴的事象として、アパレルブランドのLevi’sでは、2015年のプライドコレクションにストーンウォールの反乱をイメージしたコレクションを発表しました。
ブランドの特徴でもあるデニムを使った、ジャケットやパンツ、Tシャツを販売。
売上の一部は、ニューヨークのストーンウォール基金へ寄付されたそうです。

Photo via: https://www.retailmenot.com/blog/lgbt-pride-month-products.html

さらに、毎年150万人以上が参加しているニューヨークプライドでもストーンウォール・イン前を通ることは必須で、ニューヨークのLGBTを象徴する観光名所として多くの観光客等も毎日大勢訪れています。

昨年2016年6月には、オバマ元大統領によりストーンウォールインとその周辺が、米国初のLGBT国定文化遺産保護地域に指定されました。

今年の6月には、グーグル社がストーンウォールの反乱に関する歴史記録制作事業に100万ドルの寄付をすることを発表しています。
当時のメディアでほとんど取り上げられなかった反乱の内容は、反乱に参加した人々による口述内容をまとめることで記録をしっかり残す必要があるわけです。

このように、アメリカのLGBT権利拡大の原動力になった「ストーンウォールの反乱」。
昨年のゲイクラブを狙った無差別発砲事件が起きた際も、多くの人がストーンウォール・インの前に集まり犠牲者に向けて祈りを捧げる光景がありました。

事件自体は半世紀も前のことですが、今でもLGBTコミュニティーにとっての大きな心の拠り所となっていることが確かに感じ取ることができたように思います。

ぜひ、この記事を読んでくださったみなさんにもアメリカLGBT権利運動の原点としてどのように誕生したのか、覚えておいていただけると嬉しいです。


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