Nothing wrong with…

ニューヨークで強く生きられない。

何故なら私は弱音を吐くからだ。

ニューヨークでハツラツと生きている人は、悩みがないわけではないが、本当に悩んでなどないように生きる。

それが、ニューヨークでハツラツと生きるコツである。

特に外人の私たち。(日本国籍の日本からきた日本人)

悩みがないわけがない。

仕事で悩み。ビザで悩み。友人関係、対人関係で悩む。

国籍が違うだけで、こんなに大変かと思う。

私が、うまく生きられない理由に、孤独に弱いというのがある。

だからといって、友人関係に強いわけではない。

友達が少ないと言って、私からみたら、多いではないかと思う友人が殆どだ。

私がニューヨークで遊べる友人は二人だけである。

元はいたが、私が距離を置いたり、置かれたり。帰ったり。といなくなってしまった。

その唯一の友人らは、私を同じように見てるかは謎。

だから、正直、彼らは本当に仲がいい友人でもないのかもしれない。


ニューヨークに来てから、絶えずいる存在といえば、頼みの綱である彼氏という存在。

「彼氏」がいたから、ニューヨークで今までがんばってこれた。

「彼氏」は、7年間のうちに3回変わったが、今の彼氏は、将来死ぬまで隣にいるだろう。

なぜなら、彼への誕生日カードに「別れると言わない。」と書いておいたからだ。

彼は律儀な人なので、本当にそう書いたら、別れると言わないであろうと見越して書いた。

強制に見えるが、彼に別れたいと思う日は来ないであろう。不思議な自信だが。

彼についてものちのちよく書きたい。


孤独に打ち勝てないのに、私はひどく非社交的である。

それを友人が知る瞬間があまり好きでない。

あきらかに引いてるからだ。

まゆにゃんは明るく社交的でクレイジー。

間違いでない。

だがいつもそうなわけでない。自分をありのまま出せるのは、気心がよくしれている仲間の前だけだ。それか、面白すぎてハイになっている時か。

そして、多分大体の人が自分の闇を隠すのに、私は隠せない。

そして、私を暗いと思って引く。

日本にいた頃は、この面白すぎてハイになる。という現象によくなっていた。

それは、俗に言うBFF、大親友がいたからである。

大親友といれば、とりあえずハイだった。思考がとんでもないところをいったりきたり。そして、行動や言動になる。

それらの繰り返しは、毎日のエネルギーになり、活力となり、モチベーションとなった。


親友は、普通とか普通じゃないの境界線が一切ない人だである。

えええええええ!

と思うことを普通にする。

そして、それを普通だと思わせれる能力がある。(彼女は普通だと思っているからかもしれない。)

今思うと若いまゆにゃんは、それをすんなり受けとめ。自分もそうなってしまった。しまったという表現は間違っている。なぜなら、私はそれに感謝したいくらいなのだから。

親友のお陰で世界が広がった。


I wouldn’t be here without her.


彼女のお陰で、片田舎で中学生時代を過ごした少女の世界観はアトランティックオーシャンばりに広がったと思う。