”良いデザイン”のための課題の広さ— 生き延びるためのデザインを読んだ

Takumi Kai
7 min readDec 22, 2016

生き延びるためのデザインを読んだ

デザインに対する誤解と、デザインの使われ方に対する誤解を、痛快な文章で伝えてくれる本。初版が1974年と少し古く、文章は少々過激。ただこの時代に声を出して伝えたいことが40年後になってもあまり変わっていないことにゾッとしてしまう本だった。
生き延びるためのデザイン

デザイナーが見ている課題が狭いという危機意識

デザインの影響力を考えても、デザイナーが認識している問題領域が狭すぎるのではないのか。というのが、本書で主張する課題意識だと感じました。

「デザインは設計」であって、ただ見た目を整えるだけではない。
本質的に「課題解決」である。と良く聞きます。自分でも言います。その”デザイン”を広めたいとも思います。

じゃあ、「課題」ってなんだっけ。タップ数を上げること?それは良いかもしれないけど、その先に何があるんだっけか。この部分を考えさせる内容でした。

ちょっと暗い話に見えると思うのですが、ハッピーなモノやコトを発想するのに役立つ気がしています。

※51p 図表1:デザイン問題 から

デザイン欲と社会的課題のミスマッチ

「デザイナーはちゃんと課題と向き合っているのか?」

デザイナー自身が実際に見ている領域と、本来社会に要求されているデザインのズレを、工業デザイン(ここでは車)を例にして伝えてくれます。

利便性向上の車という発明と目的の変化

車という移動手段が発明され、人の利便性は大きく改善されたのは想像できるところです。ただ、車が誕生して日が経つに連れて、その役目は大きく変わりました。
はじめは速く、多くの荷物を運べ、複数人同時に移動できる手段にフォーカスが当たっていましたが、次第に所有者の権力や趣味嗜好を表す側面が出てきました。

魅力を伝える(だけの?)デザイン

それに伴って買い手の自慢したいという気持ちを揺らすデザインや、買い替えを助長するようなデザインが登場し始めます。利便性を超えて、言ってしまえば「それは買う意味が本当にあるのか?」と思わせるプロダクトです。
(おそらく、この時期が「デザイン=見た目を作る」という概念を付けた転換期だったのかなと思います。)

金持ちの嗜好を満たすための装飾デザイン、企業価値を魅力的に伝えるポスターデザイン、毎年マイナーチェンジする新ラインナップ……

またこの時、車自体を利用できる寿命は大きく伸びていました。が、その流れとは逆に車の買い替え時期は縮まります。
当時のアメリカと低開発国での利用期間の比較では、
・「車の寿命が25年」なのに対して
・アメリカでは2年の利用期間
・低開発国では75年の利用期間
だったそうです。ある程度の見た目や趣向は必要にしても、行き過ぎる開発が出てきた時期だったことを書いています。

スーパーカーをデザインしたいデザイナーたち

そんな時代だからこそ、自動車会社は従業員の待遇も良く、多くのデザイナーがそのポジションを希望していたそうです。

デザイナー自身の「デザイン」も、スタイリングのみに偏った思考がすでに生まれ始めていたように感じました。

(これは現代でもそうで、お金が集まるホットな業界は大量に人を雇うし、勢いがあり人は集まる。魅力的な会社での自分のキャリアは、それは輝かしく見えると思う。)

ものづくりと社会とのズレ

ただ、自動車の廃棄コストは高く、作れば作るほど環境に負荷がかかる。刹那的な感情を沸き立たせ、頻繁な買い替えを助長することは一体誰にメリットがあるんでしょうか。
「デザインは問題解決である」と捉えた時に、この時デザインしていたときの「課題」はなんなのでしょうか。

売上?アテンション数?上司の評価?

世の中に「要求されている課題」は他にもたくさんある。そこに目を向けるべきで、優秀なデザインこそ必要としている場所を、デザイナー自身が探すべきだと本書は主張します。

なぜデザインには責任があるのか

書籍で訴えていることは何も「デザイナー」だけの責任ではないと私は思います。すべての人に当てはまる話です。
ただ、デザイナーが本書を書いた理由としては、デザインが生活ないし人に与える影響が大きいからだと考えます。

デザインは人が持つ強力な武器

デザインは人が生きている以上、どこにもあり、誰もが関わっているものだと思います。生活には必ず存在しています。

部屋に新しい椅子を買えば、その座り心地はその部屋に住む人の生活すべてに影響を与えます。
また、利便性が圧倒的によかったり、中毒的な魅力があったりすると、怠惰で直感的な人間はすぐに興味を持ってしまいます。

人が「見たり」「触ったり」する五感すべてに”デザイン”は作用します。
そう、なんでもかんでも”デザイン”なのです。デザインを学ぶほどその広さに驚きますが、デザインはデザイナーだけのものではなく人が生きる以上常にそこにあるものだと思うのです。

その影響力の強さを考えると嫌が応にも責任がデザインにはあるように、少なくとも感じます。

世の中の知る⇄デザインが広がる

課題発見 — 課題定義 — 解決案を考える。
それをデザインと呼ぶなら、デザインは「創造」に近いかもしれません。はたまた「職業:デザイナー」というよりかはそれ以外のものな気もします。

まだ”デザイン”はスキルでしか捉えられてない

デザインというと今はスキルでしか捉えられてないかもしれません。

「photoshopの使い方」「ユーザーインタビューの手法」「創造のためのデザイン思考」

ただ、工業デザインでおそらく広まってしまった”デザイン”の概念が変わりそうな気配は強くあります。これは、広くデザインを信じる人たちにはきっと悪くない風です。

スキルが生きる場所が見つかる

人の感情と向き合う、今起こっている問題を知る、この先起こるであろう社会の変化を知る/予想する。
領域を広げることで、本来の意味で機能する、課題を解決できるデザインができる気がします。その時にスキルが生きるのではないでしょうか。

良い考えを具現化したい

デザインしたモノは「良いデザインだ」って思いたいです。
結局今書いている話もここに行き着きたいから考えることです。と思ったときに「Be My Eyes」というアプリを思い出しました。日本でも話題になったし、見たときに「アプリでこんなことできるのか。」とワクワクしてテクノロジーの可能性に心踊った記憶がありました。

自分が関わっているコトの定義から逃げない

デザインをして働いている自分自身、自分が作っているものが社会に何を与えてるのか、本当に必要なのか意識してこなかった面があります。

言ってしまえば忙しさにかまけて、せまい課題だけを意識して、先を意識せずに走っている状態。成果という観点でも、短期的には効果が上がるかもしれませんが、長期を見た時に自分自身もサービスもおかしなことになりそうだと感じます。数字以外の何に向かっているのか分からなくなるからです。
良い発想はできそうにありません。運良く年末というこの時期なので、再定義してみることにします。

2016年もいろんな出来事がありました。ブレクジットに始まり、大統領選、国内では小池政権や著作権問題。
課題を深堀りして、発想を広げる事ができたときに、職業として何段階か歩を進められるような気がしています。

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興味がある方は、ご連絡ください。:)

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Written by Takumi Kai

Product Designer at NewsPicks,inc. Living in Tokyo, Japan.

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