怒る勇気。

「怒れない。」

バスケのコーチに就いて早1年。

僕の当初の悩みはまさにこれでした。

僕が教えている生徒たちは、女子高の所謂あまあまゆるゆるな学校で育ってきた子たちです。

田舎の軍隊のような学校で育った僕としては、彼らの「部活」「スポーツ」というものに対する姿勢には目を疑う光景ばかり。

「塾があるので部活休みます。」は日常茶飯事。

練習中も「切り替え」なんて言葉はあってないようなもの。

始まる1分前にようやく靴の紐を結び始めて、アップを始める人、水を飲んでる人、教室に忘れ物を取りにいく人、バラバラと好き勝手やります。

5分でも遅刻しようものなら「頭丸めろ。」の僕の高校時代とは住む世界がかけ離れ過ぎています。

要は「当たり前」の感覚がまったくちがうわけです。

内心、「はぁ?ふざけんなこの野郎。なに甘いこと言ってんだ。」の気持ちしかありませんでしたが、コーチ就任当初の僕は怒れませんでした。

なぜなら「こわい」からです。

相手は女子高生。しかもただのJKではなく、自主性という名の自由を与えられた学校で育ってきた子たち。

その上頭がいいので、理屈で自分に納得感がなければどれだけ人に言われようが動かない、プライドも高い子たちです。

怒れば彼らに嫌われる、離れていく気しかしなかったのです。

でも今日、1年経って初めて、彼女たちを本気で怒りました。

それは今なら僕が怒ることで彼女たちの心に響くと信じたからです。

事の発端は水曜日。

僕が練習に参加できない日だったのですが、

その日、学校行事で部員の半数以上が、限られた時間しか練習に参加できないとの連絡が全体LINEにあがりました。

すると、ある生徒が

「人数少ないので練習なしですか?」と。

僕の価値観からすればそんな発想が出てくること自体不思議なわけで、

人数揃うまでシューティングなり何なり、できることやって、その後全体練習に入ればいいじゃん。と思ったのですが、

「自分たちで決めな。」と様子を見守りました。

そしてびっくり、

「今日は練習無しで自主練にします。」と、本当に練習しないとの結論。

人数が少なく、2人3人になったらもう練習することは何もないんだな。

それで自分たちで掲げた、最後の大会「2回戦突破」の目標は十分達成できるんだな。

えらくなったなと。

好きな時に練習出て、そしたらコーチが体育館で待ってくれてて、教えてもらえるんだからいいよなと。

口ばかり勝ちたいですうまくなりたいですの人、

自分の都合しか考えられない人は何人集まろうが教える気もないし、教えることは何もない。

そう言って僕は体育館を去りました。

運動部でよくある、監督が怒って帰っちゃうやつですね。

波多から見たら「そりゃ怒らなきゃダメだよ。指導者なら当たり前じゃん。」と感じると思いますが、

僕にとってこの行動は本当に「勇気」がいることでした。

怒ったところで「当たり前」の感覚が違う彼女たちには

「え、なんで怒ってんの?だってしょうがないじゃん。なにあの人。」と受け取られることはわかっていたからです。

それで終わればただのリスク、関係性のマイナス要素にしかなりません。

でも、今回僕は、今の彼女たちならその真意に気づいてくれるだろうと信じて怒りました。

よくいる、何かと怒鳴る監督ではなく、

「普段は無意味に怒らない松本さんが怒るってことは、何かやばい気がする。何か理由があり意図があるんじゃないか。」

そう考えてくれるのではないか。

それだけの信頼関係は1年かけて築いてきたはずだ。

そんな想いで僕は今日、勇気を出して彼女たちを怒りました。

同じことを1年前ならできませんでした。

本当にこれでよかったのか。

彼女たちは今何を思い体育館にいるだろう。

そんな不安も抱えながら、想いを書き連ねて今に至ります。

やってみると反省点も多々出てきますが、

ひとまず今はやってよかったと思っています。

これを機にチームがグッと締まり、1か月後の大会を迎えられたなら、

後から振り返って今日この日は成功だったと思えるはずです。

人の上に立つ人には「勇気」が求められる。

1つの大きな学びです。

大事なのはこの後。

自分にも、生徒にも、1人1人の気持ちに向き合いながら

全力でやっていきたいと思います。

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