どのように柔らかく表現されていても、「未来の幸福のために、○○をせよ」という言説には、その他の可能性を黙殺する思考が含まれています。それは、極めて暴力的で命令的なものなのです
背理の思考が縛るもの
倉下 忠憲
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こういう言説には本当に囚われてしまいやすいし、たいていの人は幼少期にこういう言説に晒されてそれが当たり前であるとインプットされている気がする(たぶんそれがビリーフってやつなんでしょう)。

実際こういう言説を聞くと「はあ、そうなのか」と(もやもやしながら)聞き入れるか、「何勝手に決めつけてんだよ」と反発するかのどちらかになりがちだと思うんだけれど、どちらの方が健全な反応なんだろう。案外後者かも知れない。

「〜〜しなければならない」「〜〜してはならない」という表現は何故こんなに高圧的で強制力があるんだろうと思ってたんだけど、これで納得。「極めて暴力的で命令的」。安易に従う必要なんて、最初からなかったんだな。