瞑想との出会い

こんにちは。テジ・アトマことミサコと申します。アメリカのロサンゼルス在住のビジネス・コーチ兼ヨギです。8月下旬に広島、鹿児島、大阪でクンダリーニヨガのイベントを開催しますので、そのイベントのプレビューとして、これからいろいろな動画を紹介していきたいと思っています。よろしくお願いします。

さて、今日は、私と「瞑想」との出会い、そして、初心者でも簡単にできる瞑想のやり方についてお話してみたいと思います。

皆さんは、「瞑想」ときいて、どんなイメージを思い浮かべますか。ニューエイジ、スピリチュアル、宗教めいたもの・・・。どちらかというと、とっつきにくいイメージをもつ人が多いのではないかと思います。また、日本では、座禅を組んでの瞑想とか、ちょっと堅苦しいイメージを思い浮かべる人も多いかと思います。

私も実はそうでした。「瞑想」はストレス解消になるとか、心の健康だけではなくて、身体の健康にも役に立つとか、そういった評判を聞いて、興味はありましたが、どうやって始めたらいいのかもわからず、時ばかりがたっていきました。それに、第一時間がありませんでした。もし、今から3年前の私が誰かに瞑想を薦められたら、「そんな時間はない」と言い切っていたと思います。企業人であり、母親であり、朝8時から夜8時まで働いて、家に帰って子供と一、二時間会話をして、身の周りのちょっとしたことをやっていたらもう真夜中になってしまう。そして、寝て、起きて、会社に行って、また一日を始める・・・。その繰り返しで、瞑想するヒマなんてない、というのが、当時の私の生活でした。

しかし、幸か不幸か、人生の乱気流に見舞われ、もうどこにも行き場がないという絶対絶命の状況に立たされたことで、私は瞑想を始めるきっかけをもらったのです。

私が瞑想を始めたのは、「レイキ」という代替療法のお免状を取得した際でした。「レイキ」とは日本に発祥する代替療法で、自然界にある癒しのエネルギーをレイキ師が患者さんの身体の中にチャネリングすることによって、病気や不調の原因になっているブロックを取り除き、患者さん自らがもっている治癒能力を活性化します。

レイキ師が能力を高めるための日々の鍛練のひとつとして瞑想がありますが、それが、私の生活の質をぐんと向上させ、人生をより優しい心持ちで、より前向きに生きるうえでの足がかりとなってくれました。

日々の瞑想が具体的にはどんな恵みを私にくれたのか。ひとつには、一日一度、静かに座って考える機会をくれました。

なんだそんなことか、と思う人もいるかもしれません。でも、それ以前の私は、そんな時間を自分に与えることさえ許さなかったのです。日々の忙しさに追われ、様々な問題や悩みは未解決のまま頭の片隅に積み上げられていきました。考えてみれば、それが身体の不調にもつながっていたかもしれません。

しかし、一日に少なくとも10分、長い日で1時間を瞑想に割り当てることで、自分について、人生について、世界について、身の回りの人々について、心を落ち着けて考える機会ができました。

「考える」とはいっても、普段の理詰めの考え方ではなくて、「より直感的に感じる」ことができるようになりました。仮に「我が事」でも、実はわかっているようでわかっていないものです。無意識のうちに心のどこかに追いやろうとしていること。常に意識の表層と意識下の狭間を行き来しているようなことで、なんとない「不快感」をつくりだしているようなことに、「気づく」ことができるようになりました。より難しい言葉でいえば、「自己認識」を深めることができるようになったということだと思います。

すると、それまで目を背けていたいろいろな問題について、真っ向から素直に向き合って考えることによって何らかの解決先を導き出したり、折り合いをつけたりできるようになり、毎日の暮らしについて抱いていた気持ちがより明瞭になりました。より意図的に毎日を生きられるようにもなりました。

また、過去に起こったことをくよくよと考えたり、未来に起こり得ることを心配したりして時間を浪費するのではなく、より、「今、この時」を感謝して過ごすことができるようになりました。とても単純なことですが、これが、最大の収穫であったと自分では思います。

このように、自分が瞑想から享受した大きな恵みを、より多くの人と分かち合いたいと思い、無料(というか有志寄付による)瞑想会を始めたのが2014年初頭の頃です。

当初はロサンゼルス界隈の日系コミュニティをターゲットとして始めました。先に述べたように、日本には「仏教」という伝統がありながら、それでいて「瞑想」に対して違和感や戸惑いを感じる人が多いと思ったからです。できるだけ多くの人に、「瞑想」に親しんでもらうというのが目標でした。

大きなグループではありませんでしたが、3人から5人くらいが毎回集まってくれるようになりました。毎週土曜の朝、「心の平穏を求めて生きる」「一人の心の平穏は、世界平和につながる」という共通した思いをもった人たちと60分間を共に過ごすことはとても楽しいことでした。

しかし、壁にもぶち当たりました。「瞑想」に対する見解の相違です。

まずはじめに言っておくと、私は、「瞑想」には「正しいやり方」などなく、個人の体験がすべてだ、と思っています。「瞑想」に入りやすいこつやプロセスをアドバイスしたり、環境をつくったりすることはできても、毎回の瞑想で個人がどんな体験をするか、あるいはどんな収穫があるか、は人それぞれであって、それをコントロールしたり、評価したりするのは私の力の及ぶところではありません。

グループの中に、「瞑想とはどんなものか」を究明したいと真剣に取り組んでいる男性がいて、毎回、「どこか、ピンとこない」というモヤモヤしたものを抱えて悩んでおられました。

かたや、同じグループの中に、とても瞑想慣れした方がいらっしゃって、「瞑想をすると頭の中が空っぽになり、無の境地に到達する」「瞑想とはとても気持ちの良いものだ」と毎回仰っていました。そのように、自分の体験を表現すること自体には何の問題もないのですが、私は先述の男の方に、「無の境地に達してこそ瞑想だ」「瞑想とは気持ちの良いものだ」という凝り固まった概念を持たせることだけは避けたいと思っていました。とても多くの人が、「無の境地に達することができないから」「ふわふわとした気持ちのよいところに行けないから」自分は瞑想に失敗したと思い、瞑想をあきらめてしまうのを見ていたからです。

そうではなくて、それが何であれ、「自分の真実に近づくこと」「日々、自分の心模様や身体の快・不快感を確認すること」が瞑想だと私は思っています。ですから、瞑想の体験は人によって違うし、日によっても、安らかな時もあれば、自分の中の怒りに気づいてぎょっとすることもあり、また、抑え込んでいた悲しみに気づいて突然涙があふれ出す時もあるのです。

「これが瞑想」という形はないとしても、「風もない水面のように、静かに、澄んだ気持ちで、自分や世界や周囲の人たちを眺める」という状況に自分を持っていくための、最も効果的な方法は何か、と私は昼夜考えるようになりました。

多くの人にとって、ただ座っている、というのはつらいものです。瞑想初心者の時、私がやっていた瞑想はレイキの瞑想でした。静かに呼吸をしながら、手を自分の身体のいろいろな部分にあてて、快・不快などのいろいろな感情や感覚の有無を測っていくのです。何らかの確固たる目的や「仕事」を自分に課すことによって、知的な思考から自分を遠ざけつつも、「自己認識」や「気づき」を高めていける、効果的な方法であったと思います。

先ほど話に出てきた男の方は、ランナーでもありました。私は、走ることも瞑想になりえる、とその方にお話しました。実際、生活の中のすべてのことは瞑想になりえます。歩くことも、食べることも、料理も、掃除も、「今、ここにある」ことに注意を向け、自己認識や気づきを高めることはすべて瞑想なのです。

どうしてもじっと座っていられない、気が散ってしかたがない、という人たちにとって、どんなアプローチがベストなのか。どうやったら瞑想から最大の効果を得ることができるのか。その方法を考えることが私にとって大きな課題となりました。

クンダリーニ・ヨガに出会ったのは、その頃でした。

クンダリーニ・ヨガでは、呼吸法と合わせて、長時間にわたってひとつの動作を繰り返したり、ひとつのポーズをホールドしたりします。それが、神経系統やホルモンの分泌器官を刺激し、健康促進につながるのですが、それとは別に、いわば「動く瞑想」のような効果をもたらすと私は思っています。

クンダリーニ・ヨガのインストラクターになる前でしたが、先述の男性を招いて、最後に行った瞑想会で、私は、クンダリーニ・ヨガの動きをいくつか取り入れてみました。

瞑想会の終わりに感想を聞くと、それまで、「あまりピンとこない」の一点張りだったその人が、「なんだか、わかってきたような気がします」と言ってくれたのです。何か月も悩んでいただけに、とても嬉しかったです。

クンダリーニ・ヨガのクラスは、「クリヤ」と呼ばれる一連のエクササイズの後に、必ず瞑想を行ってから締めくくります。8月のワークショップでも、お家で簡単にできる、5分から10分の瞑想を皆さんと一緒にやってみたいと思っています。

クンダリーニ・ヨガの師範であり、西洋医学のドクターでもあるダーマ・シン・カルサ医師は、著書『薬としての瞑想(Meditation as Medicine)』の中で、瞑想の効用を次のようにあげています。

○ストレス解消 、○視力・聴力維持、○血圧改善、○心臓疾患予防、○老化防止(DHEAホルモンの促進)、○快眠促進、○慢性痛の軽減

あまりいいことばかり書いてあると、眉唾モノのように感じるかもしれませんが、だまされたと思って、ぜひ、試してみてください!

私も瞑想を始めたころは、毎朝、オフィスに行く前に、仕事場の駐車場に車を停めて、5分から10分の短い瞑想をしていました。それだけでも、一日を始めるうえでの気持ちが違うのです。

【誰にでもできる簡単な呼吸(瞑想)法】

背筋を伸ばして座ってください。いわゆる「あぐら」をかくような座り方か、もしそれが痛みを伴うようなら、なんでも自分に合った姿勢を見つけてください。椅子に座っても構いません。

背筋は伸びていますが、身体から力を抜いてできるだけリラックスします。両手は手のひらを上に向けてひざに置きます。目は閉じて、眉毛の中間点あたり(第三の目)に視点を集中します。

ゆっくりと時間をかけて、鼻から息を吸ったり吐いたりします。身体の中に、鎖骨のすぐ下のエリア、胸のエリア、下腹のエリアという三つの部屋があるとイメージしてください。息を吸う時には、下腹の部屋がまず膨らみます。胸、鎖骨の下という具合に順に空気が満たしていきます。

もうこれ以上吸えないと思ったら、今度は息を吐いていきます。まず、鎖骨のすぐ下から空気が抜けていきます。そして胸、下腹という順番で空になっていきます。もうこれ以上吐く息がないというところまで完全にからっぽにしたら、また、息を吸うシークエンスを始めます。

息を吸ったり吐いたりを好きな時間だけ続けます。好きな音楽、ゆったりとしてリラックスできる音楽をかけるのもいいかもしれません。音楽に合わせて、瞑想の時間を調整できます。

ぜひ試してみて、感想を聞かせてくださいね!

★日本でのワークショップまで、あと二か月★

8月22日(土)広島、23日(日)/24日(月)鹿児島、30日(日)大阪 の予定です。皆さんにお会いできるのを楽しみにしております!