超AI時代と50歳からの勉強のゴール設定について考える

先日会った同年代(アラフィフ)の友だちが、某国家試験を受けるために専門学校に通い勉強中なのだけど記憶するのがとにかく大変だと話していた。

学校の同級生は、高校や大学卒業後に入学してくる20代前半だけではなく30〜50代の人もいるらしいけれど、一緒に勉強していると20代との記憶力の違いをヒシヒシと感じるらしい。

「一度覚えたこと」が例えば100あったら、20代はひと月後でも90は覚えているけど、40代だと半分を忘れてしまっている、という感じだろうか?

私もその感覚すごいわかるのでウンウンと頷いてしまった。

だから覚えたと思っても絶対あとで忘れるから、その後も何度も何度も反復しないといけないと。うーん、大変そう。

私も最近はドラクエ11をやりながらさっきの町で受けたクエストの場所をもう忘れてしまっていたりと、記憶力ほんと衰えてるなぁとつくづく感じますもの。…例えがゲームで申し訳ない。

ゲームといえば久しぶりの野球観戦でベイスターズがサヨナラ勝ちで大興奮!

そういえば四十路からウェブデザイナーになったのだった

そういえば、自分がウェブの勉強をはじめたのは40を過ぎてからだった。

36歳の時に長く働いていたアパレルの仕事を辞めたものの、自分が今後販売職以外でできることややりたいことが全く見つけられなかった。一応デザイン系の専門学校を卒業して4年半ほどはグラフィックデザイナーとして働いていた経験があったため、もう一度そっち系で働けないかな?と思ったのが始まりだった。

デザインはパソコンで作る時代になっていたのでパソコンスクールに通ってPhotoshopとIllustratorの使い方を学んだ。そしてたまたま入った家電量販店でポップ製作者募集の求人を見たので応募したらなんと雇ってもらうことができた。販売経験があったことがよかった。

しかし2年後、リーマンショック不景気もあって会社が横浜から撤退したため失業。

デザイナーの求人が少ない中でもさらにないアラフォー需要。しかしウェブデザインでの求人は多めだったので、どうせ失業中でヒマだし勉強してみようと思って再びパソコンスクールの、今度は「HTML+CSS講座」に通ったのだった。

PhotoshopやIllustratorはいわばツールの操作なので作品を作るうちに自然と覚えるので苦ではなかったのだけど、HTMLはもっと「勉強」に近かった。まずはいろいろ頭に記憶させなくてはならない。ただ、パソコンスクールで教わるのは基礎だけなので当時の脳の容量でもなんとかなり、講座終了時には簡単な静的サイトが作れるようになった。

その後職業訓練校にも通い、出会った先生からの紹介や、自分でWordPressで作ったこのブログや、あちこちの勉強先で出会った人たちから仕事につながる縁が生まれ、細々ながらこの仕事でやっていけるようになったけれど、業界のことをなにも知らなかったから逆にやろうと思えて、結果やってこれたんだろうなと思う。知らないってある意味強い。

今は途切れなく仕事をいただくことができてありがたい限りですが、「勉強」との付き合いは常に変化し進化していくウェブ制作をしていく以上、こちらも途切れるわけには行きません。

新しい仕事のたびに新しいことを覚える必要ができて、自分の脳の容量の限界を感じることも最近は多いです。それが楽しくもあるのですが・・・。

夏らしい写真を…しかしこの日はこのあと超ゲリラ雷雨。

脳のメモリーはもういっぱいなので外付けハードディスクが不可欠

私がウェブ制作をするにあたって使うツールで絶対不可欠なのはパソコンです。いやそれはあたりまえですがw何よりも「ググれること」の重要性がとんでもなく大きい。

パソコンがネットに繋がらなくなったり、自分のこれまでの作業が詰まったフォルダにアクセスできなくなったらもう仕事ができません。

なぜなら私がウェブ制作で必要な知識の多くは、私の脳内ではなく過去の作業フォルダとネットの中にあるから。

HTMLとCSSは頭に入っているけれどイマドキのサイトはそれだけでは作れない。WordPressもそうで一定以上のカスタマイズにはプログラミングの知識が不可欠。でも悲しいことに私の脳の容量にはそれが入るほどの空きがもう無かった。

しかし・・・(なんとかそれでも)やってこれている。

それはネットの海の中に神々(偉大なる先人たち)が残してくれたコードがたくさんあるから。自分で書けるスキルがなくても(あるに越したことはないけど)探すスキルさえ身につけばなんとかなるのだ。

もちろんその分人より時間はかかるし、アレンジするのは難しいし、そのコードが本当に最適か(古い書き方じゃないか)どうかなど気をつけなくてはならないことがいっぱい出てくるし、越えられない限界もある。

でも、できなくはないのだ。

適切な情報に精度良くアクセスできるググり力と、そこから最適なものを選べる力と、自分の今まで制作したものの過去フォルダ(過去のデータベース)のインデックスが脳内にあればなんとかなる。(でも自分で書けるに越したことはないけど)

今からプログラミングコードを自分でスラスラ書けるようになるために必要な勉強時間と脳内のメモリ残量を考えると、それよりかは必要な情報をすぐに引き出したり探せたりするフックを増やしていくという選択肢もあることに気がついたのだ。(でも自分で書けるに越したことはないけど)

資格試験などはその出題範囲自体が「(最低限覚える)基礎」なので、ちゃんとアタマで記憶しないといけないのだろうけれど、今はパソコン使う仕事でググってはいけないことなんてほぼないと思うので。

AI時代には試験のあり方や勉強の仕方も変わっていく

先日こんなニュースがありました。

受験生が心配なく持ち込める文字なし文具

文字なし「モノ消しゴム」発売 受験生が心配なく持ち込める文字なし文具 | 株式会社 トンボ鉛筆より画像引用

株式会社トンボ鉛筆(本社・東京都北区、社長・小川晃弘)は、青白黒のモノストライプのみの文字なしモノ消しゴムを8月18日に、全国の文房具店と文具コーナーで発売します。

試験会場での所持品や服等に文章や英文字等がプリントされたものを制限する表記が受験上の注意(センター試験)にあることから、文房具選びで苦慮している受験生に対応しました。

文字なし「モノ消しゴム」発売 受験生が心配なく持ち込める文字なし文具 | 株式会社 トンボ鉛筆よりテキスト引用

この記事は、ロゴがなくてもカラー配色だけで「MONO」だとわかる、すごい!という文脈で多くシェアされていたんだけど、私は「MONO」の文字さえも試験会場で制限されるのか〜とそっちに少し驚いてしまった。

だって窓の外を見れば英字の看板はあるし、Tシャツには英字のロゴが入ってるし、私が今使っているボールペンにだって「JET STREAM」の文字が入っている。文字入り全部NGなんて可能なのかな?どうなんだろう?イマドキの受験事情全く知らないのでわからぬ。

もちろん大抵の試験には参考書やノートの持ち込みはできないだろう。スマホはテスト中は没収されるのだろうか?

受験者はあたりまえにスマホを使いこなす世代なのに、試験ってまだこんなアナログな状態なんだなぁ。

山下公園の氷川丸。夏空が似合いますね!

私の通っていた高校には簿記の授業があって、3級から検定試験を受けるのだけどその時は計算に「そろばん」を使わなくてはならなかった、という話をアラサーの人にしたら大ウケしたことがある。

自分も変だと思ってた。実際電卓持ち込みはOKだったのだ。でも昔の商業高校には珠算科目もあったので電卓を使うなんてとんでもない!みたいな「空気」があった。当時でもすでにそろばん使ってる一般企業なんてなかったと思うんだけどね。

そんなことを思い出してしまう消しゴムの話題だった。

またこんな記事も読んだ

ここで面白いことを彼から聞きました。
「センター試験で参考書持ち込みになる日も近い」

とある事情通からの入手情報のようです。

理由です。
ITの発達で、人はどんどん知識レベルが上がっています。
なんと現代、1日間で生み出される知識量は、
人類が誕生してから今日までの46億年の知識蓄積量を超えるそう。

つまり、
現代人が求められている力は、
知識を生み出したり、記憶する力ではなく、
日々誕生する多くの知識を使って
変則的にカスタマイズする、応用する力である。

センター試験で教科書持ち込み可能に。 | 株式会社Gifted│営業組織のスキルシェアに。組織改善「ビジネスドリル」より引用

本文中に日付がないのでいつの記事かは不明ですが、「センター試験に参考書持ち込みになる日が近い」って本当ですかね?でもいつかはきっとそうならざるをえないでしょう。もはや時代は消しゴムからロゴを外してる場合じゃないと思うのです。

「現代人が求められている力は、知識を生み出したり、記憶する力ではなく、日々誕生する多くの知識を使って変則的にカスタマイズする、応用する力である。」

昔と違って今はとにかく情報が多すぎる。大切なのはまるごと覚える力よりも、そこにいけば必要な情報があるという場所への「フック」を作る力ではないかなと。

「フック」というのは私が考えたのではなくて、この本から得たものです。

超AI時代の生存戦略 落合 陽一 (著)

あらゆるものを「ググればわかる」というレベルの状態で頭の中に保持しておく知識の付け方がすごく重要だ。そのためには「一度は自分で解いてみたことがある」という状態がベストで、「ただ、頻繁には使用していないから、あまり詳しいことはわからないんだけど…」という状態が実は理想なのだ。

専門的なことは一度全て大学で習ったり、専門書を読んだりしたことはあるけれど、完全には覚えていない、というフックがかかった状態を目指そう。

僕が大学1年生のときに、大学の先生に言われたことも、「大学で一度フックを付けた知識は、研究で使うようになると、調べればすぐわかるから」ということだ。

超AI時代の生存戦略 落合陽一 (著)より引用

自分は今まで、仕事でこの状態であることを「もう遅い」「ちょっと残念」的に思っていたのだけど、実はそれでもいいんじゃない?と思える一文でした。

もちろん自分が今20代だったら脳内に叩き込む勉強をするべきだけど、残念ながらもうアラフィフなのだ。エラーを繰り返しながら脳内に何度も情報インストールするよりも、外付けハードディスクを増やしてインデックスだけを頭に入れることに専念したほうがきっと効率が良いのだ。

ウェブ系の人、特にプログラマーさんは優秀な人ほどそういえばググる力も高い。しかも基礎学力が高いのでアクセス先が英語ページでもその内容が理解できる。さすがにアカデミックな学習を経験している人はみんな調べる能力が高いです。

特にグローバルな情報を得るためには英語力は必須だと思う。実際に外国人と話せる会話力が大事という人もいるけれど、受験に必要な単語(しけ単って今もあるのだろうか)程度は九九並に暗記してないと大人になってからの勉強のときに詰む。

…となると私にはもう一度生まれ変わるしか道はないような話になってきますが(悲)、とりあえず現世でこれからもこの仕事をやっていくために必要な勉強の方向性はわかってきました。

必要な情報にすぐにアクセスできる力と、情報を見極め自分の頭で判断できる力。

さっきの友人は「20代は記憶力はいいけれど読解力はまだ弱かったりするので、問題の文章がよくわからなくて答えを間違えることが多い」と話していました。

なるほど〜アラフィフも負けっぱなしというわけではないのだ(勝負するものではないけれどね)

アラフィフからの勉強、いろいろ大変だけどやりかたはひとつじゃなくっていろいろ。ゴールもいろいろ。柔軟にチャレンジしていきたいと思うのでした。

紹介したリンク

紹介した本


Originally published at Rucca*Lusikka.

Rucca(るっか)

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大関留美子です。趣味はノート術。モノ書けば書くほどに欲望が整理され人生が自由自在になるのだ。 ルッカ*ルシカ管理人/フリーランス/ブログ/ライター/web/デザイン/WordPress/ウェブ解析/スマートノート/ノート術/旅行/猫/横浜/フィギュアスケート/日本の城(&石垣)/真田丸

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