遠くに存在する(勝手に)慕わしい人が「いない」世界になった。

今年もあっという間に11月になってしまった。

月初めにウィルス性の胃腸炎になってしまい、どんなに体調が悪くても食欲だけは落とさなかった自分が何も食べられなくなるという珍しい事態になるも、早めに病院に行き点滴を打ってもらえたおかげで悪化することなく順調に回復。

週明けよりやっと仕事に復帰でき、さらにその週末に予定していた福島への旅行を敢行するという無茶をしましたが、なんとか無事に旅も終えて日常に戻ることができました。

ふう。

そろそろ年末の声も聞こえ始め、これからどんどん慌ただしくなっていきそうです。風邪も流行るしインフルエンザも流行るしノロにも注意が必要なシーズンです。皆さまくれぐれもご自愛下さいませ。

写真は福島旅行のもの。二本松城からの紅葉。

写真は福島旅行のもの。二本松城からの紅葉。

慌ただしくなる前に、少し考えたいことがあって。

いつもはある程度ブログに書くことを前もってノートでまとめておくのですが、今回はいったん貯めずにそのまま書こうと思う。そしてたぶん書き終わっても推敲せずこのまま投稿する。

11月は喪中のはがきを受け取る季節でもあるけど、私の世代になると親が亡くなったというはがきが増えてくる。また、少し年上の友人の訃報も今年は聞いた。

けっこうそれは心に堪える。身近な友人だけではなく、面識のない著名人とかでも。

昨日の雨宮まみさんの訃報はとてもショックだった。

彼女の著書は全部読む、という熱烈なファンではなかったけど、彼女の文章がとても好きだった。

どうしてあんなに真摯に、自らをさらけ出しながらも露悪的ではなくナルシシズムの欠片もなく、誠実な優しさに溢れた文章が書けるのだろう。

雨宮さんの文章はきっぱりしながらも根っこがとても優しい。心の深いところに刺さって響くのだ。

これからもずっと折々に、彼女の新しい文章が読める日が続いていくと、なんの疑いもなく思っていた。

それがもう明日からはないのだ。

今年の7月に亡くなった友人のFacebookが、アカウントがありながらももう二度と更新されないように。アメリカに住んでいた友人からのクリスマスカードがもう二度と届かないように。

私の世界が彼らがいない世界に変わっていく。おそらくこういうことがこれから多くなっていくのだろう。

受け入れるしかできないんだ。

そして慣れていってしまうんだ。

彼女の文章が好きなら本屋さんでもっと書籍を購入すればよかった、Twitterで「応援してます」とか伝えればよかった。そんなことを考えてしまう。

裏磐梯の五色沼の紅葉。雨でしたが美しかったです。

裏磐梯の五色沼の紅葉。雨でしたが美しかったです。

私はまだ本当に身近な人の死は知らない。父は亡くなっているけどそれは半分当事者のようなものでまた違う。

母は最近は無性に子どものころの友達に会いたいと思うことがあるという。戦争中長野に疎開したときに「東京っ子」と言われいじめられ、同じく東京から疎開してきた女の子と仲良くなりいつも二人で遊んでいた。

あの子に今、とても会いたいと。行方も知らないのに。

私も転校する前の小学校の時の友だちに会いたいと思うことはあった。しかしここまで遠くはなれてしまうと会っても何を話していいのかわからないかもしれない。母の歳になればそんな風に会いたいと思うのだろうか?

遠く離れてすでに接点もなく行方も知れない幼友だちがいる、というのはもしかしたら今の30代までかも。そ

れより若い世代は交流は絶えていてもSNSでのつながりが残るから、ひとつの別れが「永遠の別れ」という意識は薄れていくかもしれない。結果的に永遠の別れになってしまったとしても。

そんな遠くなった友達のことを「今何してるだろう?」と考えたり、亡くなった友達に対して「どんな思いを持っていたのだろう?」と考える時間は、今生きて交流のある友達の、今日のお昼ごはんや猫の写真に上書きされていく。

SNSを全くやらない母は、彼らを思うひとりの時間がたくさんあるのだ。

私が母の年齢になったときに。そんな時間はあるだろうか?

遠くにいるけど慕わしいと思ってる人が「いまここ、どこか」にいる世界から、いない世界になってしまった。

その境目にいて、また日常に埋まっていく前に、世界が少し変わったことについて考える時間を持ちたい。

そんな思いで今日は書いた。

生き残って私たちはまた会う。必ず。絶対なんてない人生だけど、約束ぐらいはしたっていいんじゃないか。どんなことでも、生き残っていれば、いずれ、たいしたことのないことに変わっていく。何度でも、追いかけて、深追いして、傷ついて、いずれそんなことをしなくても別の情熱が、健全な情熱が生まれるのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。書けなくなるのかもしれない。そのどれが幸せで、そのどれが不幸かなんて、他人に決めさせてやるものか。私が決めることだ。
40歳は、80歳まで生きると仮定したら、ちょうど折り返し地点になる。生きていることは、当たり前じゃない。だから私たちは何度でも誰かと約束を交わし、相手と生きて再び会えることを祈る。

WEB連載 : 40歳がくる! 雨宮まみ vol12より引用

生きていることは、当たり前じゃない。

そう祈って生きていきたいと思う。


Originally published at Rucca*Lusikka.

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