OPEN DESIGN LAB. #0

に参加(登壇)。僕のLTは最近トライしている「議論の可視化」を紹介。そして、その行為自体を所謂「グラレコ(Graphic recording)」ではなく、「ビジュアライジング・メモ(Visualizing Memo)」と呼んでみたのですが、理由としては「議事録の可視化」とは一線を引いてみたかったのです。それが正しいのかどうかは、まだ分かりません(が、単純に普段の打ち合わせでやってるようなことを紹介した感じであります)。途中、矢崎さんと会話した際生まれた「余白メモ」って呼び方も良いかもしれないですね。

Graphic recording?

個人的な印象ですが、グラレコって、今までの議事録になかった、場の空気であったり、参加者の表情、感情、が、わかりやすく付加することができるのがオモシロイ所だなと思うので、発言内容のまとめ図も良いとは思いますが、発言のタイムラインに対して、参加者がどう絡み絡まなかったのか?その辺りの可視化に(参加者たちと議論の絡み具合に)特化していくと、より面白いのでは無いだろうか?って思いました。

Visualizing Memo?

それに対して、ビジュアライジング・メモ(ビジュメモって略すと変だよねw)は、発言内容と発言された時間という二次元的な視点に加え、情報量に奥行きあるレイヤー感を持たせることで、議論を三次元的な立体的な表現にトライしているので、議論を振り返ると云うよりも議論に没入させるようなイメージです。この三次元的なメモの仕方は、普段の手書きではなくイラレを使っているからできる部分が、大きいですね。


前者は場で起きたことを知るためのものであり、後者は場で起きたことを考えるためのものである。必要に応じて使い分ければ良いのではないだろうか。それもあって、あえてグラレコとは名称を変えた次第。

ただ、どちらもリアルタイムで制作しつつも、議論の後に振り返ってみて意味をなすようなモノですよね。リアルタイムで作成しながら、随時共有していくようなファシリテーション的な役割を担うには至らないのかな。至るようにするには、さらに高度な技術が要求される。


最終的にどちらもアプローチとアウトプットを特化していくと、まずは専用アプリが作られたり、さらにはAIにより自動化されていきそうな気がする。しかし、その過程において、それぞれの切り口で先鋭化された状態で、再度融合させることもできるんじゃないでしょかね。制作者は、グラレコ、ビジュメモ、それぞれの特徴と長所を理解した上でトライすることが大切であるし、従来の全文書き起こしとのように何もかも記録していくのではないのだから、何を残すのかを明確にして作ることが大事ではないだろうか。