認知心理学を探る Vol. 1

Takahiro Hasegawa
Feb 18 · 13 min read

はじめに

この記事はDaniel Kahneman(ダニエル・カーネマン)著『Thinking, Fast and Slow(邦題:ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?)』に依拠し、認知心理学の知見をまとめたものである。

著書のまとめにとどまらず、実験の過程や概念の関係性を図解や動画を用いて説明する。

ここでは実験内容と要点のみを扱うため、詳細は著書を参照されたい。

Daniel Kahneman

リンク

2つの思考モード

人間には、「速い思考」と「遅い思考」の2つのシステムが存在する。

  • 速い思考:無意識のうちに思い浮かんでしまう
    (例:聞こえた音の方向を感知する・相手の表情から怒りを察知する・文章を理解する)
  • 遅い思考:順序立てて考え、途中経過を記憶するなど、知的努力を要する
    (例:合図に合わせる・白髪の女性を探す・歩く速度を速いまま維持する・1ページに登場するaの個数を数える)

Keith E. Stanovich(キース・スタノビッチ)とRichard F. West(リチャード・ウェスト)は、速い思考を「システム1」、遅い思考を「システム2」と命名した。

(Keith E. Stanovich and Richard F. West, “Individual Difference in Reasoning: Implications for the Rationality Debate,” Behavioral and Brain Science 23 (2000): 645–65)

(左)Keith E. Stanovich(右)Richard F. West

システム1

  • 自動的に高速で働く
  • 努力はほとんど必要無い
  • 意識的にコントロールしている感覚が一切無い
  • 特定の状況で系統的に生じるバイアスがある
  • スイッチをオフにすることができない
  • 長年の訓練により習得し、高速・自動的に行える

システム2

  • 困難な知的活動に注意を割り当てる
  • 通常は自動化されている注意や記憶の機能を調整する
  • 意思を持って選択・行動する、意識的で論理的な自己を認識する
  • システム1の衝動を抑え、セルフコントロールを担う

システム1↔︎システム2

  • システム1が印象・直感・意志・感触を絶えず生み出し、
    システム2に供給する
  • システム2の検証後、
    印象・直感は確信に変わり、衝動は意志的な行動に変わる
  • 多くの場合、システム2の修正はほとんど無い
    =直感が正しいという感覚を持つ
  • システム1で処理できないような想定外・突然の出来事に対し、
    システム2が動員される
  • システム2が考えたり行動したりすることの大半は、
    システム1に由来する
  • システム1が困難に陥ると、
    システム2が主導権を握る
  • システム2がたいてい最終的な決定権を持つ

システム1 vs システム2

  • Stroop effect(ストループ効果)
    それぞれ意味の異なる刺激が同時に呈示されると、刺激に反応するまでに時間が多くかかる現象( より引用)
    システム1の自動反応を、システム2が抑制する役割を果たす
ストループ効果の古典的な実験
  • Illusion(錯覚)
    システム2が錯覚であることを学習したとしても、システム1が錯覚に陥ることを止められない
Müller-Lyer illusion(ミューラー・リヤー錯視)より引用

ここからは、まずシステム2の特徴を示し、次回以降でシステム1に由来するバイアスとヒューリスティックとを解説していく。

知的努力の分配

まず、Daniel Simons(ダニエル・シモンズ)とChristopher Chabris(クリストファー・チャブリス)による有名な実験を紹介する。
以下の動画で、白シャツを着ているチームが何回パスをしたかを数えていただきたい。

selective attention test. 2004年にイグ・ノーベル賞を受賞

(Daniel J Simons, Christopher F Chabris, ”Gorillas in our midst: sustained inattentional blindness for dynamic events,” Perception (1999) Vol. 28: 1059–74)

知的努力の限界

システム2の知的努力が過負荷のときに、最重要の活動に必要な注意力を確保する。そのため、余剰の注意力が無い場合、他のことに注意を向けることはできない。

2種類の努力

努力には「認知的努力」と「セルフコントロール」の2種類が存在する。

タスクに集中する認知的努力には、その集中を維持する注意力の意識的なコントロールも必要である。

したがって、システム2は、思考だけでなく、それを継続するセルフコントロールにも努力のリソースを割く必要がある。

システム2が認知的努力に忙殺されると、セルフコントロールに配分される注意力が減少し、システム1の衝動がそのまま行動となって現れる。

  • 利己的な選択・挑発的な言葉遣い・表面的な判断

自我消耗(ego depletion)

強い意志やセルフコントロールの努力を続けることで、セルフコントロールをしたくなくなる・うまくいかなくなること。

Roy F. Baumeister(ロイ・バイマウスター)らの実験により、認知的・感情的・身体的なあらゆる自発的な努力は、メンタルエネルギーの共有プールを使用していることが示された。

Roy F. Baumeister

したがって、感情を抑えると筋力が発揮できないなど、認知的・感情的・身体的な努力が同時に消耗する。

このメンタルエネルギーの源はブドウ糖であり、自我消耗に陥った際にブドウ糖を補給することで、セルフコントロールはある程度回復する。

自我消耗に対しては、インセンティブを与えることでその影響に抵抗できるが、認知的努力に対しては、インセンティブは効果がない。

(Matthew T. Gailliot and and Roy F. Baumeister, “The Physiology of Willpower: Linking Blood Glucose to Self-Control,” Personality and Social Psychology Review 11 (2007):303–27)

フロー

  • まったく努力しなくても極度に集中でき、時が経つのも、自分自身のことも、あれこれの問題も全て忘れてしまう状態
  • Mihaly Csikszentmihalyi(ミハイ・チクセントミハイ)は、この状態をフローと命名し、最適経験と呼ぶ
Mihaly Csikszentmihalyi
  • フロー状態では、注意力のセルフコントロールが不要であり、努力の余分なリソースをタスクへの集中に回せる

(Mihaly Csikszentmihalyi, Flow: The Psychology of Optimal Experience (New York: Harper, 1990))

最小努力の法則

ある目標を達成する複数の方法のうち、最終的に最も少ない努力で済む方法を選ぶこと。

肉体的労力だけでなく、認知能力にも当てはまる。
つまり、習熟というコストを払うことで、あるタスクに必要な知的努力を減少させ、脳の活動も低減させることができ、最小努力を達成する。

Daniel Kahneman(ダニエル・カーネマン)とShane Frederick(シェーン・フレデリック)は、システム2がどの程度厳しくシステム1の提案を検証しているかを研究した。

Shane Frederick

その結果、認知的努力をすれば正答できる問題に対しても、最小努力の法則が働き、システム1の直感を許して間違える傾向があることが判明した。

バットとボールは合わせて1ドル10セントです。
バットはボールより1ドル高いです。
ではボールはいくらでしょう?

すべてのバラは花である。
一部の花はすぐにしおれる。
したがって、一部のバラはすぐにしおれる。
この三段論法は正しいか?

ミシガン州では1年間に何件くらい殺人が発生するでしょうか?

以上の3つの問題は、システム2がシステム1の直感を棄却し、再度詳細に分析したり記憶を探索したりすれば正解できる。
(ミシガン州には犯罪率の高いデトロイトがある)

一部の回答者は注意深く、直感に対して懐疑的である一方で、システム2の検証が乏しく、システム1の直感を採用してしまう人が多く存在した。

(Shane Frederick, “Cognitive Reflection and Decision Making,” Journal of Economic Perspectives 19 (2005): 25–42)

知的能力とセルフコントロールの関係

The Marshmallow Test(マシュマロ実験)

Walter Mischel(ウォルター・ミシェル)らは、子供のセルフコントロールと、将来の知的能力の相関を発見した。

Walter Mischel

実験において、子供たちは目の前にある1つのマシュマロを食べずに15分間我慢すれば、さらにもう1つのマシュマロを得られるという条件で、部屋に一人で残される。

The Marshmallow Test

4歳の時点でセルフコントロールを示した子供は、

  • 認知的タスクにおいて実行制御能力(タスク設定を導入し、完了する能力)が比較的高い
  • 麻薬などに手を出しにくい
  • 知能点数で高い得点を取る

といった傾向を示すことが判明した。

(Walter Mischel, “Processes in Delay of Gratification,” in Advanced in Experimental Social Psychology, Vol. 7)

テレビゲームと知能

オレゴン大学の研究チームは、4〜6歳児に対し、注意力とコントロールを必要とするテレビゲームをやらせた結果、

  • 実行制御能力が高まる
  • 非言語知能テストの成績も向上する
  • これらの効果が数ヶ月持続する

ことが判明した。

(M. Rosario Rueda et al., “Training, Maturation, and Genetic Influences on the Development of Executive Attention,” PNAS 102 (2005): 14931–36)

システム2に存在する知性と合理性

2つのシステムの名付け親であるKeith E. Stanovich(キース・スタノビッチ)は、システム2の検証力に差があることに対し、「知性」と「合理性」を分離することで説明を試みた。

彼は、システム2を2つの回路に区別する。

第一の回路は、遅い思考と複雑な計算を担い、知能テストの点数や、タスクの転換を効率よく行う。

第二の回路は、合理的な判断を担い、システム2の注意力が高く、システム1の直感に対して懐疑的である。

これにより、彼は知性と合理性の峻別を提案した。

(Maggie E. Toplak, Richard F. West, and Keith E. Stanovich, “The Cognitive Reflection Test as a Predictor of Performance on Heuristics-and-Biases Tasks,” Memory & Cognition (in press))

知的努力と瞳孔拡大

Eckhard H. Hess(エッカード・ヘス)は、美しい自然目にすると、瞳孔が拡大することを発見した。

Eckhard H. Hess
瞳孔の拡大・縮小 より引用

さらに、瞳孔の拡大した人物の方が魅力的に見える傾向も示された。

(Eckhard H. Hess, ”Attitude and Pupil Size,” Scientific American 212 (1965): 46–54)

a. よりb. のほうが魅力的に感じやすい

それだけでなく、瞳孔拡大は知的努力のバロメーターになることも判明した。

Daniel Kahneman(ダニエル・カーネマン)らは、この研究を発展させ、知的努力を要するタスクの難易度に応じて、瞳孔拡大の反応が逆V字を描くことを発見した。

すなわち、タスクが難しくなるほど瞳孔の拡大率は大きくなるが、とうてい不可能な難易度に達すると、挑戦を諦め瞳孔は拡大しなくなる。

しかし、日常会話程度の知的努力では、瞳孔は全く拡大しない。

( Daniel Kahneman et al., “Pupillary, Heart Rate, and Skin Resistance Changes During a Mental Task,” Journal of Experimental Psychology 79 (1969): 164–67)

次回予告

今回のシステム1・システム2の概説を踏まえて、プライミング効果・認知容易性・因果関係の当てはめ・ハロー効果など、無自覚なシステム1の特徴を説明する。

Takahiro Hasegawa

Written by

The University of Tokyo: 東京大学工学部計数工学科. Note: https://note.mu/takahiro_hase

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