京大学際センター・宮野公樹が問う、ビジネスとアカデミアをつなぐ場のつくり方

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STEAM人材の育成に注力するVEIL SHIBUYA(以下、VEIL)では、一般社団法人STEAM Associationの協力のもと、コミュニティづくりを行っている。同団体の代表理事を務める京都大学学際融合教育研究推進センター准教授の宮野公樹氏は、学問領域も大学の壁も超えてさまざまなアカデミアの知をつなげる取り組みを進めていることでも知られる。アカデミアにおける学際融合の最前線にいる宮野氏から、「越境」や「融合」が重要だと叫ばれるいまの社会はどう見えているのだろうか。果たして本当に領域横断など可能なのだろうか。宮野氏のインタビューから、さまざまな「壁」の超え方を考えていこう。

「書類上の正義」から逃れる

――宮野さんはなぜ一般社団法人STEAM Associationの取り組みを始められたのでしょうか?

大前提としてSTEAMは重要な考え方ではありますが、必ずしもこの概念を広めるためにSTEAM Associationを立ち上げたわけではありません。STEAMは看板であり手段であって、この考え方を通じて何を実現したいのか、本質を問う議論の場をつくりたかったんです。いまの社会を見ていても、本質を問う機会は非常に少なくて、みんな頭を使う機会が減ってきているのではないでしょうか。世の中を変えようとする取り組み自体は多いかもしれませんが、単に「SDGs」のようなお題目を掲げるだけで問題が解決されるわけではない。みんな「書類上の正義」だけを追いかけていて、表面を取り繕うことに躍起になっている。でも本来は自分が何をしたいか問うことが社会ともつながっていくわけで、STEAMも社会と自己を切り分けずに考えるためのきっかけになると思っています。

――問う力を身につけていくためにも、領域を問わない学際的な視点が重要となるのでしょうか。ただ、所属する組織や専門が異なる人同士が対話するのはときに困難でもありますよね。

まずは自分の信じるコンセプトをしっかり伝えて、共感する人が集まれる場をつくることでコミュニティが生まれます。これはコミュニティにフィルターをかけることでもありますが、単にオープンな場をつくって対話の場のデザインやワークショップを行うだけでは表面的な取り組みに終わってしまいがちですから。自分をさらけ出して場をつくりこんでいけば、自然とコミュニケーションは生まれていくものです。

――たしかにコミュニケーションを促進させたいからといって、マニュアル化されたワークショップを行っても仕方ないですよね。デザイン思考やアート思考が流行ったことで、みんなで2時間集まってポストイットにいろんなことを書くようなワークショップが増えましたが、とりあえず集まってみただけでは何の意味もない。口先だけのイノベーションにならないよう、きちんと意志をもった人が集まる場をつくらなければいけないのだな、と。

口だけならいくらでも良いことを言えるわけで、言っていることとやっていることの両方を見なければいけないですよね。言ったり思ったりするだけではどんどん感性が鈍ってしまうわけで、どんどん行動に移したほうがいい。もちろん行動に移すのは大変ですし自分の研究だけ考える方が楽かもしれませんが、実践した方が面白いし気持ちいいですからね。

学問の「迫力」を伝えるメディア

――都市を考えてみても「書類上の正義」が重視された結果、クリーンな街が増えているような気がします。他方で渋谷は有象無象が集まる場所であり、ほかの都市なら排除されてしまう異質な存在が許される場所でもある。そんな空間にアカデミアの人々も集まれる場所をつくれると面白そうです。

人の集め方にはふたつの方向性があると思います。ひとつは学ぼうとする人を集めること。単に場所があれば人が集まるものではないですし、同じ課題意識をもった人が集まれるお祭りのようなイベントをつくれるといいですよね。他方で、半ば強制的に人を集めることも重要です。近しい人とばかり集まっていると次第に自分を見つめる視点が抜け落ちていってしまいますから。どちらか一方ではなく両者を大事にすることで、さまざまな人が集まるコミュニティがつくれるのではないでしょうか。ぼく自身も自分でイベントを企画するだけではなくて、ほかの大学や企業が開いているイベントに参加するようにしています。とくにコロナ禍以降は大学がオンラインイベントを行うことも非常に多い。なかには面白くないものも多いのは事実ですが、そこで何がよくなかったのか問うことで自分の可能性を考えるようにしています。

――実際にイベントなどで話していると、相手の考えなども変わっていくものなんでしょうか。

ぼく自身は教えたり自分の意見を伝えたりするのではなく、常に問いかけるようにしています。よく「宮野さんの講演は棍棒で頭を殴られるようなものだ」と言われることがあるのですが、たとえ企業相手の場であっても自分を疑ってもらうような問いを重視していますね。無条件に自分のやっていることをよしとするのではなく、本当に意味があるのか問うようにしないと視座も高くなっていかないと思いますから。

――異なる分野の人と出会って話すことも、ある意味棍棒で頭を殴られるような刺激を得られるものですよね。ぼく自身もアカデミアの研究は非常に刺激的だと思う一方で、アカデミアの中で何が行われているかよくわからないがゆえに動きづらいこともあります。たとえばひとくちに「研究」といっても企業と出会うことで相乗効果が生まれるものもあれば、基礎研究など原理的なものを突き詰めているものもある。アカデミアとビジネス、社会をつなげていく難しさを感じます。

ぼくも企業の方々から声をかけていただく機会は多いのですが、うまくいくこともあれば失敗することも少なくありません。新規事業の担当者とは話が盛り上がっても経営層を説得することが難しいとか、企業内のコミュニケーションで躓いてしまうこともありますね。

――ぼくもかつて企業と大学をつなぐコンソーシアムを運営した経験があるのですが、企業とアカデミアの論理のズレに悩まされました。ビジネスサイドが研究を飼いならすのではなく、フラットにお互いがお互いを面白がれる状況をつくりたいんですよね。

そんな状況をつくるうえでも、STEAM Associationは組織も壁も越えた場所をつくろうとしています。ただ、すべての研究者が企業や社会とつながる姿勢をもっているかといえば、そうではありません。京大には3,000人の研究者がいますが、STEAM Associationのように領域横断的な議論をできる人はそれほど多くありません。いまぼくは若手や中堅の研究者とよく付き合っているので、時間をかければ状況も変わっていくはずだと信じています。

――論文の本数や研究の功績とは異なるやり方で学問の迫力を伝えられるような媒体があればムードも変わるかもしれないですね。論文の本数が重要だという話になると、みんな自分の研究に終始してしまうような気がします。

昨年ぼくが学際センター(京都大学学際融合教育研究推進センター)から刊行した雑誌『といとうとい』は、まさに分野を越えた学問の迫力を伝えるためにつくったものでした。『といとうとい』は分野やキャリアを問わず学際的な研究論文を掲載すると同時に、編集委員・識者との査読のやり取りを「対話」として収録することで、学際研究を育む場をつくろうとしています。専門的な論文だけが載るのではなく、なぜ自分がその研究を行うのか表明するテキストも載ることで「知」のあり方を見つめ直すきっかけを提供できたのではないかと思っています。

研究者から企業人への挑戦

――『といとうとい』もひとつのきっかけとしながら、渋谷でさまざまな組織と手を組みながら学問の中にあるアイデアをビジネスへと結晶化させることがVEILのミッションだなと感じました。

ぼくが企画して今年3月に行った「丸の内100人論文」も、学問とビジネスをつなげる場をつくるものでした。ぼくは8年前から京大で「京大100人論文」という企画を行っていて、学内の研究者に声をかけ、京都大学らしい先端的な研究テーマや、これから研究になるかもしれない芽を100近く掲示する展示をつくってきました。今回の「丸の内100人論文」は京大のみならずさまざまな大学や研究機関から論文を集めており、「私のこの研究、企業と共同研究できる?」というテーマを設けたんです。ビジネスパーソンが集まる場をつくって、研究者から企業人へ“挑戦”できたらいいな、と。単に研究を展示するのではなく、匿名で展示・コメントできるようにすることで、分野を越えた本音の意見交換を行う場が生まれました。

――面白いですね。どんな研究が集まるものなんでしょうか?

かなり多彩で面白いですよ。「色彩と性別を分けるって考え、いつ頃できたのでしょう?」「化粧はひとを幸せにするか?」「『街が醸し出す雰囲気の違い』はどこから生じるか?」「人工知能による差別は、何がどうして悪いのか?」など、テーマも方向性もさまざまです。会場では展示だけでなく「ブラタモリ」のようにぼくが企業人と一緒に話しながら展示を見ていくトークイベントや、地方創生と学問のコラボレーションを問うパネルディスカッションも実施しました。

――研究者のなかには研究内容を他人に伝えることが苦手な人もいる気がします。ビジネスパーソンにも伝わるような表現を考えるのも大変そうです。

そうですね。なので研究テーマの言葉遣いや説明テキストは、ぼくが徹底的に見ています。ともすると研究者の発表って説明的だったり専門的だったりして退屈なものになりがちですから。「研究者としての私の核心的な学術的問い」「その問いについてこれまで自分は何をしてきたか」「これからどんなことがしたいか/今抱える苦労や難点は何か」という3つの問いを研究者に投げ、了承を得たうえでぼくが文章を調整しました。テキスト一つひとつ見ていくのは手間のかかるプロセスでもあるんですが、ぼくが企画している以上、責任をもって面白くしていかなければいけないんです。

――企業から見れば才能発掘のような場になりますし、研究者も新たな刺激を得られそうです。VEILでもぜひ「丸の内100人論文」のような場をつくりたいですね。

この展示に参加することで、徹底的に何が自分の本分なのか問われることになりますからね。研究者のインタビューを読むと、たまに「世界を知りたいから」「自分を表現したいから」専門的な研究に取り組んでいると書かれていることがあって、一見深そうに思えるけど、すごく表層的だなと思います。本当はもっときちんと言語化できるはずですから。渋谷でもぜひ面白い場をつくっていきたいですね。

Interview:Masato Takahashi(Any inc.

Edit,Text,Photographs:Shunta Ishigami(MOTE inc.)

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