人文社会学とアートをつなぐ、Kyoto Creative Assemblageのイノベーション教育

京都大学と京都市立芸術大学、京都工芸繊維大学の3大学を中心としたプロジェクト「Kyoto Creative Assemblage」が2022年度から始動する。同プロジェクトはイノベーション教育に注力しており「歴史を作るイノベーターを育成する」ことを目指しているという。なぜ「歴史を作る」ことが重要なのか? なぜ3つの大学がコラボレーションするのか? 人文社会学やデザイン、美術教育はどう結びつくのか? 本プロジェクトを牽引する京都大学教授の山内裕氏へのインタビューから、これからのイノベーションに必要な姿勢を問うていく。

イノベーションとは歴史をつくること

――「Kyoto Creative Assemblage」は社会人向けの教育プロジェクトで、「歴史を作るイノベーターを育成する」ことがミッションとされています。なぜ京都大学と京都市立芸術大学と京都工芸繊維大学という3つの大学が集まってイノベーションを問うプロジェクトを立ち上げたのでしょうか?

今回の取り組みは突然始まったものではなく、京都大学が2012年に「京都大学デザインスクール」を立ち上げた頃から2つの大学と交流は進んでいました。2000年代半ばにコンサルティングファームのIDEOが「デザイン思考(Design Thinking)」という言葉を広め、日本でも2010年前後から注目されるなかで、京都大学としてもデザイン(教育)を通じたイノベーションの創出に取り組んでいたわけです。ただ、デザイン思考は重要ではあるものの、新しいデザインの方法を考える必要性も感じていました。しばしばイノベーションは個人の独創的なアイデアによって生まれるものだと考えられていますが、それは非常に人間中心的で近代的な考え方ではないか、と。とくにデザイン思考においては過去のしがらみに囚われず自由に発想することがよしとされるのですが、むしろ歴史をきちんと見る必要があるはずです。あるものが価値があって、人々を魅了するなら、それはその時代に必然性があります。イノベーションは新しい時代を指し示す、歴史をつくる行為でもあるはずが、これまでの歴史を読み取ることで新たな表現を生み出す視点が従来のデザイン思考やイノベーションに関する取り組みから抜け落ちているのではないかと思ったんです。

――クリエイティブなアイデアが内面から湧き出てくる天才のような存在ではなく、過去とのつながりや関係性こそが重要なのだ、と。

プログラム名に冠した「アッサンブラージュ(Assemblage)」という概念も、さまざまな存在の寄せ集めや結びつきを意味するものです。ひとりの天才が優れたアイデアや独創的なビジョンを描き出すのではなく、一人ひとりが歴史や社会を読み解きながら価値の読み替えを通じて新しい世界観を提示していくことが重要なのだと感じています。歴史を見なければたとえ成功するアイデアを生み出せたとしても必然性があったのかどうか検証できないし、またゼロから新たなアイデアを生み出さなければいけませんから。

――天才至上主義を脱するためには、どんな視点が必要になるのでしょうか。

まずは創造性について考える必要があります。たとえば美大や芸大ではまず「よく見ること」が大事だと言われますよね。「奇抜なことをしろ」という教員は少ないでしょう。対象をよく見ることが創造性につながるからです。今回のプロジェクトにおいても、まずは「よく見る」ことを重視しています。自分が何気なく接しているものをなんとなく見過ごすのではなく、なぜそれが気になるのか、何がほかと違うのかきちんと見て考えていく。たとえば男性の家事への参画について考えるときも、「家事」という行為がどういったイデオロギーの中にあるのか見ていく必要があります。YouTubeを見れば女性向けのコンテンツでは「ズボラ主婦」のようにさまざまなテクニックによって家事の手間を削減するものがウケている一方で、男性向けの場合はスタイリッシュな家事用製品レビューがウケていることもある。ひとくちに家事といってもさまざまなイデオロギーがあるわけです。人文社会学者は社会を見ることを専門としていますから、創造性を高めるうえでは人文社会学も役立つでしょう。とくに今回のプログラムは社会人を対象としていますし、特定の学問領域を設定しているわけではないので、「理系/文系」のような枠組みに囚われずまずは立ち止まって社会をよく見ることを大切にしていきたいですね。

アントレプレナーはアーティストでもある

――実際にはどういったプロセスを通じてプログラムが進んでいくものなのでしょうか。

まずは最近流行っているものや注目されているものを取り上げながら、その背景にはどんなイデオロギーがあるのか、それがなぜ注目されているのか考えていきます。イデオロギーが見えてくると、世の中がつながって見えるんですよね。いまの時代の人々がどんな価値観をもって生きているのか考えたうえで、もう一度自分を振り返って自分がこの時代の中で何をしたいのか考える必要があると思っています。イデオロギーは人々の自己表現なのですが、だからこそ人々がその時代にどうありたいのかが見えてきます。そしてイノベーションを生み出すためには、人々の新しい自己表現を可能にしなければなりません。

――内面だけ見ていてもダメですが、外だけ見ていても意味がないわけですね。自分の外にある社会と自分の存在意義という両者を考えることで、新たなものが生まれる。今回のプロジェクトには3つの大学が参画されていますが、それぞれの役割などはあるのでしょうか。

大きな問題意識を共有しながら、それぞれが異なる視点をもっています。たとえば京都工芸繊維大学の水野(大二郎)先生はサーキュラーデザインなどを研究されるなかで、表現の内容に留まらず生み出したものがどう社会に広がっていくのか考えながら地域やコミュニティなどより広い領域をデザインされています。他方で京都市立芸術大学は数多くのアーティストを輩出していて「よく見る」ことを本気でずっと教えてきたわけで、学生に教えている基礎を社会人へと応用できたらと思っています。

京都市立芸術大学のようなアートスクールが参画していることが大きな意味をもちそうです。

京都市立芸術大学のようにオーセンティックな芸術大学が社会人向けのイノベーションプログラムに参加していること自体が大きな変化のひとつですね。これまでは社会とアートの間に距離があったのかもしれませんが、アートにおいても社会との関わりがますます重要になっているのでしょう。他方で、人文社会学もアートも実際には同じことを考えているのではないでしょうか。単にアウトプットが異なっているだけで、考え方やものの見方には共通する部分が非常に大きいと思います。

――アントレプレナーも一種のアーティストと言えるのかもしれませんね。アーティストが絵画やダンスなど作品を通じて社会を変えるように、アントレプレナーは自身のビジネスで社会を変える。単に「芸術」や「ビジネス」と領域を区切っているだけで、どちらも世の中に大きな影響を与えるものですよね。

現に「アート(Art)」という言葉も18世紀半ばまでは「技術」を指していて、アートと技術が切り分けて考えられるようになったのは近代以降のことです。べつに分けて考える必要はないですよね。今回のプロジェクトでは3つの大学だけではなく、広告クリエイティブの世界で活躍され現在は大阪経済大学で教鞭をとられている弦間(一雄)さんやインフォバーンの井登(友一)さん、リパブリックの田村(大)さんや内田(友紀)さんなど近しい思想をもった方々を講師やアドバイザリーボードに迎えています。学問やビジネスの領域を区切るのではなく、さまざまな方と協力しながらプロジェクトを進めていきたいと考えています。

個人の学びに留まらない仕組みづくり

――VEIL SHIBUYA(以下、VEIL)もKyoto Creative Assemblageと同じく新たな未来をつくる人材を育てていくことをミッションとして掲げています。ただ、単に人を育てても活躍の機会がなければ社会的なインパクトにはつながりづらい気がしているんです。

個人の能力を高めるだけでは不十分ですよね。たとえば大企業の人が来て学んだとしても、会社に戻って何もできなければ意味がない。なので社会人の方々に参加していただきつつも、企業にもこのプロジェクトへ参加してもらえないかと思っています。

――このプロジェクトで学んだ人が会社に戻って新規事業を立ち上げるイメージでしょうか?

まずはその状況をつくりたいですね。ひとくちに企業といっても規模や領域はさまざまですが、わたしたちとしてはいま中小企業の経営者の方々にも注目しています。中小企業だと新たな取り組みに挑戦しやすいですので。さらには、B2Bサービスやプロダクトを手掛ける企業にとっても意味があると思います。B2Bでもますます世界観のデザインが重要になっています。近年B2BサービスのCMが増えていると思うのですが、それは広告のクリエイティブを使いながら新たな世界観を提示してファンをつくっていこうとしているからでしょう。

――社会的なインパクトを最大化するための仕組みづくりも重要そうですね。たとえばかつて多くの人がMBAをとろうとしていたのは、収入を増やしたり経営層とつながりやすくなったりするというインセンティブがあったからでしょう。もちろん自分の会社に戻って新規事業を立ち上げてもいいのですが、VCやほかのベンチャー企業へアクセスできる場も得られるなど、いろいろなオプションがあるといいですよね。VEILもVCや企業とのネットワークをもっていますし、Kyoto Creative Assemblageともコラボレーションできたらな、と。

ぜひコラボレーションしたいですね。わたしたちには大学のネットワークがあって、京都大学にもたくさん面白い方々がいるのでネットワークを広げていきたいです。従来の企業向けイノベーションプログラムには美学や美術史学の先生なんて出てこないと思うのですが、わたしたちはさまざまな人文社会学をプログラムへと組み込んでいきたいと思っています。近年、人文社会学は役に立たないと言われることも増えていますが、人文社会学こそが新たな価値を生み出せるはずです。もちろん新たな技術だって重要ですが、文化をつくらないと人々も社会も動かないわけですから。きっと企業の方々と軽くお話するだけでも効果があると思うんですよね。企業で働かれている方と大学の人々は普段見ているものが大きく異なっているでしょう。企業がいま注目していることについて語ってくれたら、わたしたちはなぜそれが歴史的文脈のなかで重要なのか語れますし、どんな社会の変化がありうるのか議論できる。まずは小さな取り組みからでも、さまざまなつながりをつくっていけたらと思います。

Interview:Masato Takahashi(Any inc.

Edit,Text,Photographs:Shunta Ishigami(MOTE inc.)

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