「働く」を考えるメディアWORK MILLが、オフィスと都市の未来に見るもの
コロナ禍によるリモートワークの普及や多拠点生活など人々と「仕事」の関係性が変わっていくなかで、これからのオフィスには何が求められるのか。オフィスが変わっていくことは、都市にどんな変化をもたらすのだろうか。「はたらく」の新しい価値を引き出すメディア「WORK MILL」のメンバーとして世界中のオフィスやデベロッパーの事例に触れてきた編集長の山田雄介とプロジェクトメンバーの庵原悠に尋ねる、オフィスと都市の未来。
オフィスと家の境界は揺らいでいく
――テクノロジーの進化やライフスタイルの変化によって、働き方も大きく変わろうとしています。山田さんと庵原さんは働き方やオフィスの変化をどのように捉えられていますか?
山田 テクノロジーやデバイスの進化によって人々が時間や場所の制約から解放されていったことで、ワークプレイスも都市へ広がっています。すでにメタバース上の仕事も生まれていますし、ワークプレイスは今後さらに広がっていくでしょう。他方で日本は2030年には644万人の労働力が不足すると予測されており、テクノロジーの拡張性によって高齢者や外国人などこれまで働けなかった人々が働く機会をつくることも重要になっています。たとえばオリィ研究所は家にいながらカフェで接客できるなど、通信とロボティクスによって遠隔作業を可能にする分身ロボット「OriHime」を開発していますが、今後労働力を拡張していくようなデバイスやサービスは飛躍的に増えていくはずです。
――高齢者や子どもも仕事に参画できるような世界になったとき、ワークプレイスにはどんなものが求められるのでしょうか。
山田 以前WORK MILLでは「AI・ロボットが中心に働く/人が中心に働く」と「経済成長主義/持続可能性主義」というふたつの軸を設定して2030年の働き方・働く場に対するシナリオ・プランニングを行いました。たとえば「人が中心に働く・持続可能性主義」のシナリオでは「多世代型コミュニティ共創社会」と題し、地域の人々がみんなで働きながらマイクロエコノミーのように小さな経済圏を生み出していく社会を設定し、公民館のように人々がコレクティブに働けるワークプレイスを構想しています。従来のように家とオフィスが分離しているのではなく、たとえば複数の家族が住むコーポラティブハウスがオフィスとしても機能するなど、オフィスと家の境界も揺らいでいくかもしれません。
――日本では戦後から急速に職住分離が進められていったわけですが、今後はむしろ職住の融合が進んでいくのでしょうか。
庵原 日本では職住分離が進み核家族化に沿って建築様式も変わった結果、コモンスペースが減り、孤独を抱える人も増えています。コワーキングスペースやシェアオフィスが増えていることを考えても、コモンスペースを回復することで人々は豊かさを取り戻せるのではないかと思うんです。ぼくもプライベートで複数の家族と共有スペースをもつ「more than a house TOKYO」というコミュニティハウジングを運営しているのですが、以前ベルリンから来た「Coworkies」というコワーキングスペース専門メディアの方々に泊まってもらいながら一緒に仕事をしたことがあって。彼らが滞在していることで子どもやほかの家族にも刺激が生まれるし、これまでの働き方ではありえなかったような交流が生まれるのが面白いですね。
「コミュニティマネージャー」の重要性
――これからの仕事環境を考えようとすればするほど、考えなければいけないことが増えていきますね。
庵原 最近Steelcaseが発表したレポートのなかでも、ハイブリッドワーク時代のオフィスを考えるうえで重要なテーマのひとつとして「心理的安全性」が指摘されていました。オフィスとしての機能性を高めるうえでもワーカーの心理を考えてデザインされていなければいけないし、そこに行きたいと思われるオフィスじゃなければいけなくなっている。ぼくらもいま感情にフォーカスした働き方や働く場づくりのプロトタイピングを進めています。チームの中で自分の働き方を振り返りながら何が自分にとって面白いワークシーンだったのか考えるのですが、自分の内面を見つめる作業になるので必然的にセンシティブな部分にも触れますし、内省を他者とシェアすることでチームビルディングにもつながっていくのが面白いですね。
――心理のように従来のオフィスデベロッパーが踏み込まなかった領域のリサーチを行うためには、新たな人材も必要になるのでしょうか。
山田 そうですね。ひとくちに「心理」といっても「性質」と「感情」という2つの観点から、一人ひとりの性質に合わせてパフォーマンスを最大化する方法を考えなければいけません。たとえば前者については心理学者のユングが提唱した「内向型」「外向型」という性格の類型からオフィスを考えると、内向型の人には静かな環境を用意したほうがいいし、外向型の人には適度な喧騒のあるカフェのような場所が向いているかもしれない。2010年代後半から「ABW(Activity Based Working)」という概念が注目されているように、オフィスの中に多様な環境があって一人ひとりが自分に合った場所を選べるような環境づくりはいまも増えています。他方で感情面に着目して人が集まりたくなるようなオフィスをつくるためには、多くの人が集まれるコミュニティが求められていきますよね。
庵原 コミュニティマネージャーのような人材が重要になるでしょうね。IT企業や外資企業では以前からタレントマネジメントの考え方が採用されていますが、オフィスにおいてもタレントマネジメントのように人に着目したコミュニティをつくっていく必要がありそうです。オフィスの機能や設備というよりは「人」が重要になっていくのかなと。
山田 昨年WORK MILLの読者1,400人を対象に、これからのオフィスに求めるものについてアンケートをとったのですが、アフターコロナのオフィスでやりたいことの1位は「人と自然に会うこと」でした。以前はみんなオフィスで働いていたから自然と誰かに会えたのですが、いまはわざわざ予定をつくらないと会えなくなっているわけです。だからこそ人と人や人と仕事、情報と情報をつなげてくれるコミュニティマネージャーのような人材が求められていくでしょう。
遊ぶためにオフィスに行く未来
――産学連携やビジネスマッチング、インキュベーションの場だけでなく、普通のオフィスでも人をつなげるための技術が求められることになりそうですね。ただ複数の人を同じ場所に集めるだけでなく、異なる人をつなぐストーリーをつくらなければいけないわけですから。
庵原 コワーキングスペースのコミュニティマネージャーに求められるものとして、よく「編集者スキル」が挙げられます。いろいろな人がもつ要素を組み合わせてストーリーをつくる編集技術はもちろん、お話を伺っていると優れたコミュニティマネージャーの方々ってすごく人懐っこいんですよね。その場にいる人々に共感しながら場を導いていく力が重要なのだと感じます。
山田 つながりを生むうえでは、仕事だけではない共通体験も重要になりますね。コミュニケーションやコラボレーションを起こすのがオフィスの役割だと昔から言われていますが、純粋な「仕事」だけだと関わる範囲が限られていてコミュニケーションの媒介となる体験が生まれづらい。よりよい仕事を生むためにも、仕事以外の趣味や部活のようなものが重要になるのかなと。
――仕事のことだけ考えてもいいオフィスは生まれないわけですね。
山田 いまやリモートワークが普及し家でも作業はできますから、人と会ったり遊んだりするためにオフィスに行くような未来もありえるかもしれません。あるいは近年東京の仕事をしながら地方へ移住する人が増えていると言われますが、東京の仕事は生活のための「ライスワーク」、地方では自分のやりたいことをやる「ライフワーク」に従事する人も少なくありません。実際に地方の中小企業の経営者の方々と話していても、変化を感じます。地方は労働力が不足しているので、ただ移住してもらうだけではなく、東京に住んでもらいながら地域の仕事をしてもらう可能性も模索していかなければいけないのだ、と。テクノロジーによって多拠点の労働者のスキルを集めやすくなってもいますし、企業や仕事のあり方はもちろん、人それぞれ仕事の目的や定義も変わっていくでしょうね。
――副業規定を緩和する企業も増えていますよね。リモート化によって場所の制約から解放されたことで、東京の仕事を抱えながら地方で活動する人はもっと増えていきそうです。
山田 場所の制約から解放される一方で、場所の重要性は高まっています。どこでも働けるからこそ、なぜその街に住むのか問われるようになるわけです。以前ある人が「東京は情報や人を探しに行く場所だ」と仰っていて。仕事は地方や地元でもできるからこそ、大都会はいろいろなエンタメや文化を体験できるインプットの場になるかもしれません。
オフィスの多様性が街を豊かにする
――それはVEIL SHIBUYA(以下、VEIL)としても考えたいテーマです。渋谷はカルチャーやスタートアップの街と言われてきた一方で、近年は少し“キャラ”が変わっている気もしていて。これからの渋谷の魅力を考えていかなければいけないなと思っています。
庵原 隣の芝生が青く見えるだけかもしれませんが、ロンドンやベルリンに行くと仕事と文化がすごく近いことに驚かされます。でも、渋谷はビジネスとカルチャーどちらもあるはずなのに、あまりつながっていないようにも思える。両者の距離が近づくと面白いかもしれないですね。
山田 VEILのある渋谷二丁目が何を担っていくのか考えるのも面白そうです。渋谷二丁目の役割を定義しつつ、その他のエリアは異なる役割をもっていて、体験がつながっていきながら渋谷全体で価値を創造していけるといいですね。
庵原 もともと渋谷はカオスな街で、クラブが密集するエリアもあれば最先端のファッションを提示するエリアもある。さまざまなレイヤーを行き来しながら異なる文化を体験できる土壌はすでに整っている気もします。
――面白いですね。VEILは地下1階や3階をさまざまな方が集まれる共創スペースとして活用しているのですが、この場所から多様なコンテンツを生み出していきたいです。
庵原 オフィスの内側と外側、双方の関係性を考えていく必要がありそうです。たとえばロンドンでPLP Architectureが設計した「22 Bishopsgate」というビルはワークスペースでありながらボルダリングやヨガのためのスペースもあるし、オフィス利用者向けのアプリをつくってコミュニケーションやフロアを跨いだ移動を活性化させようとしていました。内側と外側を使い分けながら人の交流を生んでいく場所は今後も増えていきそうです。
山田 いままでのオフィスビルはワーカーしか入れない場所でしたが、それ以外の街の人も入ってこれる場所になるのかもしれない。デベロッパーや企業の仕事も大きく変わっていきそうです。以前思想家のジャック・アタリ氏を取材したときにこれからのオフィスはホスピタリティが重要だと仰っていました。これまで観光業やホテルで空間をつくってきた人たちのスキルや知見がオフィスにも活用できるのではないか、と。いままで活用されてきたスキルのフィールドをどんどん入れ替えてみると新たな可能性が見えてくる気がします。オフィスの多様性を豊かにすることは、街の多様性を豊かにすることにもつながっていくはずですから。
Interview: Masato Takahashi(Any)
Edit,Text: Shunta Ishigami
Photographs:Ryo Yoshiya