渋谷区・田坂克郎が語る、都市とスタートアップエコシステムの関係性

渋谷区は自治体としてスタートアップエコシステムの構築に取り組んでいることで知られている。自治体ではなくデベロッパーがスタートアップの育成や企業の共創を牽引することも少なくないなかで、渋谷区はいかなるアプローチによってエコシステムをつくろうとしているのか。長年サンフランシスコで働きながらシリコンバレーの変遷を見てきた渋谷区グローバル拠点都市推進室長・田坂克郎氏が、渋谷のもつポテンシャルとエコシステム構築の苦悩を語る。

ほかの都市はライバルではない

――田坂さんは渋谷区のグローバル拠点都市推進室長を務められていますが、「グローバル拠点都市推進室」とはどんな部署なのでしょうか。

渋谷を世界的なスタートアップの都市にするためのエコシステムをつくろうとしています。ぼく自身はかつてサンフランシスコのベイエリアで働いていたのですが、いまの渋谷はスタートアップフレンドリーとは言いがたい状況にあるんです。たとえばシリコンバレーはスタートアップが事業に集中できる環境が整備されているのですが、渋谷はスタートアップが事務所を借りづらいと言われますし、シリコンバレーのように海外の優秀な人々も集まってくるような環境をつくる必要を感じています。

――近年、スタートアップの支援を進める自治体は増えているように思います。スタートアップの誘致に注力する都市は渋谷だけではないと思うのですが、ほかの都市との関係や渋谷ならではの価値についてはどう考えていますか?

たとえば福岡市は10年近く前からスタートアップ政策を進めていますし、実際には地方都市の方が先進的なことも少なくない。地方から学ぶことは多いですね。地方都市の話を伺っていると、地元でスタートアップを育てても結局東京に出ていってしまうことが悩みのひとつだそうで、渋谷区としてはほかの都市をライバルではなくパートナーと捉えています。たとえば神戸市とは昨年「NOROSI Startup HUB」というプロジェクトを始めています。このプロジェクトはCEOは神戸にいるけど営業やエンジニアは渋谷で働くなど、地域の壁を超えて新しい働き方を求める人々がオン&オフラインコミュニティをつくっていくもの。今後もほかの都市とも連携しながらどんどんコミュニティを広げていきたいですし、そのうえで渋谷区のブランディングとしては海外につながる玄関口として、東京の国際化を推進していくつもりです。

――海外から見ても渋谷は感度が高い街だと思われていそうですし、東京都心部と比較しても世界とつながりやすい印象を受けます。海外から見ると渋谷や東京の特徴はどんなところにあるのでしょうか。

大企業や大学が狭い範囲に集積していることでしょうか。とくに大学については面白い研究はたくさんあるのに社会へまだ出てきていない印象を受けます。他方で課題先進国と言われていることや、コンテンツを生み出す力は海外から注目されている部分ですね。

豊かなコミュニケーションを生むチームづくり

――VEILもアカデミアとビジネスの接続を進めていきたいと考えているのですが、やはりシリコンバレーの方が大学と企業の交流も盛んに行われていそうですよね。

そうですね。スタンフォードやバークレーをはじめ、大学とスタートアップの距離が非常に近い。そもそもシリコンバレーの起源ともいえるヒューレット・パッカードはスタンフォード大学から生まれたものですし、きちんとアカデミアと産業界がつながっていて、起業につながりやすい環境が生まれています。渋谷区としても、大学と連携して学生起業家をサポートするシステムをつくりたいと思っています。

――近年企業と大学のコラボレーションは増えていると思うのですが、単に人やお金を出し合ってプロジェクトを立ち上げるだけで共創が生まれるわけではありませんし、なかなかいい関係性をつくりづらい気もします。

ぼくらも昨年は大手企業5社とスタートアップ12社とともにスペースをつくり、関係づくりの実験を行いました。やはりオフラインの場があるとコミュニケーションが大きく変わってくることを実感しましたね。ピッチだけではわからないスタートアップの背景や大企業の人の個性が伝わることで、コミュニケーションが豊かになっていく。もちろん単に場所をつくればいいわけではありませんし、個々人の相性を見ながら時間をかける必要があるのですが……。

――経済的なメリットだけではなく、ビジョンやカルチャーの部分が一致していないと難しいですよね。他方で、田坂さんはどうすればチームやエコシステムの多様性を豊かにできると考えていますか?

とくにファウンディングチームは異なる種類の人々が集まったほうがいいですね。よくスタートアップの創業チームは「Hacker」「Hustler」「Hipster」の3人を中心にすべきと言われますが、同質的な人が集まるとミーティングも非常に堅苦しいものになってしまいがちです。

――いろいろな視点をもった人が集まるとアクティブな会話も生まれますよね。でも、単に異なる職業の人々を集めればいいわけではない気もしていて、多様かつクリエイティブなチームをつくる難しさを感じます。

明確なビジョンを共有することと自由に発想すること、どちらも大事ですし、ある程度時間をかけてコミュニケーションを重ねる必要もありますね。とくに渋谷区のような行政機関は年度内にプロジェクトを完了させなければいけないなど制約も多いので、どうすればいいチームがつくれるのか、いまも試行錯誤しているところです。

渋谷は文化を広げていく場所

――ほかのエリアとも連携しながら東京全体を盛り上げていくうえで、どんなところに渋谷というエリアの特色があると思われますか?

歴史的に見れば渋谷はさまざまなカルチャーを生み出してきましたが、近年は家賃も高騰していますし「もう文化が生まれる場所ではない」と言われたこともあります。いまはむしろ文化が外に出ていく「ステージ」として機能する街になっているのかもしれません。多くの人が集まる場所ですし、やはり発信力は非常に強いですから。もしかしたら新たな文化は杉並や世田谷などほかのエリアから生まれるかもしれませんが、その文化をもっと多くの人に広げていくことが渋谷の役割になるのかな、と。

――同時に、いまも渋谷特有の空気感のようなものは息づいているように感じます。

多様な人々を受け入れられる土壌は渋谷特有のものだと思います。地方なら浮いてしまう人や受け入れてもらえない人も、渋谷なら受け入れられるし自由に表現できる。スタートアップにも通ずることかもしれませんが、マジョリティではなく異端な存在がつねに街をつくってきたのが渋谷なのかもしれません。

――丸の内では受け入れられないことが渋谷では自然に受け入れられることもありそうですよね。逆にいまの渋谷に足りない要素があるとすればどんなものでしょうか?

家賃の高騰によってアーティストやライブハウスなど文化的な存在がいなくなってしまうことを危惧しています。まさにシリコンバレーもジェントリフィケーションによって子育て世代が住めなくなってコミュニティがなくなり、街全体から魅力が失われてしまう。渋谷区としては笹塚や幡ヶ谷、初台のようにまだそこまで家賃が高くなっていないエリアからの発信に力を入れて、渋谷区からコミュニティが失われてしまわないよう努力しています。

――やはりコミュニティは大事ですよね。VEILもこの場所らしいコミュニティをつくりながら渋谷区とも連携していきたいところです。

そうですね。VEILの方々と一緒に渋谷区で実験の機会をつくっていけると面白そうです。豊かなエコシステムをつくっていくために、やらなければいけないことはまだまだたくさんあります。教育の観点からアントレプレナーシップをもっと身近なものにする必要もありますし、学生など若い人々のモチベーションを上げていけるようなことができるといいですね。

――構造上の問題や制約も多いですよね。ぼくらのような民間の事業者からすると、「規制」も重要なキーワードのひとつです。現に企業の取り組みや働き方、ライフスタイルが急速に変わっていくなかで、規制のあり方も問われていますよね。たとえば公共空間での実証実験など街を巻き込んでいくような取り組みを渋谷区がエンパワーしていくとエリア全体が盛り上がっていくのかもしれません。

実際のところ、国も都も変わらなければいけないと思っているんですが、構造上の問題もあれば慣習的に変えられないことが多いのも事実です。でも少しずついろいろな仕組みを変えていきたいと思っていますし、海外の都市がシリコンバレーに対抗するために規制緩和のようにルールを変えて挑戦的な企業を招致しようと試みているように、まずは渋谷からさまざまな実験を重ねていくことで、豊かなエコシステムをつくっていけたらと思います。

Interview:Masato Takahashi(Any

Edit,Text:Shunta Ishigami

Photographs:Ryo Yoshiya

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