渋谷・宮益坂に生まれた「VEIL SHIBUYA」という名の新たな可能性

新たな文化を生むコミュニティ型インキュベーションハブ

いま、都市空間と人々の関係は大きく変わろうとしている。たとえばコロナ禍を経て社会のリモート化が加速したことで人々の暮らし方や働き方は一変し、住居やオフィスに求められる機能も変わってしまった。かつては仕事や買い物のために大きな都市へ人々が集まっていたが、いまや地方への移住や2拠点生活を選ぶ人々も増えており、都市間の関係性も変わりつつある。多くのことがオンライン化されメタバースのような仮想空間での活動も広がりつつある現在、単に仕事や買い物をするだけならオンラインで事足りてしまうのも事実だろう。

だからといって、人と人が直接出会うことや物理的な空間に集まることの価値が失われてしまったわけではない。むしろこうした変化を受けて、都市空間のもつ価値が問い直されているというべきだろう。とりわけ渋谷のように数多くの豊かな文化を生み出してきた都市は、これからどんな価値を生み出していきうるのだろうか。

2021年9月、わたしたちが渋谷二丁目に開設した「VEIL SHIBUYA」は、まさにそんな問いに答えられる場所となるかもしれない。渋谷・宮益坂に建つ一棟のビルをリノベーションしてつくられたVEIL SHIBUYAはコミュニティ型イノベーションハブであり、大企業やスタートアップに勤める人々、アカデミア、アーティストやデザイナーなど、ここに集まる人々は実に多種多様だ。各フロアではデザインや食などさまざまなジャンルのインキュベーションプログラムが展開されるとともにアカデミアを巻き込むコミュニティがつくられ、新たな事業や才能が生み出されようとしている。

アカデミアの知を社会へと開いていく

VEIL SHIBUYAの提供するサービスは、さまざまな価値を「融合」させることをその特徴としている。Any合同会社が中心となって進めるインキュベーションプログラムにおいては、同社がこれまで築いてきたネットワークを活かし多岐にわたる領域のプロフェッショナルを集めることで分野を問わず新たな事業を実現。コンセプトの立案から新たなビジネスの創出、各種プロジェクトのプロモーションに至るまで、広範なサービスを提供しながらプログラムの運営に取り組んでいく予定だ。課題へのアプローチにおいても、ビジネス/デザイン/アート/マーケティング/アカデミックなど多分野・多視点を融合させているだけでなく、後述の一般社団法人STEAM Associationと連携した取り組みが特徴的だろう。アーティストや研究者、エンジニア、デザイナーなど異なる才能をもった人々が集まり、ときには外部のイノベーターをも巻き込みながらアイデアや意見を融合させることで、新たな未来の可能性を提示していくのである。

VEIL SHIBUYAでは一般社団法人STEAM Association(https://www.steamassociation.jp/)が中心となり、STEAM人材を中心としたコミュニティの創出にも取り組んでいる。ビジネスとデザインやアート、クリエイティブの結びつきはもちろん重要だが、アカデミアで育まれた知を社会へ開いていくこともこれからの社会を考えるうえでは必要不可欠だろう。VEIL SHIBUYAは異分野・異業種の人々の叡智を集結させてイノベーションを起こそうとしているだけではなく、新たなコミュニティの創出を通じて渋谷の地に新たな文化を生み出す可能性を秘めているはずだ。

異分野融合を体現するオープニングパーティ

去る12月11日に行われたオープニングパーティは、VEIL SHIBUYAがもつ可能性を示すものだったといえる。パーティは4つのフロアを開いて行われ、100人近い人が集まり会場は熱気に包まれた。あるフロアではVEIL SHIBUYAに入居するフードプロジェクト「THICK」の新商品試食会が行われ、別のフロアでは同じく入居メンバーのアーティスト・脇田玲氏を中心として都市とアートをめぐる議論が盛んに交わされた。同じフロアの一角では投資家と交流しながらメタバース活用のビジョンを説く入居プロジェクト「ME」のメンバーの姿も見られ、さらに別の階にはRoyal College of Art(以下、RCA)の卒業生が30人ほど集まり、企業の人々と交流しながらプロジェクトをさらに加速させるような会話を楽しんでいた。多くのデザイナーやアーティストを輩出し世界有数の美術系大学として知られるRCAは、以前からアートやデザインの知をビジネスや経営へと昇華させる事業にも取り組んでいる。その実践はVEIL SHIBUYAのビジョンとも共鳴するものだろう。会場では大人たちが談笑するだけでなく小さな子どもたちも走り回っており、まさにVEIL SHIBUYAが掲げる異分野・異業種・異能の融合を体現する場が生まれていたと言える。

この場所には、今後ますます多くの人が集まっていくだろう。分野を超えた人が集まり、対話し、コミュニティをつくりあげていく。そこから新たなプロジェクトやビジネスが生まれる日はそう遠くないはずだ。あらゆる活動がオンライン化する時代だからこそ、VEIL SHIBUYAは渋谷二丁目という場所を拠点としながらコミュニティをつくりだし、新たな価値を生み出していく。それは単に新たなインキュベーションへ挑戦するだけではなく、都市とコミュニティの、都市と人々の関係性を更新する営みにもなっていくだろう。

“ベール”は常になにかを覆い隠しているが、内と外を大きく隔てているわけでもなく、侵入を徹底的に拒んでいるわけでもない。ときには光が当たって中が透けて見えることもあれば、風が吹いてベールが舞い上がることもあるだろう。コミュニティはオープンすぎる場所では育たず、クローズドな場所でも自家中毒に陥ってしまう。だからこそ閉じながらも開いている“ベール”が重要なのだ。VEIL SHIBUYAというベールの中では、まだ見ぬ未来の可能性がうごめいている。そのベールは次第に広がっていき、いずれ渋谷という土地を包み込みながら新たなコミュニティへとつながっていくのかもしれない。

text by Shunta Ishigami

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