「積彩」の3Dプリントが変える、都市の風景とものづくりの価値

デジタルファブリケーションが実現するものづくりの民主化は、都市の風景をどう変えるのか? 慶應義塾大学SFC田中浩也研究室からラボドリブン起業を果たした「積彩」は、3Dプリンターを街へ開こうとしている。身近な雑貨から始まり、家具、建材、そして建築へ――同社代表の大日方伸氏に、ファブと都市の可能性について尋ねる。

エラーを楽しみながらモノをつくる

――大日方さんはSFCの田中浩也研究室でデジタルファブリケーションを研究され、卒業と同時に「積彩」を立ち上げたそうですね。もともとものづくりに関心があったんでしょうか。

小学生のころから身の回りのものを自分でつくりたいという欲望があったのですが、大学に入ったときに出会ったファブ(Fab)[編注:Fabrication/Fabulousの略称]の文化に強く惹かれたんです。当時は世界中でFabが盛り上がっている時期で、3Dプリンターなどの展開を通じ製造の場を分散させることでものづくりの民主化を進めようという動きが強まっていました。そんな文化を日本で牽引していた田中浩也さんのもとでFabを学ぶようになったんです。

――自分で手を動かすような「ものづくり」とデジタルファブリケーションの手触りは少し質が異なる気もするのですが、違和感はありませんでしたか?

実際につくっているのは機械かもしれませんが、あくまでも自分がコードを書いて制御しているので、工芸のようなものづくりとあまり変わらないと思います。工芸でも自分で土をこねて釜で焼いてみたら予期しないものが生まれることがあると思うんですが、3Dプリントも同じで、毎日修正を重ねながらものをつくっていくのは職人のような感覚に近いかもしれません。

――デジタルって正確無比なイメージがありますが、思い通りにならないクラフト的な側面もあるのですね。

3Dプリンターは発展途上の部分も多いので、自分たちでソフトウェアを組んだりマシンを拡張したりする必要があるんです。新しい道具をつくることで新しいものを生み出すのは面白いですね。

―ベンチャー企業として事業に取り組むうえで、そのような予測不可能性とどのように付き合っていますか?

モノを完成させるまではエラーを楽しみながら発展させていき、社会に実装するときは効率化を意識しながら精査していく感覚が強まります。つくるまでとつくってからで感覚は異なりますね。ただ、普通の工業製品だと大量生産を行うまえに金型をつくって形や色を定める必要がありますが、3Dプリンターの場合はもっと柔軟で、ある意味未完成だし余白を生み出す力があるところに独自性があるように思います。

ファブカルチャーの背景にあるもの

――田中浩也さんの研究室では研究をベースに在学中・卒業後に起業する方が増えていますよね。そこにはどんな人が集まっているんでしょうか。

田中研はファブ文化を日本で牽引してきたため、その歴史を辿るとファブの歴史もわかるような研究室です。たとえば木材加工専用のCNCルーター「ShopBot」に着目した秋吉(浩気)さんの「VUILD」が登場した背景には、ものづくりの民主化をどう社会に広げていくかという問題意識があったと思いますし、いままでにないものをつくるためにファブの技術が注目されていくなかで、大嶋(泰介)さんの「Nature Architects」のようにこれまでにない物性をもった部品をつくる企業も登場したのかなと感じます。

――大日方さんの起業にはどんな時代の変化が関係していると思われますか?

ぼくらが研究室にいた時期は3Dプリントやファブがある程度産業化したことで、実装されてきた仕組みやモノをどう活用していくかが問われる状況にあったと感じます。ソフトウェアやハードウェアの技術を集結させて、いかにいいものやいい社会をつくっていくかが問われている。その中で積彩のような「プレイヤー」の技術が醸成されました。加えて、いまは素材のリサイクルやエネルギーの削減など、環境問題への取り組みが主なテーマとして扱われている印象を受けます。

――ものづくりそのものというより、社会や環境との関わりが問われているわけですね。3Dプリントは今後どのように社会へ広がっていくのでしょうか。

3Dプリンタはまさにモノづくりの社会基盤として、個人のDIYのツールではなく産業にまで発展しています。世界中で投資も加速していますし、設備も整ってきている。ただ、それを高度に操りながら美しく社会実装していく人が足りていません。産業革命が訪れて大量生産の時代を迎えたときに粗悪品が乱造された状態と似ているというか、3Dプリントが注目されているのに美しくないものがたくさんつくられてしまうのはもったいないですよね。もっと表現の可能性を追求していくことで、産業へのインパクトも大きくなっていくと思うんです。

空間印刷所で制作した3Dプリント什器。Design:(株)積彩/Manufacturing:(株)光伸プランニング

3Dプリントと持続可能性

――3Dプリンターが広まるとクリエイターやデザイナーではない一般のユーザーがモノをつくる機会も増えていきます。美的・環境的な視点から、プロフェッショナルに求められる役割はどのように変化していくのでしょうか?

もちろんメーカー・ムーブメントのように誰もが好きなものをつくれることも素晴らしい文化だと思いますが、社会実装を考えるうえではプロが美しい仕組みをつくるべきだと思っています。たとえばぼくらが関わった活動のひとつとして、チョコレートをつくるときの廃棄物や廃棄する紙、カフェのコーヒーかすなどさまざまな都市の廃棄物を樹脂と混ぜることで新たな材料とすることがあります。それは環境へ配慮したアップサイクルな取り組みとも言えますが、これは身近な材料を用いることでよりモノへの愛着が増し、モノを長く大事に使う視点をつくっていることだと思います。

――資源の循環という視点もあるのですね。

ものづくりの輪をどれくらい小さくできるか意識するよう心がけています。身の回りで使われているものが近くにあるものを材料にしてつくられていて、さらにそれがまた材料に戻っていくというサイクルをつくること。それは輸送や製造に伴う環境負荷を下げることでもあり、愛着やなじみ深さを高めていくことでもあるはずです。市民が直接的にものづくりに関わらなかったとしても、間接的にモノと関わっている状態をつくり出せたらいいなと思っています。

都市に広がるコ・クリエーションの輪

――積彩としてはどのようなプロダクトを社会に届けようとしているのでしょうか。

最初は花瓶やランプなど身近なプロダクトの製作に取り組んでいたのですが、社会への影響を考えると建築などもっとスケールを大きくしていく必要を感じています。世界を見れば建築の3Dプリントも進んでいて、樹脂だけでなくコンクリートをプリントするケースも登場しますし、建築家やデベロッパーだけでなくぼくらのような企業もその領域に入っていけたらいいな、と。家具だけでなく建材や建築へと活動を広げていきたいですね。

――建築家やデザイナーの技能を代替するというより、共創しようとする姿勢が面白いですね。これまでファブというと1人1台3DプリンターをもってDIYするようなイメージも強かったと思うんですが、その考え方も変わっていきそうですね。

一家に1台というより、コミュニティのなかに1台あって仲間意識をもちながらモノをつくっていくようになるんじゃないでしょうか。ものづくりの輪を小さくして設計図やノウハウのデータが世界中を飛び回るようになると面白いですよね。これまでも海外でつくられたデータを個人が改変しながら新しいモノをつくることはありましたが、都市や企業単位でそんなコ・クリエーションの輪が広がるといいですよね。

――コラボレーションする領域としては建築や建設を想定されていますか?

そうですね。ただ、日本の場合は法整備などの面でまだ課題が多いのも事実です。たとえばイタリアやオランダなどファブが進んでいる国では地震が少ないこともあり建材の規制が緩いのですが、日本の場合はそうもいかない。いきなり実装するというより、多くの企業とコラボレーションしながら検証に取り組むほうがいいのかもしれません。たとえばいま広島市で取り組んでいるプロジェクトでは、三菱ケミカルさんとご一緒しています。市内から集めたペットボトルのゴミを三菱ケミカルさんが3Dプリントしやすい材料に変えてくださり、そこからぼくらが家具をつくって小学校などへ寄付しているんです。こうした都市レベルの取り組みはやはりぼくらだけでは実現できないものですよね。

全長約3mの3Dプリント大型屋外ベンチ。Design:(株)積彩/Direction:慶應義塾大学田中浩也研究室/Machine:エス.ラボ(株)

完成品ではなくツールを街に開いていく

――3Dプリントに取り組む企業も増えていますが、積彩さんの強みはどんなところにあるのでしょうか。

3Dプリントに特化したデザイン事務所は国内ではごく僅かです。3Dプリントでいいモノを作っていく際にはエンジニアリングとデザインの両軸をシームレスに繋げていく必要があり、その二つを専門的に行うことができるのが積彩の強みです。特にソフトウェア開発が得意で、自分たちで新しい道具をつくりながら新しいモノをつくるということを大事にしているので、さまざまなニーズに柔軟に対応することができます。

――たとえば建築の世界では、個々の建物に合わせて特注でプロダクトをつくることが多くありますが、完成品を納品するだけでなく、それを生み出すツールも顧客が手にすることができると面白そうですよね。

サイン・ディスプレイの制作を手掛けている光伸プランニングさんと取り組んでいる「空間印刷所」というプロジェクトではまさにそんな発想で什器をつくっています。一点物の什器をデザインして納品するのではなく、パラメータの調整によってサイズや模様を変えられるツールを納品しているんです。しかもそれを回収して材料へ戻すことで、再び別の什器をつくれるようなサイクルをつくろうと思っています。

――ユーザー自身が使うことができるものづくりのツールが街に開かれていくと都市の風景も変わりそうです。「つくる/使う」「買う/売る」といった対立とは異なる関係性が可能となることで、分野や領域を越えたコラボレーションも進んでいきそうです。

渋谷のような街に3Dプリンターが並んでいて、お客さんの身体に合わせてその場で椅子をつくれたりすると楽しいですよね。3Dプリンターってつくっている様子がエンターテインメントになるし、つくる・見る・買う・使うという機能がひとつの場所に集まるとモノへの親近感も増すように思います。3Dプリントって人に寄り添ったものづくりが可能で、とくにぼくらが使っている積層型の3Dプリンターは消費電力も少ないし健康を害する恐れのある材料を扱うことも少ないので、人間とともに生きていける道具なんですよね。

――街中にある看板やゴミ箱を地域の廃棄物からつくるとか、街とコラボレーションして循環型プロダクトをつくってもよさそうですよね。地域のものを、地域のみんなでつくるというのもコミュニティの醸成につながると思います。そんなコミュニティから分野横断的な新しい価値も生まれてくるのかもしれません。

楽しそうですね。生活者の視点から街をプリントするというか。3Dプリントやものづくりの観点から街づくりに携われると面白そうですし、その方がオープンなものづくりを進めていけるように感じます。ぼくたちだけではできないこともたくさんあるので、ものづくりの仕組みを変えていくために、さまざまな方と一緒に挑戦をつづけていきたいです。

Edit,Text:Shuta Ishigami

Photographs:Ryo Yoshiya

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