3Dアーカイブを通じて「ARCHI HATCH」が描きだす建築と都市の未来

「STEAM」をテーマに、ビジネス・アカデミア・アートといった多領域をつなぐコミュニティを育み、新たなビジネスを生み出すイノベーションハブ「VEIL SHIBUYA(以下VEIL)」。この創造性のるつぼともいうべきVEILでは、実際にどのような企業や人々が活動し、どんな化学反応が生まれているのだろうか。VEILに入居中の各プロジェクトへの取材から、イノベーションの現場の空気をお届けする。

今回は建築空間の3Dアーカイブの生成・発信・活用事業を行う「ARCHI HATCH」を取材。事業の背景やVEILへの思い、今後の展望についてお話を伺った。

誰もが建築に眠る情報へとアクセスできる世界

ARCHI HATCHは「建築倉庫ミュージアム」の初代館長を務めた徳永雄太が運営する、ドキュメンテーション・プラットフォーム。世界中の建築を3Dスキャン撮影し、データをアーカイブ・公開することで、誰もが建築空間を体験できるサービスを目指している。

こうした一貫した活動の背景にはどんな思いがあるのか、代表の徳永が語ってくれた。

「海外に住んでいたころ、日本の建築に対する注目度や評価の高さを知って驚きました。同時に日本の建築模型がアートとして海外に流出していっている現状を知り、危機感を覚えました。そこで帰国したタイミングで寺田倉庫さんと一緒に、建築模型のアーカイブミュージアムを始めようと考えたんです。そしてこの「建築倉庫ミュージアム」が定着してきた今、新たな展開として3Dスキャンによる建築のアーカイブを思いつきました。このプロジェクトはわたしが一貫して取り組んできた、建築を『いかに保存するか』そして『いかに多くの人に知ってもらうか』という問いをさらに深めてくれると思っています。また、普段見られない建築の普段見られない場所まで、自由に見ることができるというのは、新しい体験価値になるはずです」

テクノロジーによって場所と時間から解放された建築は、もっとわたしたちの身近な存在になっていくだろう。そこには、建築の新たな公共性のかたちが提起されているように見えた。この取り組みの先にはどんな未来が広がっているのだろうか。

「わたしたちのサービスは、建築家の職能を拡張することにも繋がると思います。これまでは建物を施主の方に納品して終わり、という閉じた世界だったものが、開かれた知的資源として世界中に届くようになるわけです。そこでは建築にまつわる情報の二次的、三次的な利用が連鎖していくはずです。また、実現されなかった建築も等しくアーカイブできるので、その人が何を考えてきたのかという『建築家の思想そのもののアーカイブ』ができるようになるでしょう。この視点をマクロに広げれば、個人だけでなく、都市のアーカイブや建築史編纂のサポートにも繋がっていくかもしれません。このように、建築に蓄積されていく思考や意味、周囲とのつながりといった、これまでアーカイブできなかった価値を保存・公開していきたいと考えています」

ともに考えられる仲間とつながるには

建築の中には想像以上の新しい価値が眠っているようだ。しかし、そうしたこれまでになかった価値を取り扱う際にはさまざまな困難もついて回る。

「これまで誰もやってこなかった領域ですから、活動の意味を理解してもらうだけでも大変でした。わざわざお金をかけて3Dモデル化してどうするのだ、と。また、法的な問題もあります。十分な法整備がされていない領域なので、いわばわたしたちの活動が先例となってしまうわけです。そこで現在、法学者/法律家として活躍されており、法のあり方まで思考することができるSTEAM人材に協力してもらいながら、建築3Dデータの保有と二次利用に関するガイドラインの作成に取り組もうとしています。建築領域での新たなデータ利活用を進めることで、建築の保存だけではなく、建築家の仕事のあり方まで進化させることができれば社会的な意義も大きいと思います。先んじてこうした足場を固めておくことで、今後の法整備の布石にもなると思っています」

徳永はこうした領域横断的な協働において、VEIL特有の強みを感じていると語る。

「世代も関心も違う専門家とマッチングしても、表面的な知識を聞くだけになってしまうので、わたしたちのような未知の部分が大きいプロジェクトではあまり意味がありません。しかしVEILのインキュベーションでは、同じ関心を持って一緒に調べながら考えてくれる他分野の方と出会うことができます。個人の人間関係を超えて同じアティチュードを持った仲間を増やしていけることは、非常に大きな価値だと思っています」

VEILでは、お互いのプロジェクトの内容を理解した上で交流が育まれるため、本質的な議論が可能になる。身内ほど近くはないが他人ではない、という絶妙な距離感でさまざまな専門家が交わるからこそ、そこに化学反応が起きうるのだろう。最後に、徳永が今後の展開と所感について語ってくれた。

歴史に触れ、歴史をつくってゆく都市

ARCHI HATCH代表取締役 徳永雄太

「今は少数メンバーでプロジェクトを回している状態なので、徐々にチームを編成していければと思っています。特に現在はPRまわりを強化し、海外メディアへの訴求を強めていこうとしています。ここ数年、建築を含むさまざまな分野でアーカイブの価値が再検討されるようになってきました。これはいっときの流行かもしれませんが、常に移ろい続けるわたしたちの社会はアーカイブなくして記憶を保つことは不可能です。ゆえに、社会の成長にはアーカイブが必要不可欠なのだと思っています。この都市をかたちづくる情報にみんながアクセスできるようになり、これから育っていく子供たちがいつでも歴史に触れることができる。そんな世界ができたら嬉しいですね」

ARCHI HATCHのアーカイブは建築だけでなく、この社会を築いてきた創造性すべてに対して寄与しうる射程を秘めているのかもしれない。再開発の中心地に佇むVEIL。そこから見える景色には、どんな価値と可能性が眠っているのだろうか。

Interviewee: Yuta Tokunaga, Fiona

Photographer: Ryo Yoshiya

Interviewer / Text: Shin Aoyama

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