「O」が問い直す、わたしたちの創造性のかたち
「STEAM」をテーマに、ビジネス・アカデミア・アートといった多領域をつなぐコミュニティを育み、新たなビジネスを生み出すイノベーションハブ「VEIL SHIBUYA(以下VEIL)」。この創造性のるつぼともいうべきVEILでは、実際にどのような企業や人々が活動し、どんな化学反応が生まれているのだろうか。VEILに入居中の各プロジェクトへの取材から、イノベーションの現場の空気をお届けする。今回は、全く新たなクリエイティブツールの開発に取り組む「O Ltd.」を取材。事業の背景やVEILへの思い、今後の展望について語る。
コンピューターへの新しい向き合い方をデザインする
O(オー)は人々の創造性にアプローチするITスタートアップ。2019年からAnyでハンズオン型でのインキュベーション支援を受けており、現在は独自のプラットフォーム「MEs」のプロトタイプに向けて開発を進めている。
「パーソナルコンピューターが発展して数十年になりますが、基本的なインターフェースの思想は変わっていません。キーボードによる入力とモニタによる出力、これは机の上で紙の書類をつくるのと構造的にはほとんど同じですよね。わたしたちは創造性を十分に発揮するためには、もっと自由でダイナミックなインターフェースへと根本的に転換する必要があると考えています」
確かに、個人の身体と密接に関係する創造性を十分に発揮するには、現在のインターフェースは少々窮屈なのかもしれない。ではどんなインターフェースが適しているのだろう。
「例えば、仮想空間をフルに使った3Dスケッチブックのようなものが考えられます。現在開発しているプラットフォームでは、従来のようなツリー構造ではなく、3D空間内にデータをオブジェクトとして自由に配置することができます。いわば、自分の頭の中を直接3D空間にヴィジュアライズするようなものです。クリエイションとは単なるデータではなく、その背景に文脈を抱えています。こうした『モノが持つナラティブ』を適切に取り扱えるインターフェースがクリエーターには不可欠だと思うのです。わたしたちのプラットフォームでは、人々はデータを直感的に並べながら自然と新しいアイデアのきっかけを見つけ、それをそのまま他人とシェアできます。このように人々の創造性を刺激し、より直感的かつ深いつながりをつくりだすための仕組みを構想しているのです」
まるで自分や他人の頭の中に飛び込んだような、新しいインターフェース。そこではデータの整理と創造が地続きに展開されるだろう。この発想はどこから生まれたのか。a春は自分の経験をもとに語ってくれた。
「わたしが通っていた学校のアトリエでは、作業中のみんなの机の様子を見れば言葉を交わさなくても何を考えているのかなんとなくわかりました。そういう状態をコンピュータの中でもつくりたいと思ったんです。加えて、現代は無数の情報にアクセスできる反面、それに意識を奪われてしまう危険があります。だからわたしたちはそんな現代において、情報の取捨選択を行いながら没入できる場所をつくりたいと思うのです」
緊張と安心が同居するクリエイションの拠点
適度なつながりを保ちつつクリエイションに集中できる、そんな心地よいバーチャルなアトリエ空間がそこには思い描かれていた。ではそんなバーチャル空間をつくり出そうとする彼らにとって、VEILというリアルな空間はどのような意味を持っているのだろうか。
「自分たちとは全く違うプロジェクトと交流できるVEILには、思いもよらない刺激がありますし、実空間での密接なコミュニケーションがプロジェクトを加速させてくれているとも感じます。加えてクリエイションには集中と拡散、モノとアイデアの間の状態変化をスムーズに行える環境が必要不可欠です。そうした観点において、VEILの環境は理想的です。安心して挑戦ができる環境は必要ですが、同時に緊張感がなければいいクリエイションは出てきません。VEILにはその適切なバランスがあるのだと思います」
刺激と安心をともに備えたVEILは彼らにとって、ホームであると同時にフロンティアでもありうる。現実空間につくり出されたVEILという創造性のるつぼ。その中でOは、バーチャルな創造性のるつぼをつくり出そうとしている。そして彼らの取り組みはいずれ、現実空間へとフィードバックされることだろう。そこには、リアルとバーチャルが共鳴しあうポジティブな関係性が築かれつつあるように思えた。最後に、プロジェクトの今後について語ってもらった。
アートスタジオとしてのテクノロジー会社
「今はひと月ごとにアップデートを反映させながらプロトタイプを開発しています。同時に計算機科学や心理学、認知科学といったアカデミアの視点からエビデンスを積み上げていくことも試みています。また、VEILのインキュベーションプログラムを通して、脳神経科学分野の研究者とセッションを行い、VR空間で記憶に残りやすい認知について知りました。これからUIUX開発を進めていくなかでのヒントとなりそうです。自分たちとは異なる領域や分野の情報に触れる機会は貴重なので、VEILには今後ともこのような機会を期待しています。
Oとしては将来的に、『アートスタジオとしてのテクノロジー会社』にしたいと思っています。つまり、さまざまな独創的な価値観を持つ人たちを集め、コミュニティやカルチャーを醸成し、世界へと発信する場所です。こうした展望も含め、分野を超えて人が集まるVEILの環境は今のわたしたちにとって最適だと思っています」
情報とコンピューターに席巻された現代における、新たなクリエイションのかたちを模索するO。彼らが開発したソフトウェアが普及した時、VEILから発信されるイノベーションはどのように変わるのだろうか。
Interviewee: a春, Alex Zhou
Interview,Text: Shin Aoyama
Photographs: Ryo Yoshiya