STEAMから見えてくるこれからの都市建築とランドスケープ――「STEAM Hangout」特別回レポート

VEIL SHIBUYA(以下「VEIL」)のコミュニティを運営するCOMMONZ LLCは、一般社団法人STEAM Association(以下「STEAM Association」)と共催で、定期的に「STEAM Hangout」と題したイベントを開催している。普段は招待・紹介制のセミクローズドイベントとして実施されている本イベントの特別編に登壇したのは、渋谷二丁目西地区市街地再開発事業(Shibuya REGENERATION Project)で建築デザインを担当しているLAGUARDA. LOW ARCHITECTS共同代表の重松健氏とランドスケープデザインを担当しているoffice maクリエイティブディレクターのオウミアキ氏だ。成長しつづける大地を育てるような街づくりを標榜するShibuya REGENERATION Projectにおいて、両者はSTEAMの概念とどう向き合ってきたのか。同プロジェクトでコンセプト立案に携わったCOMMONZの古谷紳太郎によるモデレーションのもと、STEAMを通して都市建築とランドスケープを考える。

芸術ではなくリベラルアーツの「A」

古谷 「Shibuya REGENERATION Project」は、STEAM人材の育成拠点を整備していくことを予定しています。しばしばSTEAMのAは芸術(Art)を指すものだと考えられていますが、社会課題の解決と経済成長を両立させるための教養として、すなわちリベラルアーツのAとして受け止めるべきだと思うんです。ただし日本における「リベラルアーツ」は借り物でもあるので、これからの私たちにとってのリベラルアーツとは何かをきちんと問い直さなければいけません。Aに限らず、STEAM全体を問い直す必要もあるでしょう。今日はShibuya REGENERATION Projectで建築デザインを担当している重松健さんとランドスケープデザインを担当しているオウミアキさんが、当該再開発事業の核となるSTEAMをどう受け止めたのか伺っていきたいと思います。まず重松さんはSTEAMについてどうお考えですか?

重松 STEAMのなかで数学(Mathematics)は少し位置づけが違いますよね。他と比べて数学はサイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、すべてを説明するツールです。元物理大好き人間としては、数学は未来予測のツールでしたし、かつ美しいアートのようなものでした。そして、サイエンスは実は正解がひとつではなく、真理が常にアップデートされていくものであって、さまざまな事象に対する、実験思考を行うもの。いきなりパーフェクトな答えを出そうとするのではなく、まずはみんなが幸せになるやり方を考えてみて、だめになったらまた別の選択肢を考える。

LAGUARDA. LOW ARCHITECTS 共同代表 重松健氏

古谷 そのときの「M」は西欧近代科学的な「M」の考え方ではないですよね。ビッグデータやAI、ブロックチェーンといったテクノロジーを考えるうえでも、いわゆる複雑系を解き明かそうとする数理科学が共通項になっている。たとえば、私たちの身体は細胞が常に入れ替わっていて、未完の存在が代謝を繰り返しながらひとつの形を維持している。そういう状態がいかに実現しているかを考えるツールとしての数学は、これまでの物理数学とは異なるアプライの仕方がされている。そういう数学は西欧近代科学的というよりは、東洋的な感じがします。アキさんはいかがですか?

オウミ STEMとSTEAMを比べてみると、「M」の考え方も変わるのかもしれませんね。だからこそAが加わった意味があるというか。

古谷 仰るとおり、連動していますよね。「A」の捉え方もそうで、日本で実践するなかでは西洋的な「A」だけではなく東洋的な「A」の考え方も入ってくるはずです。アキさんはご自身の活動を通じてまさにそのハイブリッドを実践されているのかな、と。

オウミ STEMやSTEAMって単なる知識や考え方ではなくて、身体的なものだとも思います。だからこそ、気になることもあって。これまでSTEM教育を受けてきた人がSTEAM教育へといきなりシフトするのは難しいんじゃないでしょうか。

古谷 たしかに一度身についたものを乗り越えるのは大変ですね。ただ、ほかの人とコミュニケーションすることで変わることもあると思います。とくに大人は子どもに比べて変わりづらくもあるので、今回のイベントのような場を通じて気づきを得られると変わっていけるのかもしれません。STEAM Associationでも、STEAMの問いなおしにおいて「アンラーニング」が重要という仮説を立てています。

STEAMにもビジネスの視点を

重松 今回のプロジェクトに限らず、常に私たちはアーティスティックな建物をデザインすることではなく体験をデザインすることを考えています。プロジェクトとしては複合施設を手掛けることが多いのですが、デザイン上の固定のスタイルがあるわけではなく、どんな体験を提供すべきか考えながら最適解を追求しているわけです。

古谷 今回のプロジェクトではコロナウイルスによるライフスタイルの変化も大きく関係しているように思います。コロナをきっかけとして都市建築はどう変わったのでしょうか。

重松 「自由の獲得(ライフスタイルの選択肢を増やす)」「付加価値(公共空間との融合)」「リアルの高価値化」という3つのポイントがあるのかなと。まず制約が増えていくなかで、自由の獲得を求める人が増え、たくさんの選択肢を与えられる場所に人が集まるようになりました。そういった環境に人が集まるとき、境界線を超えて環境全体に付加価値を生み出すことが重要になっていきます。もちろんバーチャル空間の活用も進みますが、そうすると逆にリアルの価値がより上がっていく。今日のイベントもオンライン配信だけでも成立しますが、オフラインで参加する価値も高まっていますよね。

古谷 STEAM Hangoutを実施していても、実空間で集まれることのありがたみを感じますね。

office ma クリエイティブディレクター/ランドスケープデザイナー オウミアキ氏

重松 住む・働く・遊ぶといったライフスタイルの境界線が消失しつつあって、パブリックとプライベートが融合する時代ですよね。私たちが去年中国・深センで手掛けたプロジェクトでは、海浜公園全体のマスタープランからデザインに携わったのですが、パブリックとプライベートの境界線を曖昧にしました。さまざまな目的をもった人が集まれる空間をつくることで、選択肢の多い環境をつくったことがこのプロジェクトの一番の成功要因だったと思います。大きな公共空間をつくるとメンテナンスに費用もかかりますが、民間施設を併設することで収益を維持費へ充てることもできるんです。持続的な活動を行うためには、経済についても考えなければいけませんよね。社会に大きなインパクトを与えるためには、STEAMの要素に加えてビジネス教育も必要だと思います。

古谷 学びが座学だけになってしまうと閉じてしまいますね。ビジネスも学問も融合しなければいけない。街の使い方を考えていくうえでも、オフィスはオフィスで農園は農園といったように機能で地域を分けるのではなく、改めて街の使い方を考えなおす必要がありそうです。

オウミ 都市と郊外の役割も変わっていくでしょうね。郊外だけで完結する文化も生まれそうです。人がリアルとバーチャルを自由に行き来できるようになると、リアルのあり方が一層重要になります。一つひとつの地域がデスティネーション化しないと人は動いてくれない。

古谷 そうですね。ただ、社会・経済のあり方がドラスティックに変わるなかでは、持続的な街をデザインするのは難易度が高そうですね。

重松 今回のプロジェクトでも、商業施設から公共空間、自然環境までグラデーションをつけながらつなぐことを意識していました。情報発信する場所もあればインスパイアされるところもあって、人工的な自然と自然環境を融合させることでいい違和感を生み出したかったんです。そのなかにSTEAMのハブも位置づけられています。ぼくは実験思考がSTEAMの肝だと思っているので、常にトライアンドエラーを繰り返しながら正解を探して実験をつづけていきたいんです。だからぼくにとってSTEAMのAとは好奇心です。実験思考をベースにみんなが自由に好奇心を表現できるようになれば、世の中は変わっていくはずですから。

曖昧な境界でつながるランドスケープ

古谷 アキさんは、どのようなことを考えてランドスケープをデザインされたのでしょうか?

オウミ 現代の社会はどんどん複雑化してきています。そのなかで、日本の造園は「園」という漢字が表すように閉じた空間を想定しがちですが、われわれが考えるランドスケープはその場を取り囲む多様な要素をまずは一旦洗い出すことから始まり、それらを再構築することで新しい関係性やその場所の意味を見出します。風景をつくる前にそのベースとなる要素を読み解き再構築することで、その場に相応しいランドスケープが生まれると考えています。たとえば私が関わった東京ミッドタウンでは、都市の中のボイドにパブリックなオープンスペースをつくり、パブリックとプライベート、都市と自然、人や植物など新たな関係性をデザインしていました。われわれの扱うものは常に変化しつづけるものなので、過去・現在・未来のなかでこの場所がどう変わっていくのか考えながらデザインしています。office maのmaは「間」を表しているんですが、まさにわれわれの仕事は時間や関係性、プロセスをデザインしていくことでもありますね。

古谷 コロナ禍を通じて都市と自然の関係性も変わりつつあって、その変化に応じてテクノロジーの新しい使い方を考える必要もありそうです。日本の造園がアキさんのランドスケープの考え方とは異なっている一方で、日本の里山のような存在は現代的な自然と都市の関係性を表しているようにも思います。

オウミ 近年「グリーンインフラ」という言葉を目にする機会が増えていますが、日本の水田ってまさにグリーンインフラですよね。日本の昔の暮らしはよくできていたんだな、と。近代の都市がつくられる過程で、里山や水田から学ぶのではなく、自然を制御する方向へ進んでしまったのが残念です。

COMMONZ CEO/一般社団法人STEAM Association代表理事代行 古谷紳太郎

重松 建築についても同じことを感じます。もともと日本建築は襖のように半透明なもので仕切ることで曖昧な境界をつくっていたのに、西洋化していくなかでパキッと空間を分けてしまうようになった。近代化の過程で曖昧な境界をつくる文化が失われてしまいましたね。

オウミ STEAMもリベラルアーツによって境界が曖昧になることで、新しいものが生まれるんじゃないでしょうか。STEAMという言葉を使っているけれど、もともと日本人はそういう姿勢をもっていたのかもしれない。でも、いまの社会や企業では専門分化が進んでしまっています。

古谷 なんでもかんでも専門家に任せず、自分ごととして総合化してやってみようという考え方になりづらいですよね。

オウミ 他方で、いま進めている「Shibuya REGENERATION Project」ではみんなが完成形を目指すのではなくプロセスや文化をつくろうと考えているところが面白いですね。常に進化、再生、循環を続けていく。ランドスケープアーキテクトとしてこの場をつくるときも、つなげることがキーワードだと思っていました。われわれとしては建築も一種の地形として捉えており、地形をつなげることで周辺環境とつながる生態系のベース(余白)をつくり、地域や人がさらにつなげていくことをイメージしました。まわりの環境や文化も吸収しながら発信できる場所づくりができたらな、と。余白をたくさんつくることでいろいろな人が入ってくるし、交流が生まれると思うんです。

重松 すごく共感します。都市の余白が重要。グレーゾーンが一番おもしろいですからね。

オウミ リアルの場所に集まるための目的も重要ですが、目的だらけでも面白くないわけで。インスピレーションを生む余白が必要ですね。ランドスケープをつくるなかでは、「dwell time(滞留時間)」といって、目的のない状態でどれくらいの時間を過ごしてもらえるかも重視しています。それこそが場所の魅力ですから。これからはSTEAMをひとつの中心としながら多彩な機能と多様な空間が交差する場をつくれるといいですね。きれいな風景をつくることも重要ですが、何かアクションを起こすきっかけを生むようなインスピレーションにあふれる場所をつくっていきたいと思います。

Text,edit:Shunta Ishigami

Photographs:Ryo Yoshiya

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