問うことをやめると問題が見えなくなる

自分は”問題が見えなくなる問題”と呼んでいます。

例えば「なぜこんなことに気付かなかったんだろう?」と、こういう経験がある人が多いのではないでしょうか。

「なぜこんな〜」という状況がどうして起こるのか、例として下記のようなケース。

  • 知っている。
  • 〜と認識している。
  • これは〇〇である。

これ、実は下記のように言い換えられたりもすると思います。

  • 知っていると思っているけど、真実を確かめてはいない。
  • 〜と認識しているけど、他の人から見た認識は考慮していない。
  • 自分の視点から見るとこれは〇〇である。

「疑問を持たないこと」は、「問わないこと」に結びつきます。
何かを「知って」いれば、それに対して尋ねる必要はないし、「〇〇である」と決めていれば、それ以上考える必要はありません。

ただし、知識はあくまで自分の範囲として限られたものであり、それが間違っている可能性だってあります。
もしくはその知識を習得したタイミングでは正しかったとしても、時間の経過とともに間違ったものになる可能性だってあります。

問題を問う習慣をつけることで、日常も仕事もすべてを含めて、色々な問題に気づくことができます。
またその問題に対して、解決につながるような何かを実行することに繋がる機会も増やすことができるでしょう。

■問題を問う

「問い」は「疑問」から出発します。

まずは疑問を持つことが最も大切です。
疑問がなくなってしまった瞬間に、自分の身のまわりから問題もなくなってしまいます。
実際に問題はそこにあるかもしれないのに。

ただ、「疑問」=「問い」というわけではありません。

疑問を持つだけで終わってしまうと、それは思いつきと何ら変わりないと思います。
疑問を仮説や行動に移しかえるために、より多くの情報を求める手段が「問題を問うこと」と考えています。

■問いをつくる

疑問が生まれるきっかけは、その対象を「知らない」ことだと思っています。
ということは、逆に「何を知らないか」に気づくことができると言えます。

「良い問いをつくる人」は「知らないこと」によく気づくことができて、常に好奇心を持った人だと思います。
知らないことに興味を持ち、気にして、それを気づきに変えることで、仮説や行動に移しかえる何かしらの習慣を持っているはず。

すると「知らないこと」は「知っていること」に更新されていきます。
そして新たに知ったことから、また新たな知らないことに出会って、それをまた更新していくような。
それが問いをつくり続ける習慣なのだと思います。

■思い込みをかけると問題が見えなくなる

始めの例えで出したような言い換えの状態になるということは、結局のところ「思い込んでいる」だけなのだと思っています。
問題というのは何かしらの思い込みをかけてしまうと、それ以上のことを考えなくなってしまいます。忘れてしまうことだってあると思います。

常に「思い込みをかけている状態かもしれない」と疑うことで、より用心深く、問いを探求することができるはず。

何かを決定する際に、立ち止まって問いを重ねることがてできると、見えていなかった問題を捕まえることができるかもしれません。
また、問題を解消していくと同時に、その事柄に対して問える可能性が少なくなっていきます。

これ以上問うことができない、もしくは問う必要がないと思えるところまできたら、一旦解決と言えるでしょう。

まずは生活の中でも仕事の中でも、「なぜ〜なんだろう?」と問いかけてみると、少しだけ意識が変わるかもしれません。
問題を見つけ出すことができないと解決もできませんから、まずはそこから。

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