人が道具を作り、道具が人の可能性を拓く

この本の著者である森田真生さんのイベントに行ってきた。
もとは、wiredの記事で知る→本人の著作を読んだらスゴイ面白かった→影響を受けて岡潔の著作にまで手を伸ばした、というくらい考えている世界観に興味があったので、楽しみに話を聞きに行きました。

私見を全開にして振り返ってみると、「数学的な思考法」を歴史的な変遷から知ることで、それらを「現実」を探求する手法として活かそうという試みなのだと受け取りました。(イベントページを見ると方向性が垣間見れます)

冒頭。森田さんが深く影響を受けたという空海の「心境冥会 道徳玄存」という言葉から始まりました(詳しくはこちらとかが詳しかったです)。

この中で大事だったのは、「境」すなわち外の「環境」が変わってきたということ。
空海の時代は、環境を知るというのは「自然」を知るということでした。ただ現在においては、環境とは「言語によって作られている仮想的な世界」にかなり変容しています。

そのため、数学という学問が作ってきた「言語による空間」を探求する手法を知ることが、すなわち現実をより探求することにも通じる、という話なのだと理解しました。


では、数学という「行為」がどのような変遷を経てきたのか。4つの転換点からざっと紹介してもらいました。
(あくまで「私がいま理解している内容」なので、間違ってる可能性は大いにあります…。そんだけ情報量多かった。それが面白かったけど)

1)紀元前5世紀頃。ユークリッドの「原論」。
それまでの現実世界を測るための幾何学から、仮想空間での概念操作をする幾何学への転換。これによって演繹的な思考が形作られていった。

2)17世紀。デカルトの「方法序説」。
それまでの図と文章を併用していた(人の認知能力に依存していた)数学から、記号や座標を用いた方法論に転換した。これによって経験論に基づかない「観念操作によって知識が増える」世界が生まれた。

3)19世紀。フレーゲの「概念記法」。
それまで自然言語で概念操作が行われていたので、解釈のゆらぎや曖昧さが生じやすかった。初めて「厳密な数学的推論」のための言語をゼロから作った。

4)20世紀。チューリングの「チューリングマシン」。
数を計算する「計算者」を数に置き換えた(人が計算から解放された)。今のコンピュータの原型ができた。


一連のお話を伺って、「人が道具を創造すること」と「道具が人の思考を拓くこと」が繰り返されている、というのが印象的でした。
数学的な概念を正確に記述できる記号を手にしたことで、人はすごく少ない負荷で思考することができるようになったり(フレーゲの概念記法)、計算することそのものを人が手放すことができるようになったり(チューリングマシン)

先日、能楽師の安田登さんのお話を伺う機会があったときに、「人は文字を獲得したことによって心を獲得した」という話をされてました。安田さんはそれを3000年前のシンギュラリティ、という表現をされており、今起きているAIのシンギュラリティの議論は「文字文化を超える文化の創出」ではないかと仰ってました。

今日伺った話も構図は一緒で、数学という世界の中でも、人が道具を創造し、その道具によって自らの進化を促す、という循環が起きているのだということなのだと理解しました。


ちなみに、今日個人的に最も面白かったのは、「フレーゲには記号をデザインするセンスがなかった」という森田さんの一言。

フレーゲが先駆者として始めた「厳密な推論をするための記号を作る」という取り組み、結果的に彼の作った記号たちはまったく広がらなかったそうです。
そこに色んな理由はあるんでしょうが、その中の1つは「操作している内容」と「記号の書き方」のつながりが「イマイチしっくりこない」から…。

概念的にとても高度な中であっても、人が使うものである限りはやっぱり「感性に訴える」ということは残るんだなと一人で妙に納得しました。


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