「気持ち」を確認することが一番大事である

「話さなくても通じる仲」は、人間関係として理想であるという考えが一般的です。「ツーカー」「阿吽の呼吸」…そういった言葉が、「意思疎通の簡便性=人間関係の深み」を表現していると言えます。

僕にも、そういった関係性の人は複数人います。黙っていても自分の思っていることを正確に感じてくれたり、フォローをしてくれたりします。「あ、この人は言わなくても自分を理解してくれているんだな」という風に感じて、やっぱりうれしくなります。

けど、この思考は結構危ういのではないでしょうか、と僕は少し天邪鬼な考えをぶつけてみます。どうしてかというと、その「阿吽の呼吸」は、すべてに敷衍するには不確かな仕組みだからです。

要するに、「気持ち(思っていること・考えていること)は、きちんと相手に伝えるべきなんだよ」ということを、今回は考えていきます。

「阿吽の呼吸」に頼らない

さて、「話さなくても自分のことを理解してくれているだろう」という「人任せの全能感」は、結局「不確かさ」を生む、というのが僕の考えです。その理由は一つ。「言葉でさえも通じないことが多い世の中で、そのような関係性に依拠する割合は少なければ少ないほどいい」ということです。

たとえば、従業員の間でグループチャットを活用したり、レポートや報告書で情報やナレッジを共有することの重要性は、一般的なビジネスパーソンならば誰もが感じていることです。なのに、「感情的な人間関係」においては、まったく逆のことが推奨され…るほどではありませんが、そっちのほう(阿吽の呼吸的な関係性)が「美徳」とされているのではないか、と感じるのです。

僕には、信頼できる仲間や、愛を持って接している人がたくさんいます。でも、それが相手に通じているかはわかりません。だからこそ、不安になるし、臆病にもなる。また、つっけんどんな態度をとってしまうこともあります。人は難しい生き物です。自分が思っていることと正反対のことを言ってしまう、そのような行動をとってしまうということが「ざら」にあります。

大切なのは、それでも相手を信頼して「伝わっているだろう」とするよりも、「伝わっているかどうかという部分まで判断しかねる。そこまであなたを信頼しているわけではない」と正直に考えることではないかと思うのです。

どういうことかというと、「僕のことをどのくらい信用していますか?」ときっちり聞くことです。もちろんこんな直接的な会話をすることなどありませんが、遠回しに聞くことです。

「この件については大丈夫だよね?」

「この考えについて、異論があるかどうかを聞きたい」

「おれに悪いところあるか正直に話してみて」

「自分はあなたにこれをしてもらいたいんだけど、あなたはどう思う?」…etc

聞き方は個々人の判断ですが、冷静な信頼の基準をもって、信頼をもって相手に「信頼の基準」を作るための問いを立てることが重要です。

Like what you read? Give Yushi Aihara(相原 勇士) a round of applause.

From a quick cheer to a standing ovation, clap to show how much you enjoyed this story.