個人の才能か、集団の力か
天才科学者とマネジメントの話


ベル研究所の本を読んでいると、組織の話と天才の話が織り交ざる。7章では、「すべての情報は0と1で表せる」ということを発見したシャノンという研究者の話がでてきた。この章のほとんどはシャノンは凄い人だったという説明、すなわち今でこそ当たり前になっている理論、暗号通信の元となる考え方を初めて考えて論文にしたことを説明する。
読んでいて面白くなったのは、シャノンは大変な奇行者だったことを書き始めたあたりから。例えば、重要な論文を発表したあとは会社にほとんどこなかったり、チームワークを重視していた組織体のなかで単独行動に走ったりしていたという具合。
組織になじまないシャノンを描くページが進むにつれ、苦い感情がわいてきた。シャノンは幸せだったのか。まわりはシャノンを疎ましく思っていたりしなかったのか、と。
ただ、ベル研究所としてはそれは受容されていたっぽい。
リーダーシップ、組織、チームワークを重視することはもちろん重要だが、最も重要なのはやはり個人である。創造的なアイデアや概念は、個人の頭のなかで生み出されるからだ
という言葉も紹介され、なおかつ「個人の才能か集団の力かという二者択一の議論ではない。あらゆるアイデアは個人から生まれ、それをイノベーションにつなげる役割は集団に引き継がれる」と天才の奇行を受け入れる考えが示されるからだ。
また、個人から集団に引き継ぐのを媒介したハリー・ナイキストという人物についても紹介される。
たくさんの特許を取得する社員のたった1つの共通点が「ハリー・ナイキストと食事をともにすることが多かった」ということだった。ナイキストが具体的なアイデアを与えていたわけではなく、人々を専門分野から引っ張りだし、ものを考えさせる。そして良い質問をした、
という。
結局、全部必要だ、と私は思う。イノベーションを産む組織には、個人の天才シャノンも必要だ。良い質問を投げかけ、天才の力を集団に引き継ぐことを促すナイキストも必要だ。そして、それを受け継ぐ側の名もない集団も必要だ。
「イノベーションが生まれない」と悩む研究組織には、天才が欠けている。もしくは天才が力を発揮できる環境が欠けている。自分を天才だと勘違いして突き進む環境が欠けている。これを指摘する人は多い。
さらに、ナイキストもいない。良い質問をして「個人→集団」への引き渡しを促せる人もいない。こっちも大事だな、と気づけたのがこの章を読めた価値だったように思う。
(書籍)ベル研究所の興亡